ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)も終盤に入り、いよいよ頂点が見えてきた。
2次ラウンド1組では既に日本(1位)とオランダ(2位)の決勝ラウンド(ベスト4)進出が決まり、あとは2次ラウンド2組の進出国決定を待つのみだ。
その2組では、ドミニカ共和国の決勝ラウンド進出が既に決まり(1、2位はまだ未定)、敗者復活戦でのアメリカ×プエルトリコで決勝ラウンド進出国が全て出揃う。
WBC3連覇を狙う日本は、果たしてその悲願を達成できるのだろうか。
率直に言うと、確率的にはかなり厳しい。
予選ラウンド敗退国を考慮に入れなくても、WBCで3連覇する確率は僅かに4096分の1。
パーセント表示にすると、たったの0.02%である。
逆に言えば、WBC3連覇を達成するということは、奇跡に近い大偉業なのだ。
ちなみに、今大会も既に4強入りを決めているが、その確率は1024分の1であいり、これだけでも相当難しいことである。
今大会で日本がたとえ優勝できなくても、その健闘は称えなければならないだろう。
もっともこれはあくまでも計算上のことなので、各国の強弱は全く考慮に入れていない。
当たり前の話だが、今大会で3連覇する権利があるのは日本のみである。
それだけでなく、3大会連続で4強入りしているのも日本だけなのだ。
3大会連続4強入りの確率は64分の1。
地味ではあるが、この記録だってかなり難しいことである。
ついでに言えば、オリンピックでも野球日本代表は、84年ロサンゼルス(金、アマ)、88年ソウル(銀、アマ)、92年バルセロナ(銅、アマ)、96年アトランタ(銀、アマ)、00年シドニー(4位、プロ+アマ)、04年アテネ(銅、プロ)、08年北京(4位、プロ)と、全ての大会で4強入りを果たしている。
こんな国はもちろん日本だけだ。
ではなぜ、日本はこれだけ安定した成績を残しているのか。
よく言われることだが、日本は投手陣がいいから、ということになる。
日本時間2013年3月15日現在、過去3回のWBCで2桁失点をしていない国は日本、ドミニカ共和国、プエルトリコ、ブラジルの4ヵ国だけである。
このうち、ブラジルは今大会が初参加で3試合しか行っていないので、実質3ヵ国というわけだ(ただし、ブラジルは初参加ながら、日本やキューバを5失点に抑えたのは特筆に値する)。
このうち、日本は最高が6失点(3試合)、ドミニカ共和国が7失点(1試合)、プエルトリコが6失点だ。
この3国が今大会もまだ生き残っているのは単なる偶然でもあるまい。
2桁失点がないということは、要するにコールド負けがないということだ。
野球大国のアメリカでさえ、第2回大会ではプエルトリコに1-11の7回コールド負けを喫している。
第2回大会でのメキシコなど、1次ラウンドの初戦でオーストラリアに7-17の8回コールド負けしたあと、敗者復活戦では同じオーストラリアに16-1の6回コールド勝ちでリベンジ、1、2位決定戦ではキューバに4-16で7回コールド負けと、ジェットコースターのような成績だ。
こういう戦いぶりでは、なかなかWBC優勝は望めない。
でもそれが野球というスポーツの特色で、例えばサッカーでは0-5で負けたチームが、次の試合で同じ相手に6-0で勝ってリベンジを果たす、などということはまずないだろう。
だが野球では、万年最下位のベビースターズが、最強イジメっ子球団のジャイアンズに10-0で勝つことなんてこともよくあるのだ。
その理由として、野球というスポーツは番狂わせが起きやすいことと、もう一つは野球ではチーム力の7割が投手力だという点である。
しかし投手は他のポジションに比べて消耗度が激しく、常時出場はできない。
従って、エース級のAという投手が登板する試合と、三流のBという投手が登板する試合では、チーム力が全く違ってしまうのだ。
では、日本の投手陣はどのあたりが優れているのか。
実は、第2回大会のダルビッシュ有以外は日本には突出した投手は存在せず、メジャーリーグ(MLB)でサイ・ヤング賞を取れるような投手は見当たらない。
その代わり、層が厚いのである。
日本の投手は総じてコントロールがいいので、四球から大崩れして大量失点するケースが少ない。
今大会の台湾戦で、先発の能見篤史がコーナーを突き過ぎて押し出し四球を与えたことがあったが、すぐにリリーフで出てきた攝津正が見事な制球力で後続を絶っている。
ピンチになると攝津のような投手をすぐに登板させることができるのが日本の強みだ。
また、WBCの球数制限ルールがある。
1次ラウンドで65球、2次ラウンドで80球、決勝ラウンドでは95球投げれば投手を交代させなければならないルールだ。
