カウンター

安威川敏樹のネターランド王国

お前はチョーマイヨミか!?

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 本国の文章や写真を国王に無断で転載してはならない。
第12条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

一眼レフ再デビューでまたもや大騒ぎ

 

今年の2月、初めての一眼レフを中古でネット購入したものの、不良品だったため返品したということは以前に書いた。

 

aigawa2007.hatenablog.com

aigawa2007.hatenablog.com

 

中古品購入失敗以来、一眼レフは凝りてしまった感があったのは否めない。

それに、NIKONが一眼レフの開発を中止するというニュースがあったので、もう一眼レフの時代ではないのかなと思ったのも事実だ。

さらに、今年の7月に豊田スタジアムでラグビーを観に行った際、席が非常に狭かったので、一眼レフだったらカメラ本体にレンズも持ち歩かなければならないから大変だろうなとも思った。

それならいっそ、ズーム倍率の高いネオ一眼(分類上はコンデジ)の方がいいのでは、と感じたのである。

その方が一眼レフやミラーレスよりも扱いが簡単だし、最近のネオ一眼は性能もいいし、値段も安い。

 

ただ、現在使用中の四代目デジカメ、光学40倍ズームのネオ一眼が、ますますポンコツになってきた。

シャッターを押せば問題なく写真は撮れるのだが、それまでが大変だ。

このネオ一眼は、SDカード挿入口と単3乾電池を入れる場所が一緒になっており、SDカードを取り出すときは必ず電池入れのフタを開けなければならない。

つまり、SDカードを取り出せば電池が効いていない状態になるわけで、そうなれば何故か初期設定に戻ってしまうのだ。

普通なら内蔵バッテリーが働いているので設定は維持されるのだが、何しろポンコツになってしまっているから出荷状態に戻ってしまう。

要するに、SDカードを取り出すたびに、いちいち日時設定をしなければならない。

 

そして、この日時設定がまた難儀なのだ。

ポンコツになった現在、プラス方向のボタンを押しても、マイナス方向に行ってしまう。

それも、プラス方向に1回押しただけで、マイナス方向へ5つぐらい動いてしまう時があるというポンコツぶりだ。

判りやすく言えば、初期設定では2013年1月1日0時0分になっているので、そこからまず2022年に設定しようとしても、プラスへ行ったりマイナスへ行ったりして、なかなか2022年になってくれない。

やっと2022年になって、OKボタンを押しても何故かプラスあるいはマイナスボタンが反応してしまい、2025年とか2018年とかになってしまう。

仮に2022年でようやく決定できても、1月1日0時0分から現在の日付および時間に合わせるまで、同じ苦労が繰り返されるのだ。

日時設定するだけで、どれだけイライラするか判るだろう。

 

四代目デジカメもいつ壊れるか判らないので、近いうちにカメラを購入しなければならない。

まだ一眼レフかミラーレスかネオ一眼かは決めてなかったが、夏のボーナスが上がっていれば一眼レフにしようと思った。

果たして、夏のボーナスは上がっていたのである。

しかし、調べてみても一眼レフともなると新品なら10万円以上はするし、購入は躊躇していた。

そのまま、一眼レフに対する熱も冷めていたのだ。

 

ところが先日、出戸にあるイオンに行くと、その中にマツヤデンキがあった。

マツヤデンキってまだあったの!?(現在はヤマダデンキの傘下らしい)と驚いて入ってみると、一眼レフが1台だけ置いてあった。

1台しかないって……と思いながら見たら、Canonのダブルズームキットが10万円を切っていたのだ。

それからムクムクと一眼レフへの思いが蘇り、帰宅してネットで調べてみると、新品でPENTAXのダブルズームキットが74,800円で売られていた!

