2019年、日本で第9回ラグビーワールドカップが行われる。
先日、そのマネンジメントセミナーが大阪の心斎橋にある総合学園ヒューマンアカデミーで行われた。
講師を務めたのは伊達亮氏である。
伊達氏は慶應義塾大学卒業後、旅行会社のJTBに勤める傍ら、スポーツイベントにも携わってきた。
これまで伊達氏が関わってきた主なスポーツイベントは、東京マラソン、FIFA(サッカー)ワールドカップ南アフリカ大会、東レパンパシフィックテニスなどがあるという。
そして現在は公益財団法人ラグビーワールドカップ2019組織委員会事業部長に就任している。
また、伊達氏自身がラグビーをプレーしていた。
セミナーは2時間の予定だったものの、質疑応答を含めると予定をオーバーしてしまったが、その時間を感じさせないほどあっという間に終わってしまった。
ご自身は「自分は喋りのプロではないので緊張している」と冒頭で言っていたが、どうしてどうして、軽妙な語り口で受講生を魅了していたのである。
ラグビーワールドカップ(W杯)は、夏季オリンピック、サッカーW杯に次ぐ、世界第三のスポーツ大会と言われている。
ちょっと古いデータになるが、近年におけるスポーツビッグイベントの入場者数を示してみよう。
2006年 冬季オリンピック(イタリア・トリノ)入場者数:90万人
2006年 サッカーW杯(ドイツ)入場者数:336万人
2007年 ラグビーW杯(フランス)入場者数:224万人
2008年 夏季オリンピック(中国・北京)入場者数:646万人
トリノ五輪で荒川静香が「イナバウワー」で日本中を席巻した時よりも、翌年のラグビーW杯フランス大会の方が、約2.5倍もの観客数を集めたのだ。
2011年にニュージーランドで行われたラグビーワールドカップは140万人で、フランス大会に比べると落ち込んだように思えるが、開催国は人口僅か450万人のニュージーランドである。
しかも、開催僅か半年前にクライストチャーチで大地震があったにもかかわらず、これだけの入場者を集めた。
もちろん、ニュージーランドがラグビー王国だからこそ成せる技だが、人口の約1/3の観衆が集ったのである。
だが、それほどの大会であるラグビーW杯も、日本での知名度は今ひとつ。
せっかく日本でこれだけのビッグイベントが行われるにもかかわらず、2002年の日韓共催サッカーW杯に比べると、ラグビーファン以外にはほとんど知られていないのではないか。
そうでなくても、ラグビーW杯にとって2019年の日本大会は、初めてラグビー後進国で行われる大会だ。
これまでの、ラグビーW杯開催の歴史は以下の通り。
第1回(1987年):ニュージーランド・オーストラリア共催
第2回(1991年):イングランド
第3回(1995年):南アフリカ
第4回(1999年):ウェールズ
第5回(2003年):オーストラリア
第6回(2007年):フランス
第7回(2011年):ニュージーランド
第8回(2015年):イングランド<未開催>
と、いずれもラグビー強国と言われる旧IRB加盟8ヵ国<注①>でタライ回しにされてきた。
そして2019年、遂にこれら伝統国から離れ、極東の日本でラグビーW杯が行われるのである。
日本ではかつてラグビーブームがあったものの、現在では野球やサッカーに比べると明らかに知名度は低く、最高峰のトップリーグでさえ1万人の観衆を集めるのに四苦八苦している有様である。
W杯開催まであと5年しかないのに、本当に成功させることができるのか?と誰もが思うだろう。
ただでさえ商売下手な日本ラグビーフットボール協会(JRFU)、W杯に向けて一体何をやってるんだ、と思っているラグビーファンも多いに違いない。
だが、意外にも、と言ったら失礼だが、準備は着々と進んでいるようだ。
アマチュア意識が抜けていないと思われるJRFUだが、W杯成功のために外部組織によるラグビーワールドカップ2019組織委員会を立ち上げ、IRB(国際ラグビー評議会。サッカーにおけるFIFAに相当。2014年11月19日をもってWorld Rugbyに名称変更)の運営会社であるRWCLや日本の各都市と連携している。
伊達氏は、テストマッチがラグビーファンを集める試合なら、W杯はまさしくお祭りだと語る。
つまり、ラグビーファンか否かにかかわらず、あるいは日本人だけでなく世界中から多くの人々が集まってくるのがラグビーW杯だと言うのだ。
現在、多くの市町村がラグビーW杯招致に手を挙げているが、ラグビーなんて知らない自治体がほとんどなのだろう。
でも、それでも構わないと伊達氏は言う。