それ以外でも、50球以上投げれば中4日以上は登板間隔を開けなければならない、30球以上投げれば連投はできない、それ未満の球数でも3連投はできない、など。
こんなルールはMLBの勝手な都合であり、野球世界一を決める大会には全くそぐわないものなのだが、これが日本にとっていいように作用している。
球数制限が来てピッチャーが代わっても、なかなかレベルが落ちないから、そう簡単には失点を許さない。
また、どんな投手が先発しても、しっかり試合を作ってくれる。
言ってみれば、エースのA投手が登板しようが、それ以外のB投手やC投手が登板しようが、チーム力はほとんど変わらない。
逆に他の国は、球数制限が来て好投していた先発が降板すると、後になって出てくるピッチャーほどレベルが落ちるので、日本打線は後半に得点することができる。
9回二死から同点に追い付き、延長戦で勝った台湾戦など、その典型だろう。
あと、日本の守備力も見逃せない。
WBCでの試合を見ていると、他国には驚く程の守備範囲を見せたり、日本人では真似のできないような強肩を披露する選手も少なくない。
ところが、満塁でホームゲッツーを狙わなければならないところを5-4-3のダブルプレーを狙って併殺崩れ、やらずもがなの点を与えたり、バント守備で明らかに間に合わない塁に送球しようとしたり、基本的な連携プレーができていない国が目立つ。
時には目の覚めるようなファインプレーをしても、大事な場面で痛恨のエラーをしてしまう、なんて選手も多い。
そこへいくと日本は、実にソツない連携プレーを見せる。
これは高校野球の賜物だろう。
強豪校と言われる高校では、各校で色々個性的な練習方法があるようだが、唯一どの高校も同じなのが守備練習。
1回の敗戦も許されない高校野球では守備のミスが命取りであり、どの高校でも守備練習には多くの時間を割く。
そのため日本の野手は、派手なファインプレーはなくても、守備は実に堅実だ。
しかも、強肩選手が少ない日本では連携プレーが重要であり、高校時代にみっちりやらされる。
連携プレーといっても、守備の場合はどのチームでも同じだから、高校時代で既に守備の基本が出来ているのだ。
そのため、日本代表のような混成チームでも、短期間の合同練習で連携プレーはバシッと決まる。
レベルの高い投手陣と守備陣で無駄な失点を阻んでいるから、日本はWBCでも安定した成績を残しているというわけだ。
日本の好成績を支えているのはディフェンス陣で間違いないが、問題はやはり打撃陣。
スモール・ベースボールが日本の持ち味と言われるが、やはりそれだけでは勝ち抜くのは難しい。
一発の怖さがなければ、相手投手は思い切った投球が出来るからだ。
今大会のオランダ戦で日本打線は6本ものホームランを放ったが、これはあくまで突然変異であり、狭い東京ドームだからでもある。
決勝ラウンドのアメリカ、広いAT&Tパークでは、ホームランは望めないだろう。
無い物ねだりをしても仕方がないので、今大会はスモール・ベースボールに徹するしかないが、今大会以降は中田翔、中村剛也、T-岡田のような長距離砲を国際試合に通用する打者に育ててもらいたいものだ。
ただ、日本の打撃陣で強みなのは、井端弘和のような職人打者がいることだろう。
こんなタイプの選手は、他国にはいない。
台湾戦での9回二死からの同点打はまさしく職人芸で、井端のあの一打がなければ、日本はおそらく2次ラウンドで敗退していたのではないか。
あの時の日本はまだまだ調子が上がらず、もし負けていれば次に対戦するのは1次ラウンドで敗れたキューバであり、チーム状態と沈滞ムードを考えればキューバにも負けていた可能性が高い。
もしそうなっていれば日本はその時点で敗退だったので、井端の同点打はまさしく価千金だったと言える。
2次ラウンド1組のMVPが井端だったのも当然だろう。
井端は日本野球にしか生まれ得ない職人だと言えよう。
普通の国なら「お前はパワーもなければ身体能力がずば抜けているわけでもないので、野球には向かない」と言われて、子供の段階で野球を諦めざるを得なかったと思える。
もちろん、井端の同点打に繋がる盗塁を決めた鳥谷敬の勇気も見逃せない。
9回表、1点ビハインドで二死一塁、アウトになればゲームセットという場面で、よく盗塁を仕掛けることができたものだ。
あの盗塁はベンチのサインではなく、かと言って鳥谷の独断でもなく、グリーンライトだった。
グリーンライトとは青信号の意味で、俊足のランナーに対してのみ、自分のタイミングで盗塁しても良い、という作戦である。
もちろんグリーンライトと言えども「走ってはダメ」のサインが出ていれば盗塁はできないのだが、あの場面でのベンチの指示は「走れるなら走って良い」だった。
しかし、いくらグリーンライト続行といっても、失敗すれば負けの場面で盗塁を仕掛けた鳥谷の勇気は尊敬に値する。
