「メジャーリーグの外野手は、簡単なフライをたいてい片手で捕る。日本の外野手は、両手で捕ることが正統的な捕り方と教育されている」
玉木正之+ロバート・ホワイティング共著「ベースボールと野球道(講談社現代新書)」で書かれている文章である。
1991年に出版された同書は、日本野球とアメリカ野球の違いを406項目も挙げて解説したものだ。
そして上記の項目には、こういう補助説明が付いている。
「アメリカ人のプレイヤーは、大切なことはボールを落とさず捕ることであって、片手で捕りやすいときは片手で、両手で捕りやすいときは両手で捕ればいいと考えている。日本人のように、『両手で捕らなければならない』あるいは『両手で捕るのが正統』などとは考えていない」
要するに、アメリカ人はフライを自由に捕り、日本人は型どおりに両手捕りしかしない、と言いたいらしい。
1986年秋、日米野球が行われた。
それまでの日米野球はメジャーリーグの単独チームが来日していたが、この年からメジャーリーグのオールスターチームが来日、日本のオールスターチームと対戦する、という方式に変わった。
つまり、メジャーリーグでも一流中の一流選手が来日したのである。
そのメジャーの一流選手が、正面の外野フライを両手で捕った時、テレビ解説をしていた広岡達朗が言った。
「やはりメジャーの一流選手はフライを両手で捕りますね。日本人選手がフライを片手捕りするようになったのは、日本の球団に入団した二流の外人選手が片手捕りをするので、それを真似するようになったからですよ」
玉木&ホワイティングの言うことと(冒頭の文章は、どちらが書いたかは不明)、広岡の言うことは正反対というわけである。
少年野球、あるいは町内のソフトボールでもいい、子供の頃に野球を経験したことがある人は、大人の指導者からこう言われただろう。
「フライは両手で捕れ」と。
少年野球の指導書にも恐らくそう書かれていると思う(少なくとも、僕の子供の頃はそうだった)。
玉木&ホワイティングによれば、子供の頃の教えを忠実に守っているのは日本人で、広岡説ではアメリカ人(の一流選手)ということになる。
どちらが正しいのだろうか?
多分、どちらも間違っていると思われる。
ただし、正解に限りなく近いのは広岡の方だ。
現在のNPBやMLBの中継を見ると、日本人外野手はほとんどが片手捕りし、メジャーの外野手はたいてい両手で捕っている。
もちろん、メジャーの外野手でも片手捕りする選手もいるし、広岡の言うように日本の球団に入団した外国人(二流かどうかはともかく)は片手捕りする選手が多い。
でも、メジャーに在籍する大方の外野手は正面のフライを両手で捕っている。
ところが、日本人外野手がフライを両手捕りしたシーンなど、全くと言っていいほど見たことがない。
日本からメジャーに行ったイチローだって片手捕りだ。
つまり、玉木&ホワイティング説は完全に誤りということになる。
もっとも時代が違うと言えばそれまでだが、当時の日本人外野手でどれだけ両手捕りしていた選手がいたかはわからないけど、片手捕りする外野手は少なからず存在したのは憶えている。
でも、日本人外野手が片手捕りするようになったのは、広岡の言うような「二流外人のせい」というわけではないだろう。
ある日本の強豪高校出身の外野手がアメリカに渡り、マイナーリーグに入団した。
アメリカ人のコーチから口を酸っぱくして言われたのが、
「フライは両手で捕れ!」
ということだったという。
その選手がフライを片手で捕ると、厳しい叱責が飛ぶ(シングルキャッチでないと捕れないような打球は別にして)。
その選手は酷く戸惑った。
フライを片手で捕ることに慣れてしまっていたからである。
フライは真っすぐ飛んでくるとは限らない。
球の回転や風によって揺れたり変化したりする。
両手捕りだと、その変化に対応しにくい。
片手捕りなら、腕を自由に動かせるので変化にも対応できる。
ところが、そう説明してもアメリカ人コーチは片手捕りを絶対に許さなかったそうだ。
その選手はこう思ったという。
「アメリカでは自由にプレーさせてくれるどころか、型にはめたがる。日本人よりよっぽど頭が固いじゃないか」
つまり、玉木&ホワイティング説とは正反対で、「両手捕りが正統」と教育しているのは、日本ではなくアメリカということになる。
それが証拠に、今年の夏の甲子園を注目して見るといい。
基本に忠実な日本の高校生、とりわけ強豪校の外野手は、おそらくフライを片手で捕るだろう。