ラグビーW杯という世界的なビッグイベントがやって来るというだけで意義があるというわけだ。
そしてそれは、日本という国を世界にアピールする絶好のチャンスでもある。
もう一つ、忘れてはならないのは、次の年の2020年は東京オリンピックが行われるということだ。
当然、ラグビーW杯と東京五輪は、セットで考えなければならない。
2020年のオリンピック開催都市が東京に決まった時、日本中が沸いたが、伊達氏はそんなこと、最初からわかっていたという。
何やらオカルトチックな話だが、要するにビッグイベントとオリンピックが連動するということは、近年の傾向と言うのだ。
2000年のシドニー五輪の後の2003年にはオーストラリアでラグビーW杯が開催され、2012年のロンドン五輪の後は2015年にイングランドでラグビーW杯開催予定、2014年にサッカーW杯がブラジルで行われた後の2016年にリオデジャネイロでの夏季五輪と、確かに同じ国でスポーツのビッグイベントが続いている。
じゃあアテネや北京はどうなんだ、というツッコミはなしで。
ただ、スポーツ大国と言われるアメリカが関与していないというのは確かなようだ。
アメリカの四大スポーツであるアメリカン・フットボール、野球、バスケットボール、アイスホッケーは、なかなか世界大会を開催できない。
いや、実際には開催しているのだが、世界はおろかアメリカですら注目されていないのが実情だ。
例えば、野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は日本や韓国では注目されているが、開催国であるアメリカでの知名度は低く、アメリカ国民の注目はメジャー・リーグ(MLB)のみである。
全米一の人気スポーツはアメリカン・フットボールだが、アメフトのワールドカップが行われているなんて、ほとんどのアメリカ国民は知らないだろう。
アメフトの世界一を決めるのはワールドカップではなく、あくまでもNFLのスーパーボウルだ。
今や、アメリカ発のスポーツ・シーンは、世界的に注目されていないのである。
それどころか、サッカー不毛の地と言われたアメリカ国内でさえ、サッカーの試合で11万人もの観衆を集めた。
さらに、今年11月にシカゴで行われるラグビーのテストマッチ、世界最強のオールブラックス(ニュージーランド代表)とイーグルス(アメリカ代表)の対戦は、6万人収容のスタジアムで行う。
サッカーW杯でアメリカ代表が活躍したのでサッカー人気はわかるのだが、アメリカでは未だにマイナースポーツでしかないラグビーでも、これだけの観客動員が見込まれているのである。
要するに、アメリカ国民がようやく世界に目を向けた、ということだ。
アメリカの四大スポーツがなかなか世界では認知されずに、ヨーロッパ生まれのサッカーやラグビーがグローバル・スタンダードとなったために、アメリカも無視できなくなったのである。
また、7人制とはいえラグビーがオリンピックの正式種目になったのが、日本にとって追い風になった。
これにより、各国がラグビーに力を入れたために、世界への普及が見込まれる。
伊達氏が語る、ラグビーW杯と東京オリンピックの連動は、この部分である。
日本の小学校で、タグラグビーが普及してきた。
タグラグビーというのは、腰にタグ(紐)を付けて、そのタグを取ったらタックルと同じとみなされるという競技だ。
つまり、子供でも安全にラグビーを楽しめるスポーツである。
ラグビーW杯の日本開催やオリンピックでの7人制ラグビー採用により、日本全国の小学校にラグラグビーが普及しているそうだ。
タグラグビーをしている子供たちは、2019年に日本でラグビーW杯が行われるなんてことは知らないが、2019年を支えるのは間違いなくこの子供たちである。
ただ、伊達氏は2019年よりも、そのあとの日本のスポーツシーンの方が心配だという。
2019年のラグビーW杯と、2020年の東京五輪まではお祭りのようにやれ行けそれ行けと盛り上がるだろうが、そのあとは燃え尽き症候群になるのでは?と危惧しているのだ。
それは、日本のスポーツにおけるジャーナリズムが成熟していないから、という理由である。
例えば、先日のテニス全米オープンで錦織圭選手が日本人初の準優勝に輝いたが、日本のメディアは過剰とも思える報道をした。
結局、錦織は過剰報道でプライベートな時間を保てずに、決勝では惨敗したのである。
日本人選手が世界大会で過剰に持ち上げるが、凋落したら知らんぷり、というのが十年一日のごとく日本では繰り返されているのだ。
こんな報道しかしないマスコミも問題だが、マスコミだって商売であるわけで、そんな報道を期待している消費者のレベルが低い、と言えなくもない。
