現在、阪神甲子園球場では第97回全国高等学校野球選手権大会が行われている。
今年が高校野球(戦前は中等野球)の全国大会が始まってから100年目という節目を迎えており、またスーパー一年生として注目されている早稲田実業の清宮幸太郎選手が出場しているとあって、例年以上の盛り上がりを見せているようだ。
そんな熱狂の甲子園を尻目に、大阪では別のスポーツの選手権大会が開催されている。
それがクリケット関西学生選手権2015である。
クリケットと言えば、イギリス生まれで野球によく似たスポーツとして知られる。
だが、日本での知名度は残念ながら低いと言えよう。
野球と似ていると言っても、ほとんどの日本人にはルールがなかなか理解できないだろう。
しかし、海外での普及度は野球以上だ。
今年の6月、僕は初めてクリケットの試合を観に京都の太陽が丘へ行ってきた。
その試合も関西学生選手権の公式戦だったが、詳しくはこちらを参照されたい。
そして今回は二度目のクリケット観戦である。
周りはおびただしい数の工場だらけで、殺風景なことこの上ない。
太陽が丘は広大な運動公園の敷地内にあったが、中島公園はのどかな太陽が丘とは全く違う。
本当にこんな場所でクリケットをやっているのかと、不安になってきた。
午後1時10分前に到着した。
駐車場は駅から遠く離れた市営なのに(しかも、辺りには商業施設など全くない)、1時間350円とベラボーに高い。
ただ、駐車場と野球場は目と鼻の先なので、その点では助かった。
車を降りてみると、ちょうど午前中の第1試合が終わったところだったらしく、球場では試合は行われてなかった。
そこで、ぶらっと球場の外を一周、散歩してみる。
試合間のインターバル、炎天下でウォーミング・アップをする選手たち
この球場は、工業地帯の中にあるグラウンドらしく、ボールが外へ飛び出さないように四方八方を高いフェンスで囲まれている。
つまり、前回の太陽が丘と違って中に入ることはできず、もちろんスタンドなんてないので、フェンス越しからの観戦となった。
したがって、今回はフェンスの外からしか写真を撮ることができなかったために、フェンスが邪魔していい写真が撮れなかったので、上の写真しか公開できないことをお許しいただきたい。
球場を一周しても、まだ試合は始まらなかった。
場所は駐車場のすぐ近く、球場で言えば右中間辺りで、ピッチが一番よく見えるところ。
高架道路が日光を遮ってくれて、日陰になるのでここを観戦場所に決めた。
もちろん、座る場所なんてないのだが、疲れたら地べたに座ればいいだろう。
僕の観戦場所には日陰ができたが、グラウンドには日陰なんてない。
「夏の甲子園は、選手たちに真夏の日中で試合を強いている残酷ショー、まさしく虐待だ!」
などという論調があるが、こんなことを言う連中は高校野球以外では、真夏の日中にスポーツが行われているなんて知らないのだろうか。
そもそも、高校総体(インターハイ)だって、真夏の日中に高校スポーツが行われている。
だが、高校総体を「選手虐待だ!」などという記事はお目にかかれない。
野球より遥かに激しい運動を強いられるサッカーなど、高校総体では決勝進出校は7日間に6試合も戦わなければならないのだ。
夏の甲子園なんて生ぬるいほどの超過密日程である。
僕が知る限り、そのことを指摘したライターは1人だけだ(去年の僕を含めると2人)。
しかし、そのことは全く話題にならない。
つまり、それ以外のライターは、そのことを知っていながら書かない、要するに高校野球をバッシングしたいだけの人。
あるいは、そのことを知っていながら書かない、つまり書いても記事が売れないだろうと思っている人。
そうでなければ、そんなことすら知らない、ただの無知な連中だったりして。
こういう人たちは「選手を守るため」などと美辞麗句を掲げながら、甲子園で故障した選手がいれば「それ見たことか!」と赤飯でも炊いて喜びするのだろう。
まさしく「他人の不幸は我が身の幸せ」である。
実際に、
「(甲子園で活躍した)マー君なんて潰れてしまえばいいのに」
と僕に言った、アンチ高校野球を公言しているスポーツ関係者もいた。
とても、スポーツ選手のことを考えているとは思えない。
だいたい、夏の甲子園が行われなくなったところで、各運動部は「夏合宿」と称して真夏の日中に過酷な練習が行われているのだから、熱中症対策になんの効果もない。
近所にある上宮太子高校の野球部は、夏休み中はずっと真昼間に毎日練習しているのだから、仮に夏の甲子園が廃止になっても状況は何も変わらないだろう。
試合より練習の方が遥かに厳しいことは当然である。
夏の甲子園に出場している選手たちより、出場していない高校の選手たちの方がずっと苦しいのは、わかりきったことだ。