しかも、残り1台となっている。

そして、僕が一眼レフを買うときの条件として、300㎜以上のダブルズームキットなどがあったが(上記日記参照)、値段を除き全てクリアしていたのである。

 

初心者が一眼レフを初めて買うとき、中古にするか新品にすべきか、ネットでも意見が分かれていた。

中古派の意見は、何よりも安いし、初心者がわざわざ高い新品を買う必要はない、というもの。

新品派は、初心者だからこそ新品を買うべきで、中古の不良品でも初心者はどこが悪いのか判らない、という意見。

以前に中古を買おうとして失敗したのは、まさしく新品派の意見で、今度買うときは新品にしようと決めていた。

 

この一眼レフは2014年発売のモデルで、型落ちもいいところだが、新品ならそれでも構わない。

一眼レフを持っている友人にも相談してみると、それはお買い得ですという返事を貰ったので、遂に購入を決めた。

 

Amazonのカートに入れ、震える指で注文ボタンをクリックし、購入決定。

到着予定日は2日後だが、まさしく一日千秋の思いで待った。

 

そして、いよいよカメラが到着。

カメラが入った段ボール箱を持ち上げてみると、案外軽い。

これなら、持ち運びも楽そうだ。

しかし、この軽さが後に悲劇を生む。

 

段ボール箱を開け、さらにその中に入っているカメラ用の箱を取り出した。

カメラ用の箱を開けると、新品のカメラ独特の匂いがする。

いよいよ、新品の一眼レフが僕の物になったのだ。

 

……ところが、異変に気付く。

ダブルズームキットなのだから、レンズが2本入っているはずだが、1本しかないのだ。

しかも、長い方の55-300㎜用のレンズ。

どこを探してもなかった。

どうりで段ボール箱が軽かったわけだ。

 

やむなくAmazonにチャットメールを送る。

すると、返品には応じますが、レンズだけ送ることはできませんという返事。

それはないだろうと思いながら、方法はないかと尋ねると、出品者に連絡すれば対応してくれるかも知れません、という回答だった。

そこで出品者の連絡先を訊き、出品者用のメッセージに事の内容を送る。

だが、すぐに返事はなかった。

 

何しろ、8年前に発売したレンズである。

もうレンズは残っていないだろうと諦めていた。

1ヵ月間は返品に応じるということだったので、Amazonに返品する覚悟を決めたのである。

この時点で、もう一眼レフを持ちたいという気持ちは失せていた。

レンズ2つ付きの一眼レフが約7万5千円なんて、こんなチャンスは二度とないだろう。

何しろ、ビックカメラなどで見ると、300㎜の望遠レンズだけで7万円ぐらいはしていた。

 

すると、2日後に出品者からのメッセージ。

読んでみると、レンズを送りますという内容だった!

半ば諦めていただけに、一気に嬉しさが爆発したのだ。

なんという素晴らしいドンデン返しだろう!

……って、最初からレンズが入っていれば、こんな苦労をすることはなかったのだが(>_<)

 

しかも、ここからが大変だった。

それから1週間、出品者からの連絡がないのだ。

こちらから問い掛けても応答なし。

そもそも聞いたことのない業者だったし、これは詐欺かも知れないなと思い始めた。

返品期限は10月7日。

ボディと18-55㎜レンズはあるので撮影は可能なのだが、返品を視野に入れて新品の状態を保ったままカメラは使わなかった。

 

最初の連絡があってから8日後の土曜日(なぜかこの出品者は土曜日に連絡がつきやすかった)、ようやく出品者からのメッセージ。

確認作業のため、連絡が遅れていたらしい。

発注をかけましたので、もうしばらくお待ちくださいとのこと。

 

それならば、シルバーウィーク前にはレンズが届くな、と安心した。

ところが、そこから待てど暮らせど連絡はなく、もちろんレンズも届かない。

連絡がつきやすい土曜日にもメッセージは来ず、対応が遅すぎます、と苦言のメッセージを送る。

と言っているうちに、最後の3連休にもレンズは届かず、結局はシルバーウィークに間に合わなかった。

この頃には、また一眼レフへの熱は冷め、もう返品するしかないなと思い始めていたのである。

 