本多雄一のような盗塁のスペシャリストならわかるのだが、鳥谷も俊足とはいえ盗塁王を狙うような選手ではない。
にもかかわらず「モーションの大きい相手投手の癖を盗んでいた」と果敢に盗塁を試み、成功させた鳥谷は陰のMVPと言える。
こういうのを真のスモール・ベースボールというのであって、無駄な送りバントの多様は決してスモール・ベースボールとは呼べない。
例えばこの試合の8回表、日本は2点ビハインドから1点を返し、なおも無死一、二塁の場面で打者は糸井嘉男。
ところが日本ベンチは、安打製造機の糸井にバントを命じ、失敗して走者を進めることができなかった。
幸い、次打者の坂本勇人がタイムリーヒットを放ったので同点にはなったが、一つ間違えると流れが完全に断ち切れるところだった。
送りバントなんて簡単だと思われているが、とんでもない誤解だ。
送りバントとは、かなり難しい技術を要する。
特に糸井のような右投げ左打ちの打者は、送りバントを苦手としている選手が多い。
利き腕でない左手でバットをコントロールするので、綺麗なバントを決めるのは困難である。
強打でも、左打者で俊足の糸井ならばダブルプレーになる確率は低いし、ヒットを打てなくても内野ゴロなら一死一、三塁になる可能性が高い。
つまり、二塁走者が三塁に進む公算は高かったのである。
仮に送りバントが成功したとして、一死二、三塁なら次打者の坂本はまず歩かされるだろう。
つまり、一死満塁で中田を迎えるわけで、一発は期待できるがこの場面で欲しいのはヒットであり、ヒットを打つ確率は坂本の方が遥かに高い。
それどころか、満塁で中田だとダブルプレーの危険性がかなり高くなるのである。
そこまで考えると、糸井に送りバントをやらせるべきではなかった。
どんな場面でも送りバントを決めると「自己犠牲の精神を発揮!」などと金科玉条のように犠牲バントを尊ぶ、日本野球の悪しき風習だと言えよう。
誤解して欲しくないのだが、送りバントが悪いと言っているわけではない。
僕はバント不要論者ではない。
一発勝負に近いWBCでは送りバントが多くなるのは当然だろうし、今大会でも他国が送りバントを多用するようになったのは、自然の流れとも言える。
だが送りバントだって一つの作戦に過ぎず、やっていい場面と悪い場面がある。
例えばこの台湾戦、同点となった延長10回に、無死一、二塁で坂本が送りバントを決めたが、この場面での送りバントは当然の作戦である。
一死二、三塁と1点取ればいい場面で、ここで迎えるのは中田。
次打者がこの試合で3安打している稲葉篤紀なので敬遠策は考えにくく、中田にとっては併殺打の危険性もないので、気楽に外野フライを打てばいい打席となった。
仮に点を取れなくてもまだ同点だし、後ろには稲葉や鳥谷が控えているという気分的余裕もある。
果たして、中田はレフトへ大きな犠牲フライを打ち上げて、これが決勝点となった。
これは結果論ではなく、日本ベンチは最善手を打ったと言えよう。
もちろん、シーズン中は滅多にバントなどしないのに、キッチリと送りバントを決めた坂本の働きも見逃せない。
「送りバントを金科玉条とするのは日本野球の悪しき風習」と前に書いたが、こういうバント技術は世界に誇れるものである。
これは決して本末転倒なことではない。
さて、決勝ラウンドには前述のように日本、オランダ、ドミニカ共和国の3ヵ国が決まり、残り1枠をアメリカとプエルトリコで争う。
準決勝での日本の対戦相手はまだ決まってないが、ドミニカ共和国、アメリカ、プエルトリコのいずれかだ。
どの国が来ても、日本にとって厳しい戦いになるだろう。
日本が属していた2次ラウンド1組、即ち1次ラウンドA組とB組は、2次ラウンド2組の1次ラウンドC組、D組よりは一段落ちるレベルだった。
C組とD組には一流のメジャーリーガーが多数出場しており、優勝候補と見られていたベネズエラですらドミニカ共和国やプエルトリコと同組のD組を突破できず、1次ラウンド敗退となった。
一方のA組とB組で、メジャーで実績を挙げていたのは、台湾の王建民投手とオランダのアンドリュー・ジョーンズ外野手ぐらい。
また、前回準優勝の韓国が日本と戦う前に1次ラウンドで敗退し、日本と同じA組だったIBAF世界ランキング1位のキューバには敗れたものの、既に2次ラウンド進出を決めていた試合だったので影響はなかった。
さらにそのキューバが2次ラウンドでオランダに連敗し、日本と戦わずして去ったのはラッキーだったと言えよう。
つまり、第1回大会決勝で戦ったキューバと、第2回大会の決勝で死闘を繰り広げた韓国と同組に入りながら、その両国に勝たずして決勝ラウンドに進出できたのである。
もちろん、運も実力のうち。
この幸運を味方に付けて、侍ジャパンのWBC3連覇なるか―。