高校野球バッシングに熱中している連中は、そんなことは考えたこともないのだろう。
なんでもかんでも禁止にするのではなく、熱中症対策を考える方が遥かに有意義である。
上宮太子高校の校名が出たが、その兄弟校である上宮高校は日本で唯一、クリケット部がある高校だ。
上宮高と言えば、黒田博樹や元木大介といったプロ野球の名選手を生んだ強豪校だが、最近では野球の方は弟分の上宮太子高に任せた感がある。
しかし、クリケットでは関西学生選手権の一員だ。
他には同志社大学、京都学園大学、四天王寺大学の合計4チームが参加している。
要するに上宮高の相手は、全て大学生というわけだ。
この日の上宮高はダブルヘッダーとなっている。
午前中に同志社大と公式戦を行い、68-64で逆転勝ちしたようだ。
「したようだ」というのは、つまり後に調べてわかったことである。
そして午後に、変則ダブルヘッダーとして京都学園大と戦う予定だった。
関西学生選手権は、T20(トゥエンティ・トゥエンティ)とう方式で行われる。
1イニング制の20オーバー限定という、試合時間が短いルールだ。
試合時間が短いと言っても、3時間ぐらいはかかるのだが。
クリケットには他にも、伝統的なテストマッチ方式という2イニング制(オーバー制限なし)で4~5日はかかるルールや、ワンデイ・マッチという1イニング制(50オーバー限定)ながら6~8時間もかかる方式もある。
詳しいルールを知りたい方は、こちらをご覧いただきたい。
T20は試合時間が3時間程度で野球とあまり変わらないが、それでも上宮高はダブルヘッダーなので、単純に考えれば真夏に6時間も試合をすることになる。
にもかかわらず、選手たちは試合をしたくてウズウズしている様子だ。
だが、試合が始まる様子はない。
午後1時45分頃になって、ようやく両軍の選手たちが出てきた。
白いユニフォームの上宮高が守備についたので、どうやら京都学園大が先攻らしい。
ところが、京都学園大のユニフォームが統一していない。
後でわかったことだが、どうやらこの試合は何らかの事情で上宮高の不戦勝となったようだ。
ひょっとすると、京都学園大のメンバーが揃わなかったのかも知れない。
でも、せっかく3つの学校が集まったので、上宮高と同志社大&京都学園大の連合チームによるエキシビション・ゲームを行おうとなったのだろう。
上宮高の選手にとっては、2試合目のゲームである。
もう公式戦ではないのだから、試合は断ってもいいはずだ。
何しろ、NHKが地上波全国中継する高校野球ですら「虐待だからやめちまえ!」なんて意見が出るご時世である。
クソ暑いのに2試合もやらずに済んで、意気揚々と引き揚げるのが人情というものだろう。
しかし、上宮高の選手たちは受けて立った。
というより、クリケットをやりたくて仕方ないに違いない。
これは僕の想像だが、クリケットをやるにあたって、グラウンドの確保すらままならない状況なのだろう。
何しろ、野球の硬球と変わらない硬さのボールを使用するクリケットである。
軟式野球場や普通の競技場では、許可が下りないに違いない。
しかも、大抵の競技場は他のスポーツでスケジュールは詰まっている。
予算だって限られているのだろう。
そう考えれば、工業地帯にある狭い少年用の硬式野球場ですら、貴重なグラウンドのはずだ。
せっかくグラウンドを確保できたのだから、こんなチャンスを逃す手はない。
「真夏の昼間にスポーツをやるな!」
などとのたまう自称「スポーツに関して進歩的な人間」たちは、彼らのスポーツをやりたい権利までも奪うのだろうか。
最も暑い午後2時近く、試合が始まった。
上宮高の先発ボウラー(投手)が第1球を投じる。
しかしこのボウラー、なぜか上宮高の白いユニフォームではなく、黒いTシャツを着ていた。
このボウラーはファスト・ボウラー(速球投手)らしく、思い切り助走をつけて投げてくる。
こんなにクソ暑いのに、2試合目で体力は持つのかと心配になるぐらいだ。
まだ野球のピッチャーの方が楽だろう。
さらにこのボウラー、インターバルにはマエケン体操までやっている。
案外、クリケットをやりながら野球ファンなのかも知れない。
このマエケン体操ボウラーは、なんと相手に1ラン(1点)も取られずに、2アウトも取ってしまった。
野球では珍しくもなんともないが、クリケットでは奇跡的なことである。
クリケットは野球と似た競技と書いたが、実は正反対な部分もあって、要するに野球は投手有利、クリケットは打者有利のスポーツである。
野球で3割打者と言えば7割も失敗するにもかかわらず一流選手となるが、クリケットでは3割打者なんてものの役にも立たないだろう。