そんな時、Facebookの見ると、Canonのダブルズームキットがなんと1万円強で売っている広告が出ていた!(最近、カメラ関係ばかり検索するせいか、広告はカメラだらけだ)

今回、購入したカメラの約7分の1の値段、しかも新品だ。

これはもう、手許にあるカメラとレンズは返品し、手配中のレンズはキャンセルすべきだろう。

さらに、注文した業者と違って、広告に出ているのは某有名家電量販店(現在は某大手量販店の傘下)なので、安心できそうだ。

 

ところが、念のためその量販店のサイトを見ると、そんな値段でカメラは売られていない。

もう一度、安く売られていたサイトを見ると「〇〇〇(その量販店名)カメラ」と書かれており、微妙に違う。

 

不審に思い、その〇〇〇カメラで検索してみると、詐欺サイトという情報があったのだ!

Facebookの広告ということで安心していたが、危うく騙されるところだった。

やはり、あまりにも安すぎる商品は疑ってかかるべきか。

ちなみに、数日後にはバックの写真こそ違うものの、全く同じ内容で「○○○○(某有名カメラ専門店)株式会社」というサイトが出ていた。

 

話を元に戻すと、月曜日にようやく業者からメッセージが来る。

明日、入荷予定なので、早ければ火曜日出荷、遅くとも水曜日に出荷します、ということだった。

その業者は、なかなか連絡が来ない反面、連絡がつく日は夜遅くてもメッセージのやり取りをしてくれる。

ところが最後に、前回はAmazonから送ったので僕の住所が判らないため教えてください、とメッセージが来た。

やむを得ず、住所を書こうとしたが、やり取りをしているのはAmazonのメッセージ欄。

そこには「セキュリティのため住所や電話番号、メールアドレス等は書かないでください」と書かれている。

その旨をメッセージで伝えたが、夜11時近くだったのでさすがに連絡は来ない。

 

翌日、Amazonの販売者の部分に電話番号が書かれているので、そこに電話してください、とメッセージが来た。

その電話番号は、なんと携帯番号。

怪しさ爆発だったが、電話しなければレンズは来ないので、念のため非通知で電話をした。

しかし、電話には出ない。

やむを得ず、番号通知で電話すると、3コール目でアッサリ出た。

これは僕の電話番号と住所を聞き出すための罠かとも思ったが、背に腹は代えられず、こちらの住所を伝えた。

水曜日には出荷しますということだったので、それを信じて木曜日に到着するのを待つしかない。

 

木曜日、帰宅すると案の定レンズは届いていなかった。

やはり詐欺に引っかかってしまったのかと絶望してパソコンを見ると、遅れましたが本日出荷しましたというメッセージが来ていた!

ゆうパック送りで、追跡番号も書いてくれていたので、確かめてみると間違いなく出荷されている。

これでレンズが届くのは確定だが、まだ安心はできない。

レンズは届いたけれど、ボディとは合わないレンズだったとか、使えるけれど中古だったとか、なんてことも有り得る。

 

果たして、金曜日にレンズが届いた。

保証書が入っていたので、新品で間違いなさそうである。

ジョーシンの箱だったので、ジョーシンから仕入れたのだろう。

業者はさぞかし損した筈だ。

レンズが作動するか試すため、ようやくカメラの電源を入れる。

すると……、無事に撮影できた!(そりゃそうだろ、と思うかも知れないが、ここまで読めば僕がどれだけ不安だったか判るだろう)

もちろん、まだ試していなかった18-55㎜の方のレンズも装着すると、間違いなく撮影できる。

最初にカメラとレンズが届いてから23日後、ようやくダブルズームキットが揃った。

 

さて、ここからは以前の日記と重複するが、筆者が愛用していた歴代のデジカメを表記してみる。

もちろん、今回購入した一眼レフは最後に載せた。

 

◎初代:FUJIFILM FinePix A210

f:id:aigawa2007:20131002125712j:plain

 

