栃木駅、神奈川駅、兵庫駅の3駅は、県名と同じ駅名ながら、その県の代表駅ではないと昨日の日記で書いた。
この3つのうち、神奈川駅と兵庫駅の事情はよく似ている。
江戸時代末期、日本は開国したが、当初は神奈川港と兵庫港が開港する予定だった。
しかし実際には、両港の隣りの村を開港して、それぞれ横浜港および神戸港となり、外国との貿易が始まったのである。
江戸時代までは寂しい農村だった横浜村と神戸村だったが、開港と同時に目覚しい発展を遂げ、日本を代表する国際貿易港となったのだ。
明治維新になり、鉄道が敷設され、横浜駅と神戸駅がターミナルとなって中心街を形成するに至った。
だが県名は、それぞれ地域の中心港だった神奈川と兵庫が採用され、横浜と神戸はそれぞれ県庁所在地となったのである。
そして神奈川港近くは神奈川区、兵庫港付近は兵庫区となり、その区にはそれぞれ神奈川駅、兵庫駅が存在する。
一方、栃木駅は事情が異なる。
栃木市は県名と同じ市名でありながら、県庁所在地ではないのだ。
こんな例は他には山梨市(山梨県の県庁所在地は甲府市)と、沖縄市(沖縄県の県庁所在地は那覇市)だけである。
栃木県の県庁所在地は宇都宮市であり、栃木県の代表駅は宇都宮駅だ。
なぜ栃木県ではこんな「ねじれ現象」が起きたのか?
1871年(明治4年)、廃藩置県により栃木県が誕生したが、宇都宮県もこの時に生まれた。
当然のことながら、栃木県の県庁所在地は栃木町(現在の栃木市)、宇都宮県の県庁所在地は宇都宮町(現在の宇都宮市)である。
その2年後の1873年(明治6年)、両県は合併して栃木県となり、県庁所在地も栃木町(現在の栃木市)となった。
ところが11年後の1884年(明治17年)に県庁が宇都宮町(現在の宇都宮市)に移った。
この県庁移転劇には諸事情があったが、政治的な思惑が絡んでいたようである。
県庁所在地となった宇都宮市は大きく発展し、東北新幹線が宇都宮駅に乗り入れるようになり、今や人口51万人という北関東一の大都市で、中核市(人口30万人以上の市に与えられる、政令指定都市に準ずる都市)にもなっている。
一方の栃木市は取り残された形となり、人口は14万人で県内第4位という平凡な都市に甘んじてしまった。
県庁の存在は、街の発展を大きく左右する好例である。
栃木県のケースは特殊だが、多くの都道府県では都道府県名と県庁所在地が同じ市名なので、都道府県名と代表駅の駅名が同じ場合が多い。
京都府京都市にある京都駅、大阪府大阪市にある大阪駅、広島県広島市にある広島駅などがそうだ。
唯一の例外が東京都千代田区にある東京駅だが(東京都の都庁所在地は新宿区)、東京都の場合はかつて東京市が存在していたし、特別区である23区内が「東京」という一つの都市と考えてよかろう。
だが、前述の栃木県、神奈川県、兵庫県のように、県名と県庁所在地が一致しないケースが少なからずある。
そういう都道府県内のほとんどには、都道府県名と同じ名前の駅が存在しないのだ。
そんな都道府県を列挙してみよう。
なお、( )内の駅は、その都道府県の代表駅である。
北海道(札幌駅)
岩手県(盛岡駅)
宮城県(仙台駅)
群馬県(前橋駅)
茨城県(水戸駅)
埼玉県(浦和駅)
山梨県(甲府駅)
石川県(金沢駅)
愛知県(名古屋駅)
三重県(津駅)
滋賀県(大津駅)
島根県(松江駅)
香川県(高松駅)
福岡県(博多駅)
沖縄県(県庁前駅)
以上の16道県だ。
この表を見た人の中には、
「山梨駅はあるんじゃないの?」
と思う人もいるかも知れない。
しかし、実際にあるのは「山梨市駅」であり「山梨駅」ではないのだ。