クリケットではアウトになること自体が珍しいので、守備側がアウトを取ると優勝したかのように大はしゃぎするのだ。
たとえば、野球でアウト確実のボテボテのピッチャーゴロを打って、一塁へチンタラ走ると、
「アウトになるとわかっていても、全力疾走しろ!」
と怒鳴られるだろう。
しかしクリケットでは、アウトになるとわかっているのに走ると、逆に大目玉を食らうのだ。
なぜならクリケットでは、アウトになると思ったら、走る必要はないからである。
つまり、セーフになると確信した時にのみ走ればいい。
これではなかなかアウトにならないわけだ。
しかも打者(バッツマン)はアウトにならない限り、いくらでも打ち続ける。
たとえば、王貞治がホームランを打つと、また王が打つわけだ。
王をアウトにしない限り、王はいつまでも打席に立ち続ける。
クリケットでは敬遠なんて作戦は有り得ない。
あっけないほど簡単に2アウトを取った上宮高だったが、さすがに大学生の意地を見せて、次打者は4ランを奪う。
4ランというのは、ワンバウンド以上(ゴロでも可)でバウンダリー(今回の球場ではフェンス)まで到達した場合に4ラン(4点)が与えられるというものだ。
ちなみに、ノーバウンドでバウンダリーを超えると6ラン(6点)となる(野球でいうホームランに相当)。
それでも上宮高の先発ボウラーは好投して、6球を投げ終えた。
クリケットでは6球を「オーバー」という単位で括り、1オーバーを投げたら次のボウラー(投手)に交代しなければならない。
しかも、クリケットでは怪我以外に控え選手と交代させることはできないから、守備についている他の選手をボウラーとしなければならないのだ。
野球ならばリリーフ投手はブルペンで調整できるが、クリケットではそういうわけにはいかない。
次のボウラー(投手)も、投球練習なんてできないので、まさしくぶっつけ本番である。
肩慣らしもしないで全力投球するなんて、肩を壊さないかと心配になるぐらいだ。
この試合では、というよりこの球場ではオーバーに関して特別ルールが適用されていたようだ。
普通、1オーバーを終えると次のボウラー(投手)は反対側のウィケットから投げるのだが、この日はボウラーの位置は変えずに、2人のバッツマン(打者)が入れ替わっていた。
中島公園野球場では、ウィケット間のピッチは野球で言うセンター辺りに設置して、ボウラー(投手)はバックスクリーン方向から投げていた。
1オーバーを終えて次のボウラー(投手)に交代すると、本来ならバックスクリーンの反対側、即ちバックネット方向から投げなければならない。
しかし、野球でいう内野には小山のようなピッチャー・マウンドがあり、クリケットでは邪魔になってしまうのだ。
それを避けるために、ボウラー(投手)が代わっても、バッツマンの位置を代えるだけで、ボウラー側の位置はそのままにしたのだろう。
本来、野球場はクリケットをやるには適さないグラウンドに違いない。
大学側の攻撃は続き、試合開始から40分ぐらい経った時にようやくウォーター・ブレイクとなった。
ウォーター・ブレイクのタイミングはよくわからない。
時間で区切っているのか、あるいは半分の10オーバー(20オーバー限定マッチだから)で休憩となるのか。
いずれにしても、野球より過酷だ。
野球では、3者凡退なら1イニング5分程度で終わるが、クリケットだと40分も経過しないと水分補給できない。
T20の試合時間が野球と同じ3時間としても、守備側の選手は40分近くもずっと立っていなければならない。
さらに、1イニングを終えるには、また40分も守らなければならないのだ。
このあたり、水分補給は充分に行っていただきたい。
それはともかく、上宮高の動きは際立っていた。
なにしろ上宮高は、数日前に静岡県富士市で行われたU19選手権で見事に優勝を果たしたのである。
しかも、上宮高はAチームとBチームの2チームを結成しての参加だった。
なるほど、関西では大学生相手でも強いはずである。
ちなみにこの日は、午前中に同志社大に勝ち、午後の京都学園大に対する不戦勝によって、関西学生選手権での成績を3勝0敗とした。
甲子園では4万人の大観衆を集めているが、ここ中島公園野球場での観客は僕ただ1人。
でも、高校野球であれクリケットであれ、観衆が4万人であれ1人であれ、同じくスポーツをしていることに変わりはない。
甲子園に出場した選手は、阪神甲子園球場という素晴らしい球場でプレーしていることを感謝するべきだろう。
しかも、全校生徒や地元の人たちが遠い甲子園まで駆け付けて、声を枯らして声援してくれるのだ。
こんな幸せなことはあるまい。
世の中には、好きなスポーツをなかなかできない環境の人たちだって大勢いるのだ。
そのことを肝に銘じ、精一杯プレーしてもらいたい。