記念すべき初代デジカメを買ったのは2003年の暮れ。

それまでは、カメラなど持ったことがなく、興味もなかった。

つまり、フィルム・カメラを使ったことがなかったわけで、カメラと言えば「写ルンです」オンリーだったのである。

しかし、どういう動機でカメラを購入したのかは憶えていない。

 

スペックは、320万画素で光学3倍ズーム、連写機能などない。

今のスマホの方がよほど機能が充実していそうだ。

ただ、小型で軽くて持ちやすく、小さいながらも動画撮影もできた。

それに、機能が少ない分、操作を覚えるのも簡単だったのだ。

また、当時のFUJIFILMらしく、記録メディアはなんとxDピクチャーカード!

もはや絶滅したと思われるので、このカードに入っている写真を取り出すのは困難だろう。

 

▼2004年正月、六甲山上から六甲アイランドを撮影(兵庫県

 

◎二代目:FUJIFILM FinePix E510

f:id:aigawa2007:20131002130707j:plain

 

二代目デジカメをいつ買ったのか、なぜ買い替えたのか不明(初代のレンズが曇ってしまい、修理するのが高額になるから買い替えた記憶があるが、レンズが曇ったのはこの機種の可能性もある)。

初代と同じくFUJIFILMで、記録メディアはやはりxDピクチャーカードだった。

 

スペックは、520万画素で初代よりも良くなっているが、光学ズームは3.2倍でさほど変わらない。

連写ができないのも同じだが、初代よりもコンパクトで持ちやすくなった。

普段、レンズは閉じており、電源を入れるとレンズ部分が開くのが特徴。

初代に比べて進化したのは、モードダイヤルが付いたことだろう。

つまり、シーンに合わせての撮影が可能になった。

 

▼2008年3月、廃線直前の三木鉄道兵庫県

f:id:aigawa2007:20080325132914j:plain

 

◎三代目:FUJIFILM FinePix S8100fd

f:id:aigawa2007:20131002125854j:plain

 

光学3.2ズーム程度では飽き足らなくなり、2008年11月頃に買ったのがこの機種。

初めてのネオ一眼だ。

この機種は、xDピクチャーカードの他にSDカードおよびSDHCカードも使えるようになり、FUJIFILMもさすがに時代の波に逆らえなくなったか。

前二代と違い、カード挿入口と電池を入れる場所が分かれていて、いちいち電池のフタを開けなくて済むので重宝した。

また、カードを挿入しなくても数枚なら画像を本体に保存できたため、たとえばカードがいっぱいになった時でも、カードを入れ替えずにそのまま撮影できたので、この点でも優れていたのだ。

 

スペックは、1000万画素に光学18倍ズームと、二代目とは比較にならない。

1.1コマ/秒とはいえ、連写機能も付いている。

見た目も一眼レフと変わらないので、お気に入りの一品となった。

光学18倍ズームというのも、この重さを考えると現在からみれば物足りないが、当時としては充分だろう。

 

前の二代が5年間で2台使っていたことになるが、三代目は5年間も愛用していた。

 

▼2010年6月、間もなく撤去される余部鉄橋を撮影(兵庫県

f:id:aigawa2007:20100614131029j:plain

 

◎四代目:FUJIFILM FinePix S8200

f:id:aigawa2007:20200612080831j:plain

 

現在でも使っているネオ一眼。

2013年10月に購入した。

光学40倍ズームで、三代目をさらに圧倒している。

他のスペックは、1620万画素で連写は120コマ/秒(!)と、そんじょそこらの一眼レフが裸足で逃げ出しそうだ。

しかも、家電量販店の店舗なら約3万5千円だったが、ネット販売(家電量販店のオンライン・ショップ)だと1万8千円ぐらいで、かなりのお得感があった。

記録メディアもとうとうxDピクチャーカードが使えなくなり、SDカード、SDHCカードSDXCカードになっている。

 

