今年(2016年)6月21日、東京都知事だった舛添要一氏が辞任した。
次の東京都知事選挙は7月31日に行われる予定だが、立候補者が誰になるか注目されている。
舛添氏が辞任した理由は政治資金流用問題が泥沼化したからだが、日本中でその問題が騒がれている6月3日、一人の偉大なプロボクサーがこの世を去った。
元世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ氏である。
東京都知事選とモハメド・アリ氏、何の関係もないように思われる。
しかし、実は関係大アリなのだ。
1991年、任期満了となったため東京都知事選が行われることになった。
現職の鈴木俊一氏は4選を目指し立候補、これに対し自由民主党の本部からはNHKの報道局長だった磯村尚徳氏を擁立。
鈴木氏は自民党都連の推薦を受けていたから、自民党同士の全面対決である。
なぜこんな奇妙なことになったのかといえば、3期も東京都知事を務めてきた鈴木氏の力が強大になり過ぎて、自民党本部の意のままにならなくなったからだ。
ところが、磯村氏の出馬に待ったをかけた人物がいた。
それが、当時はプロレスラーで参議院議員だったスポーツ平和党のアントニオ猪木氏である。
猪木氏は磯村氏に対して、深い恨みを持っていたのだ。
1976年6月26日、日本武道館でアントニオ猪木×モハメド・アリの異種格闘技戦が行われた。
全世界に衛星中継されるほど注目された一戦だったが、お互いに大した技も出ず、結果は15ラウンドの引き分け。
世紀の大凡戦と言われ、猪木は大バッシングを受けた。
さらに、その夜のNHKニュースで、キャスターがこう言い放った。
「NHKでこんな試合を取り上げるのもどうかと思いますが、猪木×アリ戦は予定通り引き分けでした」
猪木氏にとって命懸けだった試合をコケにしたこのニュース・キャスターこそが、他ならぬ磯村氏だったのである。
「新間、俺は磯村の野郎だけは絶対に許せねえんだ!都知事選に出るぞ!」
磯村氏の出馬を知り、猪木氏は怒りに声を震わせ、猪木氏の片腕であり「プロレス過激な仕掛け人」と謳われた新間寿氏に言い放った。
新間氏も猪木氏の怒りは理解しており、都知事選出馬の準備を始めた。
「俺が落選しても、磯村だけは道連れにしてやる!」
それが猪木氏の本心だった。
このままでは、磯村氏は猪木氏と共倒れになってしまう。
そこで、当時は自民党の幹事長だった小沢一郎氏が、猪木氏の説得に当たった。
結局、猪木氏は都知事選出馬を断念し、スポーツ平和党は磯村氏を推薦するという、当初とは正反対の対応となった。
新間氏によると、猪木氏のバックに付いていた佐川急便が一枚噛んでいたという。
猪木氏が社長を務めていた新日本プロレスがアリ戦で膨大な借金を背負い、それはプロレス・ブームにより返しつつあったものの、その後は猪木氏が起こした事業の「アントン・ハイセル」が16億円もの負債を抱えてしまった。
そこで佐川急便が、借金の肩代わりと引き換えに出馬断念を要請したという。
猪木氏がアリ氏と異種格闘技戦を行わなければ莫大な借金も背負わずに済んだだろうし、磯村氏から酷評されることもなかった。
つまり、猪木氏が都知事選出馬を表明することもなかったはずである。
最初に述べた、アリ氏が都知事選に関係があったという理由も、おわかりいただけただろう。
ところで、事実上の自民党一騎打ちとなった都知事選は(実際、両者以外の候補者は全員、供託金没収となった)、鈴木氏が4選を果たし、スポーツ平和党が推した磯村氏は約86万票差を付けられて惨敗した。
つまり、猪木氏が出馬しようがしまいが、磯村氏は落選していたのである。
ということは、アリ氏が猪木氏と戦わなくても、都知事選には大した影響はなかったということか。
自分で言ったことに信憑性を無くすような結論になってしまったが、佐川急便が猪木氏のために16億円もムダにしたことは間違いない。