故・山際淳司さんの著書に「最後の夏」(マガジンハウス、角川文庫版では「男たちのゲームセット」)という作品がある。
今から50年前の1973年のプロ野球(NPB)セントラル・リーグ、前人未到の9連覇を狙う読売ジャイアンツと、それを阻止せんとする阪神タイガースとのデッドヒートを描いたノンフィクションだ。
優勝の行方は阪神甲子園球場での両チーム直接対決による最終戦までもつれ込み、結果は巨人が9-0で阪神に大勝して9連覇を達成した、伝説のシーズンである。
今でも語り草になっているのが、10月10日と11日に後楽園球場で行われた首位攻防戦だ。
10日の試合では、巨人が大きくリードしていたが、阪神が田淵幸一の満塁ホームランで逆転勝ち。
翌11日、今度は序盤で阪神が7-0と一方的な試合展開となるが、巨人は阪神のエースの江夏豊をKOして逆転、しかし阪神も再逆転するなどシーソーゲームとなり、結果的には10-10で引き分けた。
10日は体育の日で祝日だったが、11日は木曜日で平日。
にもかかわらず、両日ともデーゲームで行われ、両日とも観衆5万人の超満員となった。
当時は現在と違い実数発表ではなかったが、それでも少なくとも実数で4万人以上は入っていただろう。
山際さんは2日後にも後楽園に行った、と同著で書いている。
その日は、パシフィック・リーグの日拓ホーム フライヤーズ×太平洋クラブ ライオンズのダブルヘッダーが行われた。
日拓ホームとは現在の北海道日本ハム ファイターズで、太平洋クラブは埼玉西武ライオンズの前身球団だ。
当時の後楽園球場は、巨人と日拓が本拠地として共用していたのである。
日拓×太平洋のダブルヘッダー、観衆は第一試合が千人、第二試合は2千人だった。
土曜日のデーゲームで、この観客数である。
2日前の平日のデーゲームが5万人で、土曜日のデーゲームが2試合合わせても延べ3千人。
実際にはもっと少なかったと、山際さんは断言していた。
特に第一試合は、ほとんど客はいなかったという。
現在なら実数でも観衆千人など有り得ないが、当時のパ・リーグの不人気ぶりがよく判るだろう。
山際さんは、2日前の後楽園と同じ場所とは思えない、全く別の空間だったと述懐している。
球場とは生き物で、満員の観客がいる場合と、客がまばらの時とでは別物になってしまうのである。
実は今年、似たようなことがあった。
2023年の日本選手権シリーズは、阪神タイガース×オリックス・バファローズの関西ダービーとなり、阪神が38年ぶりの日本一に輝いたのは周知のとおりだ。
京セラドーム大阪と甲子園で行われた日本シリーズは7戦までもつれ込み、全試合が超満員となったのである。
その第7戦が行われた3日後、同じ京セラドームで別の日本選手権が開幕した。
それが社会人野球の日本選手権だ。
筆者は日本シリーズ第7戦が行われたちょうど1週間後の日曜日、11月12日に京セラドームへ行ってきた。
着いたのは昼前で、一回戦の第一試合の途中である。
実は社会人野球を観る際、わざわざチケットを購入する必要はない。
出場チームは球場前にブースを設けており、そこへ行けば何も言わなくてもチケットと応援グッズを無料で貰えるのだ。
社会人野球では、出場チームは参加費を払うのではなく、数千枚分のチーム券(数百万円)を購入するというシステムになっている。
出場チームを抱える企業は、購入したチーム券を社員に配って応援に駆り出し、余ったチケットをファンに売るわけだが、そんなことをしても一般客は買ってくれないので、無料でチーム券をバラ撒くのだ。
こうして、自チームの応援スタンドがガラガラにならないよう、見栄えをよくしているのである。
ただし、チーム券で観戦できるのはその試合のみで、試合が終わると一旦球場外へ出て、次の出場チームのチーム券を貰わなければならない。
▼日本シリーズ第7戦が行われた1週間後の京セラドーム大阪。社会人野球日本選手権、この日の第一試合が行われている最中
筆者が行ったときは中途半端な時間で、第一試合出場チームのブースは引き払っており、第二試合出場チームのブースはまだ準備ができていなかったため、球場に入ることはできない。