比較:左が三代目、右が四代目

f:id:aigawa2007:20220222230706j:plain

 

▼四代目を最大の光学40倍ズームにすると、レンズ部分がこんなにも伸びる

f:id:aigawa2007:20200612080930j:plain

 

ただし、四代目にも不満がなかったわけではない。

まずは、夏の暑い日にはズームレンズが伸びなくなることがあった。

さらに、三代目と違って本体に画像を保存できなくなり、前述の通りカード挿入口も電池部分と一緒になるという、いわば退化している。

しかも、カード挿入口と電池部分が一緒になったため、カードを入れ替えるときにはいちいち電池カバーを開けなければならなくなった。

 

そして、毎回ではないが、これまた前述の通り電池カバーを開けるとなぜか日時が初期設定にリセットされることが多かったのである。

そういう設定というわけではなく、単なる誤動作だ。

そのため、電池カバーを開けるたびにいちいち日時設定をしなければならなかった。

 

また、120コマ/秒という圧倒的な連写速度も、実際にはほとんど使ったことがない。

なぜなら、そんな高速連写をすると保存にかなりの時間がかかり、その間は撮影ができなくなるから、結局のところはシャッターチャンスを逃す方が遥かに多くなったからだ。

そのため、連写は5コマ/秒を使っていたが、それでも保存には時間がかかった。

 

とはいえ、四代目はネオ一眼としては圧倒的な性能を誇っていたため、最も活躍したのは四代目である。

間もなく、三代目を大きく超える9年目に突入。

 

▼2015年4月、高田川の千本桜(奈良県

f:id:aigawa2007:20150402130123j:plain

 

◎幻の五代目:PENTAX K-30 ダブルズームキット

f:id:aigawa2007:20220223203347j:plain

 

中古で購入したが、前述の通り不良品だったため返品。

◎五代目:PENTAX K-S1 300ダブルズームキット

 

幻の五代目を除き、初のFUJIFILM以外のデジカメは前述の通り初の一眼レフ。

年式は前述の通り2014年、18-55㎜と55-300㎜という2本のレンズ付き。

スペックは、有効画素が2012万画素で、四代目を上回る。

連写速度は5.4コマ/秒で四代目より大きく劣るが、前述のとおり超高速連写は使わないので、これぐらいでも良かろう。

しかも、連写後の保存速度は四代目よりも圧倒的に速い。

これなら、連写後にシャッターチャンスを逃すこともないだろう。

問題はダブルズームキットで、55-300㎜というのは、ネオ一眼の光学40倍ズームに比べてどうなのか、気になるところだ。

 

▼最大ズームにした時の比較。上が五代目、下が四代目

 

実はダブルズームキット、ネット上でも賛否両論で、初心者にはもってこいという意見もあれば、初心者にとっては着け外しが面倒だというレビューもあったが、前述の友人が推していたのでこのタイプにした。

そして、それ以上に問題なのは、筆者が一眼レフを使いこなせるかどうか、である。

 

▼五代目で馬見丘陵公園(奈良県をフルオートで試し撮り。ブログに載せるとき、容量が大き過ぎてエラーが出たため、画質を落とした

 

久宝寺ジョーシンで店じまい売り尽くしセールをやっていたので、カビ防止のドライ・ボックスとクリーニング・キットを15%オフで購入した。

カメラバッグが必要だが、あとは本格的な一眼デビューを待つばかりである。

 

▼左から初代~五代目

マット界をダメにした奴ら~全日本プロレス

 

「マット界をダメにした奴ら」第23回は全日本プロレス
今年の10月に50周年を迎える老舗団体。


週刊ファイトにコラムを書きました。
途中までは無料で読めますが、有料記事のため最後まで読むには会員登録が必要です。
もし登録していただけるのなら、僕にご一報ください。
僕からの紹介だと、年間登録の場合は特典があります(月間登録は不可)。
約千円分の電子書籍を無料で購入できます↓

miruhon.net

那須川天心が無人島から脱出!?

