かつて、阪神タイガースの監督をしていた松木謙治郎がこんなことを言っていたことがある。
「イワシをいくら育ててもブリにはならない」
ブリはもっとも有名な出世魚である。
つまり、大きさによって名前が変わる。
関西では、
ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ
と名前を変えて成長する。
ちなみに関東では、
ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ
と変化する。
つまり、松木が言いたかったのは、関西風に言うと、将来ブリになるような選手をツバスやハマチの段階で獲ってこなければならない、という意味だ。
ところでなぜ、出世魚というのは成長段階においてわざわざ名前を変えるのだろう。
いや、ブリ自身が姓名判断によって改名する訳ではなく、あくまでも人間による勝手な都合だが、当然、名前が変わるのには理由がある。
つまり、ブリという魚は大きさによって調理法が変わるということだ。
だからこそ、わざわざ名前を変える必要があったのだろう。
ちなみに、英語ではブリだろうがハマチだろうがyellowtailと呼ぶ。
黄色い尻尾の魚、という意味だ。
英語と違って、日本語では細かく名前が分かれているということは、それだけ日本人がブリという魚の恩恵にすがっているからだろう。
以前、僕が東京の蒲田の寿司屋に入ったときにハマチを注文したが、江戸っ子の板前さんは、ハマチは無いんです、と申し訳なさそうに言った。
寿司屋にハマチが無い?
関西の寿司屋でハマチを切らしているなんて考えられなかったから、この板さんの言葉には驚いた。
後でハマチが関西弁と知り、合点がいった。
だが、板さんは「ハマチ」という言葉は知っていたわけで、だったら「イナダ」を出せば良かったのではないか?
最近知ったのだが、どうやら関東弁でも「ハマチ」という言葉があって、それはブリの養殖物という意味らしい。
つまり、大きさに関係なく、天然物はブリ、養殖物はハマチと言うのだそうだ。
だったら、蒲田の寿司屋で「イナダ」を注文すれば、ちゃんと「ハマチ」が食べられたのかも知れない。
今はブリのおいしい季節で、僕も今夜はブリの刺身を食べた。
普段はハマチの刺身が大好きだが、冬のブリはたまらない。
スーパーで買ったブリの刺身のパッケージを見ると「ブリ(養殖)の造り」と書いている。
関東流でいうと「ブリの養殖」なんていうのは無い訳だから(それだと「ハマチ」になってしまう)、これはいかにも関西流と言えるだろう。
さらに「刺身」ではなく「造り」である。
関西では魚の生の切り身のことを「刺身」よりも「造り」と呼ぶのが一般的だ。
僕もこのブログでは便宜上「刺身」と書いていたが、普段は「造り」と言っている。
子供の頃「さしみ」と言われても、なんのことだかわからなかった。
「ブリ(養殖)の造り」を販売していたこのスーパーは、関西でしか流通していなかったということか。
それはともかく、ブリの造りを楽しめるのはこの寒い季節。
黄色い尻尾の魚をじっくり味わおうではありませんか。