もっとも、正規にチケットを買えば入場できるのだが、無料入場の味をしめたので金を払うのはもったいなく感じ、第二試合のチケットを貰えるまで時間を潰すことにした。
球場内にあるグッズ売り場にはチケットが無くても入れるため、まずはそこへ行ってみる。
すると、レフトスタンド下にあるビアレストランが営業しており、しかもチケットなしでも入れるようなので行ってみた。
京セラドームは、スタンドで野球を観ていると死角になる部分が多く、ハッキリ言ってあまり好きではないのだが、唯一の良い所は試合を観ながら食事を楽しめるレストランがあることだ。
と思っていたら、このビアレストランは今年の11月26日を以って閉店になったらしい。
ライト側には別のレストランがあるのでまだいいのだが、せっかくの良い所が無くなるとは……。
筆者が行った日は閉店前だったのでラッキーと思うしかない。
食事がまだだったので、ビールとオカズのリーズナブルなセットを注文したが、それにしてはかなりボリュームがあった。
店内から試合を観ることができるので、第一試合の終盤を観戦する。
▼レストラン内から見た京セラドーム大阪
店内はグラウンドとはガラスで仕切られているが、店の外側にもネットで守られているとはいえテーブルがあり、そこは予約席らしい。
筆者がレストランに入った時は誰もいなかったが、やがて団体さんがやって来た。
大勢の重役らしき年配の男性と、各テーブルに社員らしき若い女性が1人ずつ付いている。
女性が料理を取り皿に盛って年配男性に配っているところを見ると、どうやら企業による接待らしい。
社会人野球を利用して、未だにこんな昭和なことをやっている企業なのかとウンザリしてしまう。
彼女たちも野球には興味がないだろうに、日曜日にこんなことをやらされるなんて気の毒なことだ。
仮に野球が好きだったとしたら、こんなオヤジどもの相手をするよりも、じっくり野球観戦したいだろう。
さて、筆者は食事が終わり、第一試合も終わり、レストランおよび球場の外へ出てチケットを貰いに行く。
別にどちらの応援でもないので、三塁側のチーム券を貰った。
両チームによる試合前シートノックが終わり(実はこのシートノックを見るのが好きで、アマチュア野球観戦の醍醐味だ。トップ写真参照)、いよいよ試合開始。
しかし、日曜日の午後2時という絶好の時間帯なのにスタンドはガラガラだ。
公式の入場者数発表はないようだが、恐らく5千人も入っていないだろう。
仮に3千人だとすると、1週間前の日本シリーズ第7戦(33,405人)の約10分の1だ。
しかもほとんどが、会社による動員を含む無料入場だろう。
山際さんが書いていた、巨人×阪神の首位攻防戦とパ・リーグの試合のように、同じ京セラドームでも日本シリーズとは全く異質の空間だ。
▼日曜日とは思えないほどスタンドはガラガラ、日本シリーズとは雰囲気が全く違う
ところで三菱重工Eastには、中日ドラゴンズにドラフト2位指名された津田啓史内野手がいる。
津田は二番ショートで出場したが、打っては5打数1安打2三振、守っては1エラーと散々の出来だった。
チームも2-6で西濃運輸に敗れ、一回戦で姿を消している。
最近、社会人野球からプロ(NPB)入りする選手が減った。
その代わり、独立リーグからNPB入りするケースが増えている。
その理由として、社会人チームが減ったこと、独立リーグのレベルが上がったことが挙げられるが、それでもまだまだアマチュアの社会人野球の方がプロたる独立リーグよりもレベルは高い。
にもかかわらず、社会人選手のNPB入りが減っているのは、社会人野球は一発勝負のため、NPBの長いペナントレースに耐えられる体力があるかどうか判らない、ということがあるだろう。
独立リーグのシーズンは長丁場なので、その点を判断しやすいというわけだ。
また、社会人野球には高卒で3年、大卒で2年という拘束期間があるが、独立リーグにはそれがないのでNPB志望の選手が入団しやすいという面もある。
一方のNPB球団側も、安定した大企業に勤める社会人選手を入団させると、その選手の一生を棒に振る可能性があるので躊躇するが、独立リーグの選手は元々が生活に困っているためドラフト指名しやすい、ということもあるようだ。
▼津田啓史は5打数1安打2三振、守備では1失策でアマチュア最後の試合を終えた