 

那須川天心がTBS系「アイ・アム・冒険少年」に出演。

脱出島に挑む。

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも読めます↓

miruhon.net

スタン・ハンセン、山本由伸ばりの快速球!?

 

京セラドーム大阪でのオリックス・バファローズvs.福岡ソフトバンク ホークスの天王山、“不沈艦”スタン・ハンセンが特別始球式に登場!

さらに、絶好調のソフトバンク打線を完封!?

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも読めます↓

miruhon.net

街かど★トレジャーに大阪プロレス

 

読売テレビのニュース番組「ten.」の人気コーナー「街かど★トレジャー」に大阪プロレスが登場!
大阪プロレスが自ら番組に応募するという、素人並みの行動(^^;)


週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも読めます↓

miruhon.net

昭和40年会の高校日本選抜

 

アメリカ・フロリダ州で9月9日(現地時間)からWBSC U-18ワールドカップが始まる。

同大会は18歳以下、即ち高校世代の野球ワールドカップだ。

基本的には隔年開催で、今回で30回を数える。

第1回大会は1981年にアメリカで開催され、当時はAAA世界野球選手権大会という名称だったが、開催時期が夏の甲子園大会と重なるため、日本の高校選抜という形では長らく参加していなかった。

しかし、今回は春夏の甲子園大会で活躍した選手をはじめ、ドラフト候補の精鋭が高校侍ジャパンを結成して参加する。

 

▼2015年、阪神甲子園球場で行われた日本×キューバ。四番打者は清宮幸太郎

 

最近の高校侍ジャパンは、甲子園に出場したか否かにかかわらず、全国から実力ある選手が選ばれるわけだが、かつてはそうではなかった。

世界選手権には出場しなくても、夏の甲子園大会終了後に高校日本選抜が結成されて韓国などと親善試合が行われていたが、メンバーに選ばれていたのは夏の甲子園に出場した選手に限られていたのである。

それも、甲子園ベスト8以上の上位進出した高校からの選出がほとんどで、一、二回戦で敗れた高校の選手が選ばれるのは、たとえドラフトの目玉選手でも稀だった。

 

筆者の記憶に残っているのは、1983年の高校日本選抜。

この頃の高校野球事情は、池田が史上初の夏春夏3連覇を目指したものの、夏の甲子園準決勝で一年生のKKコンビ(桑田真澄清原和博)を中心とするPL学園に0-7で完敗し、勢いに乗ったPLが優勝した年である。

高校日本選抜も、当然のことながら夏の甲子園に出場した選手の中から選ばれた。

 

たとえば、この年のドラフト超目玉と言えば藤王康晴(享栄→中日1位)だったが、春のセンバツでは3本塁打を打つなど大活躍したものの、夏の甲子園には出られなかったため、選出されなかったのである。

現在の高校侍ジャパンなら、間違いなく選ばれていただろう。

 

何しろ、この年の三年生はいわゆる昭和40年会。

数々のスターを生み出した、豊作の年だ。

しかし、後にプロで大活躍する多くの選手が夏の地方大会で敗退したために、たとえば渡辺久信前橋工→西武1位)や佐々木誠(水島工→南海6位)らは高校日本選抜には選ばれなかったのである。

 

また、夏の甲子園に出場しても、早い段階で姿を消したために、高校日本選抜に選出されなかった選手もいた。

初戦で敗退した小野和義(創価近鉄1位)や、二回戦敗退のマイクこと仲田幸司興南阪神3位)という、左腕の双璧と言われた2人が選ばれていない。

そして、三回戦敗退の吉井理人(箕島→近鉄2位)や準々決勝進出の津野浩(高知商日本ハム3位)といった後のプロ野球のスターたちは、甲子園で安定した投球を見せることが出来なかったため選から漏れた。