「市」とわざわざ付けたのは、この駅は山梨県の代表駅ではなく、山梨市の駅なのですよ、という意味なのかも知れない。
そう、山梨市とは前述のように栃木市や沖縄市と同じく、県名と同じ市名でありながら県庁所在地ではない市なのだ。
山梨県の県庁所在地は甲府市であり、山梨県の代表駅も当然のことながら甲府駅である。
甲府市は人口20万人を数える特例市(人口20万人以上の市に与えられる、中核市に準ずる都市)であるが、山梨市は人口僅か3万6千人の小さな市だ。
ここでも県庁所在地と、そうでない市の明暗が分かれている。
そして面白いことに、上記表のうち石川駅、香川駅、福岡駅は存在するのだ。
ではなぜ上記表に、県名と同じ駅名が存在しない県に挙げられているのか。
実はこの石川駅、香川駅、福岡駅はそれぞれ、石川県、香川県、福岡県には存在しないのである。
石川駅は青森県、香川駅は神奈川県、福岡駅は富山県にある。
まるで、はるばる地球にやってきた宇宙人に対し、
「ここは地球ではなくて土星でっせ」
と大嘘をついているようなややこしさだ。
でも、石川県と香川県は仕方あるまい。
石川県の県庁所在地は金沢市であり、香川県の県庁所在地は高松市だからである。
県名と違う駅が代表駅なのは、県庁所在地の市名が県名とは違うということだ。
しかし、福岡市だけが例外である。
福岡県は県名と県庁所在地名が一致しているにもかかわらず、県名と同じ駅名が同県内に存在しないのだ。
似たような例では埼玉県があるが、埼玉県の県庁所在地はさいたま市であるものの、さいたま市は平仮名表記であり、しかも21世紀に入った2001年(平成13年)に浦和市、大宮市、与野市が合併して出来た新しい市なので、長い歴史を持つ福岡市と同列で語ることはできない。
やはり福岡県は他県にはない、特殊な事情がある。
福岡は福岡城を中心とした城下町だったが、一方で博多港がある町人の街でもあった。
明治維新での廃藩置県でこの地域は福岡県となったが、県庁所在地を福岡市と名乗るか博多市にするかで大いに揉めた。
結局、県庁所在地は県名と同じ福岡市で落ち着いたが、折衷案として駅名は博多駅となったのである。
そして、県名は福岡県、県庁所在地も福岡市、区名と駅名は博多区および博多駅となったのだ。
しかし、駅名である博多駅は思わぬ効果を生んだ。
特に山陽新幹線が通じて、東京駅からの終着駅が博多駅になってからは、九州の中心地として博多の知名度が大いにアップしたのである。
名物の博多人形に博多明太子、さらに人気漫画となった「博多っ子純情」により、福岡というよりは九州=博多というイメージが出来上がった。
福岡県や福岡市という地名は知らなくても、博多なら日本人の誰でも知るようになったのである。
最近ではプロ野球のホークスが大阪から福岡に移転して「福岡ダイエー・ホークス(現在は福岡ソフトバンク・ホークス)」になったため、「福岡」の知名度はアップしたが、やはりブランド名としては福岡よりも博多の方が高いような気がする。
博多駅という駅名が、県名である福岡県および県庁所在地である福岡市の市名を上回ったのだ。
こんな例は、福岡(博多)をおいて他にない。
人口150万人を数える九州最大の都市・福岡市の知名度が低いのは、博多駅が九州の玄関口として君臨しているからだろう。
県庁所在地の都市が知名度や経済面で有利になるのは明らかだが、それ以上に中心駅の役割がいかに大きかがわかる。
なお、福岡市には福岡駅こそないが、私鉄である西日本鉄道を冠にした「西鉄福岡(天神)駅」がある。
福岡を中心とした私鉄である西鉄の意地なのだろうか。