実は、その1週間後の日曜日、11月19日にも京セラドームへ行ってきた。
前回と違い、今度は試合に間に合うように行った。
最寄駅からだと三塁側の方が近いのだが、今回は敢えて一塁側のHonda熊本のチーム券を貰いに行く。
大阪ガスは地元なので、満員になると思ったからだ。
ところが一塁側スタンドに入ってみると、たしかにHonda熊本側よりは客が入っているものの、とても満員とは言えない。
ちなみに、外野席は閉鎖されていた。
日曜日の午後1時、雰囲気は1週間前の一回戦と全く変わらず、これが社会人野球日本一を決める試合のスタンド風景なのか、と思ってしまう。
2週間前の、プロ野球日本一が決まった日本シリーズ第7戦とは大違いだ。
大阪ガスも、地元から遠く離れた東京ドームでの都市対抗決勝の方が動員をかけるだろう。
日本選手権は補強選手制度のない、純粋な社会人最強チームを決める大会なのに、他チームからの補強選手が混じった都市対抗に比べると軽視されている。
やはりそこは、日本選手権に比べて歴史の長い都市対抗の権威ゆえに違いない。
また、都市対抗は休みが取りやすい夏に行われ、日本選手権は休みが取りづらい秋の開催なので、動員をかけにくいという理由もあるのかも知れないが。
▼地元の大阪ガスが登場する決勝戦なのに、スタンドは空席が目立つ
ちなみに、ネット裏にはチーム券では入れないのでチケットを買う必要があるが、この席に座っているのは間違いなく筋金入りの野球マニアだ。
筆者もネット裏に座ったことがあるが、周りの人たちはみんな熱心に観戦し、スコアブックを広げている人もいる。
それとは対照的に、内野の応援団席に座っている人たちは、動員をかけられた無料入場の人たちがほとんどなので、応援には熱心なものの野球そのものはあまり見ているとは思えない。
ネット裏とそれ以外の席で、全く違う人種の人たちがスタンドに座っているのも社会人野球の特徴だ。
応援には熱心と書いたが、どこまで本気で応援しているのかは判らない。
なぜなら、社会人野球のほとんどのチームが、大学の応援団やチアリーダーをアルバイトとして雇っているからだ。
つまり、彼ら大学生はバイト料を稼ぐために応援しているだけで、そのチーム(会社)に思い入れがあるわけではない。
社会人野球(大学野球もそうだが)を見ていて気になるのは、応援団やチアリーダーがグラウンドに背を向けていることだ。
応援の指揮を執るためスタンド側に顔を向ける、あるいはお客さんに背を向けるのは失礼などの理由があるのだろうが、ファウル・ボールが飛んでくると危なくて仕方がない。
もちろん、打球の行方を見ている人がいて、ファウル・ボールが飛んでくると「危ない!」と叫ぶのだが、それでも間に合わずにボールが当たったらどうするのだろう。
応援団やチアリーダーたちが踊る壇上には防御ネットがあるのだが、それでもポップフライの場合はボールが飛んでくることもある。
ついでに言えば、以前の社会人野球ではファウル・ボールは貰えたのだが、今では返さなければならないようだ。
JABAも資金繰りに困っているのだろうか。
そもそも、グラウンドに背を向けているということは試合が見えないわけで、そんな状態でどうやって応援するのだろう。
これも試合状況を見ながら指示を与える人がいて、それに合わせて応援するのだが、どんなプレーをしているのか判らずに応援しているのだ。
そのあたりの心情が、筆者には理解できない。
本当の野球好きでは、応援団なんて務まらないだろう。
応援するために、肝心の野球が見られないのだから。
拡声器を使った応援も社会人野球ならではだろう。
これもプロ野球にはない光景で、全く違う雰囲気となっている。
筆者は一塁側にいて、その日の夜に眠るときもHonda熊本の「全開HONDA」が耳から離れなかった。
▼筆者の耳から離れなかった「全開HONDA」。試合を観ているようには見えない
▼日本シリーズ第2戦、オリックス・バファローズのT-岡田に対する応援
試合の方は、金属バット時代を彷彿させる打撃戦となった。
ほぼルーズベルト・ゲームに近い9-7の大接戦を制し、大阪ガスが優勝を果たしたのである。
考えてみれば、阪神タイガースとオリックス・バファローズに続き、関西三冠となったわけだ。