変わり種では、大会一の剛腕と言われた秋村謙宏(宇部商)は準々決勝進出しながら選出されず、大学・社会人を経てプロ入りするも現在はNPB審判員となっている。

 

この年の高校日本選抜に選ばれたのは17名で、そのうち三年生、即ち昭和40年会メンバーが15名だった。

このうち、高校卒業後に即プロ入りしたのは水野雄仁(池田→巨人1位)、野中徹博(中京→阪急1位)、三浦将明(横浜商→中日3位)、池山隆寛(市尼崎→ヤクルト2位)、林哲雄(岐阜第一→巨人3位)の5名だけ。

大学や社会人を経てプロ入りしたのは、加藤正樹(PL学園)や荻原満(仙台商)がいた。

 

この中で特筆すべきは池山だろう。

大会中は大して騒がれず、甲子園ではホームランも打たず三回戦敗退(二回戦からの登場だったので、出場したのは二試合のみ)だったのに、高校日本選抜に選ばれて四番打者まで務めた。

このメンバーの中で、プロで大成したのは池山だけ、ちょっと良かったのは水野ぐらい。

この年、№1スラッガーと呼び声の高かった藤王がプロでは大成せず、池山がプロで大活躍したのだから、選考委員の目は正しかったのだ。

 

さて、この年の高校日本選抜が行ったのは、恒例の日韓野球ではなく、アメリカ遠征だった(韓国高校選抜は来日し、関東の各都県選抜チームと戦い1勝3敗)。

アメリカでは西海岸で4試合、ハワイで2試合を行ったのである。

 

西海岸での相手は、全てカリフォルニア州高校選抜だった。

初戦はエースの水野が好投するも、T.ブラウンに手痛い一発を浴びて7-8で敗戦。

 

第2戦は、野中や荻原など後にプロ入りする投手が打ち込まれ、7回を終わってなんと15-15のラグビー・スコアとなる。

8回からリリーフ登板したのは唯一の一年生である桑田で、それまで日本の三年生投手を打ちまくっていたカリフォルニア打線を無安打3奪三振と完璧に封じ込めた。

さらに桑田は決勝打を放って日本が17-15で制し、1勝1敗とする。

やはり桑田の甲子園での活躍は、フロックではなかったのだ。

 

第3戦は三浦が先発し、大きなカーブで三振の山を築くも、またもやT.ブラウンに本塁打を浴びて2-8で完敗。

第4戦は先発の桑田が5回途中まで完璧なピッチングを見せるも、打球を足に当てて降板すると大乱戦になる。

それでも、池山や加藤のホームランなど日本打線が爆発、19-10と打撃戦を制してアメリカ本土での対戦成績を2勝2敗で終えた。

結局、カリフォルニア打線に通用した日本の投手は、一年生の桑田だけだったのである。

 

ハワイに移動した高校日本選抜はホノルル選抜と対戦し、遠征の疲れからか守備のミスを連発して5-6の敗戦。

終戦となったオアフ島選抜との試合では13-4で日本が大勝、全日程を3勝3敗のタイとし有終の美を飾った。

 

この年、甲子園出場云々に関係なく、昭和40年会で高校日本選抜を組んでいたら、どんな戦績を残していたのかと想像してしまう。

さらに、アメリカもカリフォルニア州という地域限定ではなく、全米選抜として対戦していたら、と考えると面白い。

 

実はカリフォルニア州高校選抜、翌年には日本に遠征している。

関西各地で試合をしたが、惜しかったのは大阪代表との試合だ。

この時、カリフォルニア州高校選抜は春季大阪大会の優勝校と対戦する予定で、センバツ準優勝のPL学園との試合が期待された。

ところが、PLは準々決勝での近大付との対戦で桑田を温存し、敗れている。

結局、優勝したのは上宮で、上宮はカリフォルニア州高校選抜に大敗を喫した。

もし、二年生になった桑田や清原が中心のPL学園が、単独チームとしてカリフォルニア州高校選抜と対戦していたら、どんな試合になっただろうか。