ラグビー・ワールドカップ(RWC)日本大会が行われてから、早くも1年が経つ。
あれから1年後、今のようなコロナ禍の状況になっていようとは、誰が想像しただろうか。
いや、RWCの日本開催が決まった10年前の2009年、こんな大会になろうとは誰も思わなかっただろう。
1987年にRWCが始まって以来、初めてラグビー強豪国以外でのW杯開催、そして台風により3試合が中止になった。
普通なら、この時点で「過去最低のRWC」という評価が下されても仕方がなかったはずだ。
しかし実際には、チケット販売率は99.3%に達し、日本×南アフリカの平均視聴率は41.6%(関東地区、以下同)でNHK紅白歌合戦を上回り2019年の全番組中で1位(年間2位は日本×スコットランドの39.2%)を記録、ワールド・ラグビー(WR)のサー・ビル・ボウモント会長は「2019年日本大会は、おそらく過去最高のラグビーW杯として記憶されるだろう」と語ったほどである。
これは決してお世辞ではないだろう。
2009年の時点では、日本単独開催ではなく、香港とシンガポールでも試合をする予定だった。
つまりWRも、日本単独開催に不安を持っていたことが窺える。
そもそも、この時点で日本代表のW杯での戦績は、1勝18敗1分という惨憺たるものだったのだ。
さらに、開幕戦および決勝戦の開催を予定していた新・国立競技場が様々なトラブルにより、RWC開催に間に合わなかったというケチもついた。
本来なら、新・国立競技場のお披露目は東京オリンピックではなく、ラグビーW杯だったのである(その東京五輪も、開催できるかどうか判らないが)。
筆者もRWC日本開催が決まった時、嬉しさが込み上げたのはもちろんだが、それ以上に不安が大きかった。
もしRWC日本大会が失敗に終わったら、日本ラグビーはもう終わりだと思っていたからである。
日本戦にはそこそこ観客も入るだろうが、外国同士の試合だとたとえ決勝戦でも会場には閑古鳥が鳴くだろう。
他のスポーツを見ても判るように、日本人は外国同士の試合など興味を持たないからだ。
そうなったら、日本は世界に大恥をかくことになる。
何しろラグビーW杯は、夏季オリンピックやサッカーW杯に次いで世界的な視聴者数が多いのだから、全世界に発信される大会なのだ。
そのうえ、外国同士の試合はもちろん、日本戦も地上波生中継はしてくれないのではないか。
たとえ生中継したところでゴールデン・タイムでも視聴率は1桁、それでも生中継してくれればいい方で、地上波では深夜の録画放送になるだろうと思っていたのである。
もちろん、ラグビー・ファン以外ではRWCなど話題にもならず、日本人のほとんどがラグビーW杯が日本で行われていたことなど知らないまま大会を終えるだろうと予想していた。
そう思う根拠として、21世紀に入ってから日本で行われたスポーツの世界大会が、2002年のサッカー日韓共催ワールドカップを除いて、ことごとく失敗していたからである。
そのサッカーW杯だって、日韓共催だから日本の単独開催ではなかった。
21世紀になってからの、日本開催の主なスポーツ世界大会を振り返ってみる。
ラグビーW杯の日本開催が決定した3年前、2006年に日本で開催されたのが男子バスケットボール世界選手権(現:ワールドカップ)だ。
世界バスケと銘打たれ、TBSが放映権を獲得したが、ハッキリ言って全く盛り上がらなかった。
おそらく、バスケ・ファン以外では、この大会のことをほとんど知らなかっただろう。
アメリカ代表などは、NBAのスター選手で構成されていたのに、である(結果は3位)。
TBSは日本戦の5試合(1勝4敗で予選敗退)のうち、土日に行われた2試合を昼間に録画中継。
平日に行われた残り3試合は、深夜の録画放送だったのである。
つまり、ゴールデン・タイムではスポンサーが付かなかったのだ。
そして決勝戦(スペイン×ギリシャ)も、深夜の録画中継だった。
地上波放送はこの6試合のみで、もちろん大会は大赤字だったのである。
TBSと関係の深い毎日新聞では、日本戦でも1頁の半分ぐらいしか割かずに報道した程度だ。
世界バスケが開幕した頃は夏の甲子園まっただ中で、この年は早稲田実業のハンカチ王子(斎藤佑樹)と駒大苫小牧のマー君(田中将大)による大フィーバーという不運もあった。
夏の甲子園は朝日新聞の主催だが、毎日新聞でも2頁を割いて報道したのである。
しかし、夏の甲子園が閉幕しても、毎日新聞は世界バスケを大きくは取り上げず。
日本敗退が決まってからは、アメリカ代表の準決勝敗退を日本戦並みに報じただけで、決勝戦はほとんどベタ記事に近かったのである。
筆者はラグビーW杯の日本大会も、この時の世界バスケと同じような扱いになるのではないか、と思っていたのだ。