そして、各競技団体が協力しない、という体質もある。
ラグビー専用のスタジアムだからサッカーには貸さないとか、あるいはその逆もあるのだ。
もっと日本のスポーツ団体が一致団結すれば、ますます日本のスポーツは発展するのに、と伊達氏は憂う。
特に野球を除く日本の球技は、陸上競技場を使用することが多いのだが、陸上競技連盟のハードルが高いのだ。
個人的には、陸上競技場で行う球技なんてトラックが邪魔で見にくいだけなので、球技専用スタジアムで行って欲しいのだが、日本ではなかなかそうはいかないようだ。
伊達氏もちょっとだけ触れていたが、ほとんどの陸上競技場の設備はファンにとっても最悪である。
何しろ伊達氏は、野球場を除く日本中のあらゆる競技場を回ったために、座席のアップ写真を見ただけで、どの競技場かピタリと当てることが出来るのだとか。
セミナーは終わり、質疑応答の時間となったが、多くの人が質問をしたために、あっという間にタイムアップとなった。
それでも僕は、是非とも聞いておきたいことがあったので質問した。
それは、
「東大阪市は花園ラグビー場でW杯を誘致しているが、本当に可能なのか?」
ということ。
花園ラグビー場といえば、高校野球における甲子園球場と同じく、高校ラグビーのメッカである。
そして現在ではトップリーグの近鉄ライナーズの本拠地であり、日本最大の私鉄である近畿日本鉄道(近鉄)が保有していた。
しかし、経営難のために東大阪市へ売却したのである。
そんな花園ラグビー場が、W杯誘致しているのだ。
花園ラグビー場がW杯誘致するには、いくつかのハードルがある。
まず一つ目は、ナイター照明の設置だ。
現在の花園ラグビー場にはナイター設備がないため、8月や9月のトップリーグでの試合は組めない。
この季節ではあまりにも暑いため、昼間ではラグビーなんて出来ないからだ。
また、今のスポーツシーンでは、大型ビジョンの存在は不可欠であろう。
現場にいながらの再生映像は文句なく興奮できるし、最近ではビデオ判定もある。
W杯開催には、ナイター設備と大型ビジョンはなくてはならない設備だ。
だが、花園ラグビー場には、その両方ともない。
日本最大の大手私鉄である近鉄ですら、ナイター設備も大型ビジョンも設置できなかったのに、地方自治体に過ぎない東大阪市が可能なのか?
そして、現在の花園ラグビー場の観客動員数は公称で3万人だが、実際には2万人程度。
W杯誘致となれば、スタンド増設の必要もあるだろう。
そして、最寄駅の問題もある。
花園ラグビー場の最寄駅は近鉄奈良線の東花園駅だが、このホームがとてつもなく狭いのだ。
近年、東花園駅では高架工事が進められ、新しい駅舎になったのだが、ホームが狭いために改札口を通るのにやたら時間がかかる。
トップリーグで1万人に満たない観客ですらこれだけの不便を強いられるのに、W杯となったらどれだけの混乱が起きるのか?
僕の質問に対し、伊達氏は一笑に付した。
「全然、大丈夫です。ニュージーランドのラグビーW杯の時でさえ、周りは交通渋滞が絶えない土地でしたが、工夫によって混乱は避けられたのです」
どんなふうに?
「例えば、競技場までの遊歩道を作るんです。そうすれば、鉄道に集中しないし、外国人にとっては異文化を体験できる道中になります」
でも、花園の前の道は狭いですよ?今でさえ渋滞が激しいのですが……。
「確かにそうですけど、鶴橋で焼肉を食べてから、歩いて花園に行くウォーキングロードを造ればいいじゃありませんか。外国人なら喜んで参加しますよ」
そうなんだろうけど、せっかく近鉄は高架工事をしたんだから、もっと広い改札口を設置して欲しかった。
「まあ、そうでしょうけど……。ワールドカップのためだけに、あまり立派な駅舎を造るわけにはいかなかったのでしょう」
時間がなかったので、花園のナイター設備や大型ビジョンについては言及できなかった。
いずれにしても、花園は日本のラグビーにおけるメッカなのだから、W杯の会場になって欲しいものである。
また、それ以上に2019年のラグビーW杯は、なんとしても成功させなければならないイベントだということを強く感じた。
<注①>旧IRB加盟8ヵ国……かつて、イギリスを中心にラグビー先進国によって組織されていた8ヵ国。イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドのホームユニオンに、北半球のフランスを含めた5ヵ国。
さらに、英連邦下の南半球に位置するニュージーランド、オーストラリア、南アフリカの3ヵ国を加えた8ヵ国が、旧IRB加盟8ヵ国だった。