注:今回の日記はドラマの内容が含まれますので、これからドラマを見る方は読まないでください。
テレビ朝日系列で放送中の人気ドラマ「相棒 season13」が最終回を迎えた。
警視庁特命係の警部・杉下右京(水谷豊)の三代目相棒である甲斐享(=カイト、成宮寛貴)が卒業するとあって、高視聴率を叩き出したようだ。
そして、意外なラストに驚愕した視聴者も多いだろう。
では、どんなストーリーだったのだろうか。
もう一度書くが、以下はドラマの内容に触れるので、これから見ようという方は、この先は読まないことをお勧めする。
そして、ドラマを見終わってからお読みいただきたい。
ストーリーを書く前に「相棒」とはどんなドラマか、確認しておこう。
「相棒」とは言うまでもなく刑事ドラマであるが、同じ刑事ドラマでも「太陽にほえろ」のようなアクション・ドラマでないことは「相棒」ファンならわかるだろう。
特命係(ほとんど右京だが)の推理によって犯人を当て、トリックを見破る推理ドラマである。
いわば推理小説のドラマ版だが、いずれにしてもフィクションだからといってどんなストーリーにしてもいいというわけではない。
推理小説や推理ドラマにはちゃんとルールが存在するのだ。
たとえば、2時間サスペンス・ドラマのラストシーンで、岸壁に追い詰められた容疑者が「自分が犯人だ」と白状し、犯行までのいきさつやトリックをベラベラ喋るシーンは定番になっている。
それを見て「こんなアホな犯人がおるかい」とバカにした人も多いだろう。
だが、それが推理ドラマのルールで、犯行のいきさつやトリックを、ちゃんと視聴者に説明しなければならないのだ。
「相棒」ではそんなシーンはあまりないが、右京が”解説役”になる場合が多い。
推理ドラマに迷宮入りする事件がないのはそのためだ。
迷宮入りしてしまったら、真相を知りたい視聴者に対する裏切りとなる。
推理小説や推理ドラマとは、作り手側と読者(あるいは視聴者)との勝負でもある。
作り手側は犯人を読者や視聴者に当てさせず、見る側はそれを当てようとするのが基本的な楽しみ方だ。
中には最初から犯人が明らかである作品もあるが、その場合はどんなトリックを使ったのかを見破ることになる。
さて、「相棒13」の最終回は「ダークナイト」と呼ばれる謎の犯人がいて、それが誰なのかが焦点となった。
結論から言えば、右京の相棒であるカイトが「ダークナイト」だった。
よってカイトは逮捕され(実刑は免れまい)、当然のことながら懲戒免職、上司の右京も無期限停職処分となったのである。
おそらく、誰もが予想しなかったラストだろう(当てたという人は、以下に書く事柄を知らなかったと思われる)。
だが、先にも書いたように、フィクションだからといって何でもアリというわけではない。
このストーリーは、推理ドラマ(もちろん推理小説でも)では重大なルール違反なのだ。
1928年、イギリスの推理作家ロナルド・ノックスが、推理小説のルールというべき「ノックスの十戒」というのを発表した。
その「十戒」の内容を記してみる。
①犯人は物語の当初に登場していなければならない
②探偵方法に超自然能力を用いてはならない
③犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない
④未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
⑤中国人(ここでは言語や文化が違う外国人という意味)を登場させてはならない
⑥探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
⑦変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
⑧探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
⑨ワトソン役(助手)は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
⑩双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない
ちょうど同じ時期に、アメリカの推理作家S・S・ヴァン・ダインが「ヴァン・ダインの二十則」を発表しているが、内容的にはほぼ同じだ。
もっとも、発表されたのが戦前の古い時期であり、今の時代には合わない事柄も多い。
たとえば国際化社会の現代、⑤の「外国人(中国人と限定するのは論外)を登場させてはならない」というのはナンセンスだろう。
①の「犯人は物語の当初に登場していなければならない」というのも、ストーリーによっては無理な場合もある。
