我が忠勇なるネタラン国民たちよ。
新年あけましておめでとう(記事としては今年2本だが)。
本年もお国のために尽してくれたまえ。
藤井寺市と言えば、かつて近鉄バファローズ(オリックス・バファローズに吸収合併)の本拠地だった藤井寺球場があったことで有名だが、市名の藤井寺と寺の葛井寺、共に「ふじいでら」と読む。
藤井寺球場跡に建った四天王寺学園(中・高)には球場跡を示すモニュメントがある
葛井寺の名の由来には諸説あるが、その一つに朝鮮半島は百済からの渡来人の葛井連(ふじいのむらじ)が創建したという説がある。
葛井が藤井となり、地名として藤井寺になったわけだが、なぜ「葛」が「藤」になったのだろうか?
「葛」という漢字には、訓読みとして「くず」「かずら」「つづら」などと読むが、「ふじ」という読み方はない。
ただ、共通しているのはいずれもツル性の植物ということだ。
もちろん「藤」もツル性の植物で、意味としても「葛」とはさほど変わらない。
「葛藤」という言葉があるが、これも「葛」と「藤」のツルが複雑に絡み合ってもつれてしまうことが語源となっている。
つまり、「葛」も「藤」も同じようなもので、観賞用として美しい「藤」を使用するようになったと考えられるわけだ。
ウンチクを垂れるのはこれぐらいにして、西国三十三所第五番札所の葛井寺にご案内しよう。
最寄り駅は近鉄南大阪線の藤井寺駅で、徒歩5分といったところ。
かつての藤井寺球場は駅の南口を出て右(西)の方へ歩いて行ったが、葛井寺は逆に左(東)の方へ行く。
そこからさらに右(南)へ曲がり、商店街を抜けていくと葛井寺がある。
商店街の先にあるのが葛井寺。正月とあって少数の飲食店を除き、ほとんど閉まってる
西側の境内。由緒ある寺の割には、境内はさほど広くない
本堂。本尊は国宝の千手観音で、毎月18日に開帳される。その際には拝観料が必要
神仏習合の名残か、鳥居もある
寺の中になんとスイーツ店。「西国三十三所スイーツ巡礼」なるものがあるらしい
こちらが正門となる南大門
1月3日のせいか、屋台などはなくさほど混雑もしてなかったが、そこそこの初詣客はいた。
大晦日から元日にかけては、屋台も出て大賑わいなのかも知れない。
ただ、同じ藤井寺市内、同じ1月3日でも、道明寺駅(藤井寺駅から2つ先)の近くにある道明寺天満宮の方が賑やかで、屋台も出ていた。
葛井寺は藤井寺市街にあり、しかも普段の乗降客も道明寺駅より藤井寺駅の方が遥かに多いのだが、道明寺天満宮は「学問の神様」なので受験生が多いのかも知れない。
南大門を出ると、道路沿いに西へ歩いて行った。
すると、見えて来たのは鳥居。
葛井寺のすぐ隣りにあったのは辛國(からくに)神社だった。
「辛國」という名称は、古墳時代の有力豪族だった物部氏の一支族の名称らしい。
物部氏と言えば、蘇我氏と対立して、やがて滅ぼされた氏族として知られる。
こちらにも初詣客がそこそこいたが、屋台などはなかった。
東側にある辛國神社の鳥居
境内は細いが、参道はやたら長い
2つ目の鳥居の奥には「茅の輪くぐり」がある
2つの鳥居の向こうにある、辛國神社の正門
千本鳥居……ほどではないが、鳥居の向こうには春日稲荷社がある
神宮遥拝所。ここでお参りすると、伊勢神宮に参拝したことになるらしい
辛國神社の社殿
また長い参道を歩いて、葛井寺に近い商店街に戻った。
商店街の入口には昨年、世界文化遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群を祝う垂れ幕が出ている。
さて、2020年はどんな年になるのだろうか。
百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登録を祝う藤井寺駅近くの商店街