ちなみに去年、RWCが行われる直前にバスケW杯が中国で開催され、日本×アメリカをフジテレビが夜9時台という絶好の時間帯で生中継した。
八村塁と、NBAのスター選手が激突するということで、視聴率は最低で2桁、できれば15%を見込んでいたようだが、実際には8.1%だったのである。
それでも、Bリーグが発足してバスケ人気も上がっているので、2006年の時に比べれば大躍進と言えよう。
▼日本で行われた2006年の男子バスケットボール世界選手権ハイライト
世界バスケの1年後、2007年に大阪市で開催されたのが世界陸上だ。
こちらはさすがに世界バスケのようなことはなく、TBSが連日、朝から晩まで生放送。
例年と違って時差がないので、ゴールデン・タイムでも堂々と生中継していた。
新聞でも、毎日新聞をはじめ各紙がこぞって大きく報道したのである。
しかし、筆者は大阪に住みながら「地元でやってる感」が全然なかった。
周りでも、世界陸上が話題になることはほとんどなかったのである。
1991年に東京で開催された世界陸上とは、明らかに温度差があった(この時は日本テレビが放送)。
メイン会場となった長居スタジアムも、スタンドがガラガラの日が多かったのだ。
地元の大阪でこんな状態だったのだから、他の地域ではもっと関心が低かったのではないか。
また、この年の夏の甲子園も、公立校の佐賀北が優勝するなど、大いに盛り上がったために話題を持って行かれた感がある。
▼空席が目立つ2007年の世界陸上大阪大会
同じ2007年、アメリカン・フットボールの第3回ワールドカップ(現:世界選手権)が神奈川県川崎市で開催された。
過去2回のW杯で日本代表は2連覇を果たしており、3連覇がかかった大会だったのである。
決勝で日本は優勝候補のアメリカと対戦、惜しくも敗れて準優勝に終わったものの、延長戦までもつれ込む大熱戦となった。
これだけ日本代表が活躍したのだから、さぞかし盛り上がったのかと言えばさにあらず。
何しろ、アメリカ代表と言ってもNFLの選手が含まれていないばかりか、NCAA所属の大学選手すらいなかった。
NCAA以外の大学が推薦した選手の中から選ばれたのがアメリカ代表であり、NFLにドラフト指名される選手など1人もいなかったのである。
そもそも、日本が連覇した過去2回の大会には、アメリカは参加していなかった。
絶対王者のアメリカが参加しない大会で2連覇し、アメリカでも全く無名の大学生で構成されたアメリカ代表に敗れて準優勝と言っても、白けるばかりだ。
ちなみに、2015年の第5回大会はアメリカのカントンで行われ、アメリカが圧倒的な力を見せ付けて優勝したものの(準優勝は日本)、スタンドには無観客よろしくほとんど客がいなかったのである。
後の時代の人が、この時の世界選手権をVTRで見れば「この大会はコロナ禍の2020年に行われたに違いない」と思うだろう。
あの、アメフト大好き国民のアメリカ人が、世界選手権には全くの無関心なのだ。
アメリカ人にとって、世界最高峰の試合はスーパーボウルであり、興味があるのはNFLあるいはNCAAのカレッジ・フットボールである。
2019年にはオーストラリアで第6回大会を行う予定だったが、資金難のため延期された。
世界選手権と言っても、所詮その程度の大会なのである。
2007年に話を戻すと、大会初日の日本戦と、決勝の日本×アメリカはNHK-BS1で生中継された。
つまり地上波中継はなかったわけだが、それでも無料放送で生中継を見られたのは、2006年の世界バスケよりもマシだったかも知れない。
▼川崎市による2007年のアメフトW杯のPR動画
時代はグンと下って去年の2019年、ラグビーW杯が終了した直後に女子ハンドボールの世界選手権が熊本県で開催された。
熊本の新聞は連日のように報道し、地元のテレビ局も日本戦を放送したのである。
全国放送では、普段は有料のJ SPORTSが無料で放送した。
大会関係者は「予想以上の大成功」と胸を張ったが、実際にはどうだったか。
熊本県民以外は、こんな大会があったことなど知らなかっただろう。
満員に見えたスタンドも、無料招待客が多く、試合によってはメインスタンドを閉鎖してバックスタンドのみに客を入れていたそうだ。
テレビカメラはメイン側にあるので、半分しか客が埋まっていなくても満員に見える。
この大会で特別サポーターを務めたのは、熊本県出身で長男がハンドボールをしているという元:福岡ソフトバンク・ホークスの松中信彦。
松中は、ハンドボールをメジャーにするためには「日本代表が強くなることが必要。今年のラグビー・フィーバーだって突然やって来たのではなく、4年前に南アフリカを破ったことがターニング・ポイントとなった」と語っていたが、本当にそうだろうか。