また、ノックスやヴァン・ダインも自ら作ったルールを破ったことがあるが、それでも基本線だけは押さえるべきだ。
この中で「基本線」は以下の通りと考える。
②探偵方法に超自然能力を用いてはならない
④未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
⑥探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
⑦変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
⑧探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
⑨ワトソン役(助手)は自分の判断を全て読者に知らせねばならない
現在では推理小説や推理ドラマが氾濫しているため、より読者の想像を超える物語を作るのは困難だろう。
そのせいか、これらのルールを破る作品は多い。
さっき、推理小説や推理ドラマは作り手側と見る側の勝負だ、と書いたが、実際には⑧の「読者に提示していない手がかりによって解決」してしまうアンフェアな作品もよく見かける。
犯人やトリックに関する手がかりは、全て読者や視聴者に提示しなければならないのだ。
読者や視聴者に、犯人あるいはトリックを見破られないために手がかりを伏せておく、というのは、作り手側の力量不足を指摘されても仕方あるまい。
そして、最悪のルール違反は⑦の「探偵が犯人」になることだ。
「相棒」における探偵とは、言うまでもなく右京でありカイトである。
カイトはワトソン役とも言えるが、いずれにしても探偵側の人間だ。
もっと言えば、レギュラー・メンバーである鑑識の米沢(六角精児)や、一見すると特命係と敵対している捜査一課の伊丹刑事(川原和久)、あるいは右京を毛嫌いしている内村刑事部長(片桐竜次)も同様である(警察官が犯人であってはならない、という意味ではない)。
彼らが犯人になれば、たしかに視聴者の意表を突くが、ハッキリ言ってネタ切れを暴露するようなものだ。
前述した「ヴァン・ダインの二十則」には「探偵をペテンにかけてもいいが、読者をペテンにかけてはならない」という項目があるが、今回の「相棒」は視聴者をペテンにかけたと言わざるを得ない。
しかも今回の「ダークナイト」は、それ以前のエピソードに何の布石も打たず、最終回で唐突に現れた。
ストーリーの用意周到さが売りだった「相棒」にとって、これは致命的ではなかったか。
さらに、どんな些細なことでも気にしてしまう右京が、カイトが犯行を起こしてから2年間もずっと一緒にいて、全く気付かなかったというのも、驚くべき不自然さだ。
なにしろその間に、カイトは殺人こそしていないとはいえ、6件も暴行事件を起こしていたのである。
それに気付かぬ右京ではあるまい。
少なくとも、初代相棒である亀山薫(寺脇康文)や二代目相棒の神戸尊(及川光博)が特命係を去る時、その理由の布石がちゃんとなされていた。
しかし、今回は何の前触れもなく、突然カイトが犯人になるという、安直な去り方になってしまったのが残念でならない。
もう一度どんでん返しがあって、カイトが犯人ではないことを最後まで期待したが、結局そのまま終わってしまった。
正直言って、カイトが三代目相棒として登場したシリーズから、作品の質が落ちたというのが偽らざる感想だ。
カイトが初登場したseason11の第18話「BIRTHDAY」では、とうとう幽霊を登場させて事件解決のカギとした。
もちろん、これは「十戒」②の「探偵方法に超自然能力を用いてはならない」に抵触する。
右京による論理的な推理力で事件を解決してきた「相棒」で、幽霊を登場させるなど言語道断だ。
右京自身は幽霊の存在を信じており、それは別にいいのだが、それでも以前のエピソードでは超自然的と思われた事件でも、ちゃんと論理的に解決していたのである。
キャラクターとして魅力に乏しいカイトでは視聴率を稼げぬからと、こんな禁じ手を使うようになったのか?
何度でも言うが、推理ドラマや推理小説にはちゃんとルールがあり、何をしても良いという世界ではないのである。
「相棒 season14」はどうなるのか、次期相棒は誰なのか、興味は尽きないが、制作者が今のままの考え方を続けるようならば、とんでもない駄作になりかねない。
いや、カイトのシリーズから、既に駄作になっていたと言えるだろう。
正直言うと、カイトのシリーズの新作ドラマを見るよりも、既に見た亀山や神戸のシリーズを再放送で見る方が面白いぐらいだ。
制作者はもう一度初心に帰り、知恵を振り絞って、正々堂々とした方法で我々「相棒」ファンの想像を超えるような物語を作ってもらいたいものである。