今年のプロ野球・日本シリーズは福岡ソフトバンク・ホークスが読売ジャイアンツ(巨人)を4勝0敗で圧倒、3年連続日本一に輝いた。
これで日本シリーズではパシフィック・リーグが6連覇、ここ10年で言えばセントラル・リーグは僅か1度の制覇で、あとの9回はパ・リーグが制している。
ちなみに、2005年から始まったセ・パ交流戦では、パ・リーグの優勝は延べ12チームでセ・リーグは延べ3チーム、勝ち越し回数で言えばパ・リーグの14回に対しセ・リーグは僅かに1回である。
そして今回の日本シリーズでは、セ・リーグの優勝チームがパ・リーグの2位チームに4タテを食らうという体たらく。
中には「メジャー・リーグと言えばパ・リーグだ」と思っている人もいるかも知れない(じゃあマイナー・リーグは?)。
そんな中で、ソフトバンクに惨敗した巨人の原辰徳監督から、仰天の発言が飛び出した。
「セ・リーグはここまでパ・リーグに差を付けられたのだから、DH制を導入すべき」
なんと、セ・リーグとパ・リーグの実力格差を、DH制に原因があると主張したのだ。
つまり、今回の日本シリーズで巨人が惨敗したのは、DH制を採用しているパ・リーグ代表チームには敵わないから、というわけである。
言うに事欠いて、自チームの惨敗の原因をDH制にすり替えるとは、責任転嫁も甚だしい。
原監督の主張はこうだ。
パ・リーグの投手たちは投球練習に専念できるから、投手のレベルが上がる。
セ・リーグの投手たちは投球練習の他に、打撃練習やバント練習をしなければならないから、投手力はパ・リーグに追い付かない。
さらに、パ・リーグでは守備力の伴わない選手でも、打撃力が抜群ならばDHで活躍できるが、セ・リーグでは守備力のない選手は使えないから打撃力でもパ・リーグに劣るというわけである。
一見、正しい主張のように見えるが、だったら北米のメジャー・リーグではどうか。
原監督の意見が正しいのならば、DH制のあるアメリカン・リーグが9人制のナショナル・リーグを圧倒しているはずだ。
今年のワールド・シリーズはまだ続いているので、去年までの成績を見てみると、ここ10年間では5勝5敗と全くの5分。
つまり、実力格差にDH制など関係ないことが判る。
要するに、原監督は惨敗の言い訳として、DH制を持ち出しているのに過ぎないだけだ。
まあ、ここまではまだ許せる。
最も腹立たしいのは、次の主張だ。
「高校野球でもDH制を採用すれば、一芸に秀でた選手を使うことができ、競技人口の増加につながる」
なんと、惨敗したことにかこつけて、競技人口増加のためという大義名分を振りかざしたのだ。
これほどの「論点のすり替え」もないだろう。
いかにも「俺は野球界全体のことを考えているぞ」的な主張をして、惨敗の目を逸らそうとしたのだ。
こんな卑怯すぎる言い訳はない。
高校生と言えば、色々な可能性がある。
それを、打撃や投手に限定して、可能性の芽を摘むつもりなのか。
高校生の段階からDH制に縛っていれば、大谷翔平のような二刀流の選手は生まれなかった。
野球は、投げて、打って、走って、守るというのが楽しさのはずだ。
その楽しさを、ティーンエイジャーの頃から奪ってしまうのがDH制である。
たとえば阪神タイガースの糸井嘉男の高校時代は投手だったが、DH制だからという理由で投手に専念させていたら、プロに入ってからの№1外野手としての活躍はなかった。
「DH制は多くの高校生にチャンスを与える」などと一見正しいように見える論理を振りかざして、実際には若者のチャンスの芽を摘み取っているのである。
巨人がソフトバンクに4連敗した理由は簡単。
巨人が弱かったからである。
そして、巨人に優勝させたセ・リーグが弱かったからだ。
DH制などは関係なく、選手育成を怠ったからに他ならない。
20世紀のプロ野球は、人気の面でセ・リーグがパ・リーグを圧倒してた。
