今年、日本プロ野球(NPB)にやって来た新外国人選手で、最も注目を集めたのは東北楽天ゴールデンイーグルスのケビン・ユーキリスだろう。
メジャーリーグ(MLB)通算150本塁打、通算打率.281の実績を引っさげ、まさしく鳴り物入りで来日した。
しかし、5月15日現在でユーキリスは僅かに1本塁打と精彩を欠き、さらに故障によって登録抹消、治療のために帰国した。
前年に入団した、MLB通算434本塁打のアンドリュー・ジョーンズが勝負強い長打力を発揮して去年の楽天日本一に貢献しただけに、ユーキリスとしては差を付けられた形になった。
逆に、阪神タイガースに入団したマウロ・ゴメスはMLB通算2本塁打(実働1年)で、さらにキャンプでも出遅れたためにあまり期待されてなかったが、ここまで6本塁打、打率.306と、四番打者としての役目をキッチリ果たしている。
外国人選手というのは、MLBの実績がそのままNPBに当てはまるとは限らないので、実に難しい。
史上最強の外国人選手と言えば、阪神に在籍したランディ・バースが思い出されるが、バースのMLB通算本塁打は僅かに9本である。
それでもバースはNPBで2年連続三冠王に輝き、阪神日本一にも大きく貢献した。
一方、MLB通算230本塁打という長打力で阪神に入団したロブ・ディアーは8本塁打、打率は僅か.151という惨憺たる成績で、NPB1年目の途中で解雇された。
そのため、NPBの各球団はMLBの実績のみに捉われず、日本向きの外国人選手を血眼になって探す。
単に実力だけでなく、性格でも日本に順応できるかどうか、慎重に調査するわけだ。
ただし、外国人野手の場合にはもう一つ条件があって、それはどのNPB球団でも長打力がある選手を求めている、ということである。
中には阪神のマット・マートンのようなアベレージ・ヒッターもいるが、マートンとて長打力がないわけではない。
なぜかと言えば答えは簡単、日本人選手に比べて外国人選手の方が怪力(即ち、長打力がある)からだ。
日本人選手にないパワーを外国人選手に求める、というわけである。
まさしく、外国人選手が「助っ人」と呼ばれる所以だ。
そのため、NPBの監督は外国人野手に対して、守備力には少々の目をつぶって、何よりも長打力を要求する。
ところが、圧倒的な長打力を発揮して日本一に貢献した外国人選手を、アッサリ放出した監督がいた。
それが広岡達郎である。
広岡と言えば管理野球の推進者として知られているが、それだけでなく守備力を重視する監督だった。
1978年、広岡監督率いるヤクルト・スワローズは球団史上初のセントラル・リーグ優勝を達成、さらに日本一に輝いた。
お荷物球団と言われたヤクルトを日本一に導いた広岡監督の手腕は大いに評価されたが、中心打者として初優勝の原動力となったのがチャーリー・マニエルである。
マニエルは打率.312、39本塁打、103打点と大活躍した。
ところが、広岡は翌79年にマニエルを近鉄バファローズにトレードしてしまう。
広岡はマニエルのことを「確かによく打つが、守れない、走れないでは、差し引きするとチームにとってマイナスになる」と評価していたのだ。
つまり、マニエルの守備力を考えると、103打点以上の失点があった、と計算したのである。
しかし、近鉄に移籍したマニエルは水を得た魚のように暴れまくり、大怪我で長期離脱するものの本塁打王に輝き、近鉄初のパシフィック・リーグ優勝に貢献して、MVPにも選ばれた。
一方、マニエルを欠いたヤクルトは、優勝した前年が嘘のような戦いぶりで最下位に低迷、広岡もシーズン途中で辞任を余儀なくされた。
この勝負「マニエルの勝ち、広岡の負け」と言えなくもないが、DH制のあるパ・リーグで、守備の心配がない指名打者として起用されたからこそ、マニエルは大活躍できたのだろう。
広岡は、日本に出稼ぎのようにやって来る「打つだけで守れない、走れない」外国人選手を信用していなかった。
では、三拍子揃った外国人選手を求めていたのかというと、どうやらそうでもなかったようだ。
もちろん、そんな外国人選手が入団してくれたら願ったり叶ったりだが、そんな選手はMLB球団がそうおいそれと手放すわけがない。
86年、日米野球でMLBオールスターチームが来日した。
それまでの日米野球はMLBの単独チームが来日していたが、この年から日米のオールスターチーム同士の対決となったのである。