たしかに、あの大番狂わせはRWC2019の大きな追い風になったのは間違いないが、「日本代表が強くなれば人気が出る」という論理はいささか短絡的すぎる。
▼熊本県で行われた2019年の女子ハンドボール世界選手権のPR動画
実は1997年にも熊本県で、男子ハンドボール世界選手権が開催された。
まだ有料テレビが一般的ではなくて、ネット配信などもない時代、NHK-BS1とNHK総合テレビでこの大会を中継したのである。
つまり、テレビ放送の点では2019年の女子大会よりも恵まれていた。
日本代表は予選リーグを突破して決勝トーナメントに進出、その一回戦では前回優勝のフランスを相手に終始リードを奪うという大健闘を見せて、惜しくも1点差で敗れたものの大喝采を浴びた。
松中の論理で言えば、これでハンドボール・フィーバーにならなければおかしいが、そうはなっていない。
たとえフランスに勝ったとしても、ニュースにはなっただろうが、日本人の誰もが知る出来事とは認識されなかったと思われる。
新聞の扱いも、日本が決勝トーナメントに進出して強豪のフランスに大善戦したのに、全国紙では2006年の世界バスケとさほど変わらなかった。
決勝戦のロシア×スウェーデンは、NHK総合テレビで日曜日の夕方にディレイ放送(午後3時から競馬中継があったために生中継できなかった)、NHK-BS1では夜9時という見やすい時間帯に録画中継したものの、大した話題とはならず、新聞でもベタ記事だったのである。
▼熊本県で行われた1997年の男子ハンドボール世界選手権の総集編
日本代表が強くなれば人気が出る、というのも事実だが、それは古い考え方だ。
といっても、そんな古い考え方がまだまだ通用するのだから、日本人のスポーツに対する意識が低いことが判るのだが。
しかし、日本さえ勝てばそれでいい、という競技はやがて淘汰される。
これからは、競技そのものの魅力を発信しなければならない。
去年のラグビーW杯が始まった時、筆者が興奮したのは開幕戦の日本×ロシアよりも、むしろその翌日だ。
土曜日の昼間にオーストラリア×フィジー(NHK総合)、夕方にフランス×アルゼンチン(日本テレビ)、夜のゴールデン・タイムにニュージーランド×南アフリカ(日本テレビ)が行われた。
日本でこんな凄いカードが立て続けに3試合も、しかも絶好の時間帯に地上波生中継で観られるなんて、それだけでRWCが日本で開催されたことに感謝したのである。
そして、この日のニュージーランド×南アフリカの視聴率が12.3%も取ったのだ。
まだ日本は1勝しただけで、ラグビー・フィーバーには至っていない時期なのに、外国同士の試合が視聴率2桁を記録したのである。
その後、他の外国同士の試合でも視聴率は概ね2桁をマークし、「日本戦以外は視聴率が取れない」という日本スポーツ界の憂うべき現状を覆した。
さらに、東京スタジアムで行われた日本×ロシアの観衆が45,745人だったのに対し、それよりキャパシティの大きい横浜国際総合競技場で行われたニュージーランド×南アフリカは63,649人も集めたのだ。
さらに同会場で行われた決勝の南アフリカ×イングランドは70,103人を集め、2002年のサッカーW杯決勝を上回る同会場での新記録となったのである。
この決勝戦は、外国同士の試合にもかかわらず日テレでの視聴率は20.5%と大台を突破した。
しかも、この試合をJ SPORTSやネット配信ではもちろん、NHK-BS1でも生中継したのである。
ラグビー・ファンはJ SPORTSで観戦することが多く、また民放が嫌いな人の多くはNHK-BS1を視聴したに違いない。
そんな中での、外国同士での20%超えは、日本戦の41.6%よりも価値があったと言える。
日本に関係なくても高視聴率をマークしたのは、それだけラグビーの魅力が認知されたのだ。
▼日本で行われた2019年のラグビー・ワールドカップのエンディング
日本人は、サッカーW杯を除き外国同士の試合には無関心という、レベルの低い国民性である。
それでも、野球はMLB、バスケはNBA、アメフトはNFL、ラグビーはスーパーラグビーや海外テストマッチに興味があるファンが多いので、まだいいのだが。
オリンピックや、アイドルのコンサートまがいの某スポーツでの日本に対する過剰応援放送が低レベルの象徴だが(あくまで過剰がイケナイのであって、多少は日本に肩入れした放送をしたり、思わず日本を応援してしまう実況になるのは仕方ない)、去年のラグビーW杯ではそれが払拭されて「我が意を得たり」という気分だった。