その人気にかこつけて、90年代に入ると戦力均衡のためのドラフト制度に、逆指名という矛盾した制度を取り入れたのである。
さらにフリーエージェント(FA)では、巨人が他球団の有力選手を買い漁った。
このことによりパ・リーグは大打撃を受け、2004年の球団削減騒動に発展したのである。
ところが、球団削減を逃れたパ・リーグは、ここから経営努力をするようになった。
FAで主力選手をセ・リーグ(主に巨人)に獲られるのなら選手育成に尽力し、さらにファンには愛されるために地元密着を打ち出して多くの観客を球場に集めたのである。
その結果、人気面でもパ・リーグはセ・リーグに追い付いたのだ。
一方のセ・リーグは、戦力が足りないのなら他球団から選手を獲得すればよい、と選手育成を怠った。
ファンの獲得も、巨人戦によるテレビ放映権で経営が潤うのだから、経営努力などしてこなかったのである。
例外が広島東洋カープで、親会社に頼れない独立採算制のためファンの獲得に尽力し、選手育成に力を入れた。
今シーズンはBクラスに落ちたが、ここ数年の躍進はパ・リーグの各球団に負けない努力の賜物である。
さらに、以前はテレビ局にとって優良コンテンツだった巨人戦も、現在では地上波中継すら稀になった。
今回の日本シリーズも、ラグビー・ワールドカップと重なったという不運もあったが、巨人が出場したにもかかわらず第3戦まで視聴率が1桁台と低迷したのである。
第4戦でようやく11.8%と2桁台をマークしたが、今までの巨人が出場する日本シリーズでは考えられない低さだ。
これは巨人人気というよりも、野球人気の低下ではないかという意見もあるが、ちょっと待ってほしい。
これらの視聴率は、いずれも関東地区のものである。
福岡地区での視聴率は、第4戦で平均38.5%、瞬間視聴率50.3%という、ラグビーW杯に迫る高視聴率だった。
福岡の人達は、みな野球に注目し、ソフトバンクを応援していたのである。
ここで考えてみると、巨人だって東京を本拠地とするチームのはずだ。
ところが、視聴率を見る限りは、関東の人達は巨人などに注目していない。
要するに、巨人は地元の人達に愛されていないのである。
そういうチームにしたのは、他でもない巨人自身だ。
ドラフトでは逆指名制度を認めさせて、他球団希望の選手を金で引っ張ってくる(その選手は、後に巨人の監督になった)。
FAでは他球団の主力選手を片っ端から獲得する。
そういう選手が必要だから買い漁るのではなく、他球団の実力を削いで自球団で飼い殺しにしたのが問題だ。
選手に活躍の場を与えるどころか、活躍の場を奪ったのだから。
まあ、これらはルールに則って行っているので許されるのだが、結局は自分で自分の首を絞めたようなものである。
選手育成を怠り、パ・リーグや広島の後塵を拝す原因となったのだ。
さらに、「ウチは東京が本拠地ではなく全国区の球団」という理屈で、ビジター用のユニフォームを「TOKYO」から「YOMIURI」に変えたことがあった。
全国区の球団なら「NIPPON」とでもすればいいと思うのだが、このユニフォームは心ある巨人ファンから「我々は巨人ファンであって読売ファンではない」と反発を受けるが、時の渡邊恒雄会長は「あいつらは右翼だ!」と訳の判らない主張をする始末。
結果、全国はおろか、地元の東京からも見放される球団となってしまった。
それが今回の日本シリーズの視聴率に現れている。
そして今回の「セ・リーグでもDH制導入を」発言である。
そんな小手先の制度変更では、いつまで経ってもセ・リーグはパ・リーグに追い付けない。
巨人をはじめ、広島を除くセ・リーグ5球団は、根本からパ・リーグに劣っているのだ(近年の横浜DeNAベイスターズはちょっとマシ)。
そんな現状を直視せず、DH制導入などという些細なことに原因を求めているようならば、セ・リーグの劣勢はずっと続くだろう。
こんなことを言っている限り、巨人は「球界の盟主」どころか「球界のお荷物」となるに違いない。