この年のMLBチームは、デール・マーフィー、カル・リプケンJr.、ホセ・カンセコなどのパワーヒッターが目白押しだった。
ちなみに、この日米野球ではMLBが6勝1敗でNPBを圧勝、しかもホームラン数ではMLBの19本に対しNPBは僅かに2本と、パワーでは圧倒的な差を見せ付けた。
そんなMLB野手陣の中で、異色だったのがショート・ストップを守るオジー・スミスである。
パワーを誇ったMLB打線だったが、唯一ホームランを期待できないのがスミスだった。
しかし、そのショート守備は華麗の一語に尽き「オズの魔法使い」の異名をとった。
守備だけで観客を魅了し、MLBの数ある強打者や剛球投手を押しのけて、年俸ベスト3を誇っていた。
いわば「守備だけで銭が取れる選手」だったのである。
広岡の現役時代のポジションもショート。
その守備力は、現在でも「日本史上最高の遊撃手」と評する人は多い。
当然、広岡のスミスに対する評価は高いと思われた。
しかし、日米野球のテレビ解説を務めた広岡は、スミスを見て言い放った。
「私が監督なら、スミスのような選手は要りませんねえ」
なぜ、守備力を重視する広岡が「スミスは要らない」と言ったのか。
スミスは長打力こそないものの(MLB通算本塁打は28本)、打率3割を記録したシーズンもあり、さらに通算盗塁は580個と攻撃力にも長けた選手だったのだ。
これぞまさしく、広岡が求める「三拍子揃った選手」ではないか。
でも、広岡は「スミスは要らない」という理由を、こう説明した。
「やはり、外国人選手には長打力を求めますよ」
マニエルを切った広岡でも、外国人選手のパワーが欲しかったのである。
スミスのような選手なら日本人選手でも賄えるが、パワーヒッターはそうはいかない、というわけだ。
守備力を重視する広岡とて、外国人の長打力を尊重していた、ということになる。
95年、千葉ロッテ・マリーンズのゼネラル・マネージャーに就任した広岡は、監督として招聘したボビー・バレンタインに、
「パ・リーグには好左腕投手が多いので、右の大砲が欲しい。ピート・インカビリアなら君は知っているだろうから、紹介してくれ」
と要請している。
バレンタインはインカビリアを来日させ、打撃テストでバックスクリーンに打球を何発もブチ当てたインカビリアのパワーに広岡は惚れ込んで、ロッテ入団が決まった。
もっとも、インカビリアは打率.181、10本塁打と、完全に期待を裏切ったが……。
ちなみにインカビリアと言えば、マイナー経験なしでMLBデビューし、その後もロッテに入団するまでマイナー落ちがなかったという、MLBでは稀有な存在である。
そんなインカビリアが日本で初めてマイナー(二軍)落ちしたのは皮肉だった。
現在、野球界はかつてないほどの国際交流が繰り広げられている。
昔はMLBで通用しない選手が「助っ人」としてNPBに流れ込んできた。
しかし今では、NPBの選手がMLBで活躍する時代だ。
そして、2006年からワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が始まって、国別の対抗試合で世界一を決めようとしている。
日本代表はWBCの第1、2回大会で連覇して、その存在感を示した。
日本代表が標榜したのはスモール・ベースボールで、要するに日本人の特性を活かした、ホームランに頼らない試合で勝ち抜くという戦術である。
それで2連覇という成果を挙げたには違いないが、第3回ではパワー不足を露呈し、準決勝で敗退してしまう。
確かに第2次ラウンドのオランダ戦で6本ものホームランを量産したものの、それは相手投手のレベルがかなり落ちたからだ。
好投手を相手にすると、日本打線はたちどころに沈黙してしまう。
今後もWBCで世界一を目指すのならば、日本人の特性を活かしたスモール・ベースボールを中心戦略に据えなければならないのはもちろんだが、それと共に日本人の大砲を育てなければならない。
スモール・ベースボールだけでは、世界には通用しないのである。
その意味では、NPB球団はパワーヒッターを外国人にだけ求め、日本人選手はサインさえ遂行していればよろしい、なんてことはしてもらいたくない。
だが実際には、目先の勝利に捉われて、監督が使いやすい日本人選手を手っ取り早く起用しているような気がする。
もっと大きく、日本人選手にもパワーヒッターの育成を心掛けてもらいたいものだ。
何しろ、WBCでは「助っ人」なんて選手は認められていないのだから。