ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

三塁への牽制偽投禁止

また週刊ベースボールで連載している野村克也執筆のコラム「本物の野球はどこへ行った!」について触れたい。

以前にもこちらで同コラムを取り上げたが、今回は3月31日号に掲載されているコラムから。

 

今年から三塁への牽制偽投がボークになったが、このルール変更がノムさんは気に入らないらしい。

偽投禁止の理由の一つに、試合時間短縮というのがあるが、これをノムさんは「ネット裏から出てきた話だ」と予想している。

野球を知らず、勝敗にも関係ない記者が早く帰りたいから試合時間短縮などと言い出すのだ、というのがノムさんの論理だ。

 

そんな馬鹿な話はない。

そもそも、記者に公認野球規則を変更する力などあるはずがないではないか。

 規則変更の理由は簡単で、アメリカでは既に去年からこのルールに変更されているからだ。

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が始まり、野球の国際化がますます進んでいるのに、日本の古いプロ野球関係者なぜいつまでも国際オンチなのだろう。

 

ノムさんは「野球はサッカーなどと違って時間制のスポーツではない。その本質をわかっていない」と書いているが、時間制のスポーツではないからこそ、スピードアップの意識が必要なのだ。

サッカーでは選手がいくらダラダラしていてもタイムアップになれば試合は終わるが、野球でダラダラしていたらいつまで経っても試合は終わらない。

 

サッカーの試合時間は前後半各45分で合わせると1時間半、ハーフタイムのインターバルとアディショナル・タイムを含めても2時間で終わってしまう。

この時間は現代人に合っていると言ってもよい。

テレビ中継でもちょうどいい時間だし、大幅な中継延長も必要ない。

ただ、CMを入れるタイミングがハーフタイム以外にないというのが難点だが。

 

一方、プロ野球の試合時間は平均で3時間を超えている。

これは現代人の感覚からは明らかに長すぎる。

しかも試合が3時間で終わる確証はないので、地上波中継をやりにくい。

時間制ではないのが野球の醍醐味でもあるのだが、だからと言ってダラダラ試合をしていたら、野球ファン以外は野球など見向きもしないだろうし、新たなファンを獲得できない。

いや、野球ファンだってダラダラした試合運びはウンザリするし、ファン離れにも繋がってしまう。

プロ野球OBはそういう感覚が欠如していると言っていい。

 

そもそも、日本のプロ野球の試合時間が長くなったきっかけは、スパイ野球の横行からだ。

サイン覗きなどという姑息な手段を用いるからサインが複雑になって交換が長くなり、試合がダラダラと間延びする。

野球とは無縁の行為であり、ファン無視以外の何物でもない。

そんなスパイ野球を推進したのが、他ならぬノムさんではなかったか。

ノムさん南海ホークスの監督兼捕手をしていた頃の、パシフィック・リーグの不人気ぶりをノムさんが知らぬわけがない。

 

牽制偽投というのも、結局は相手を騙してやろうという発想だ。

そんな考え方で、本当に強くなれるわけがない。

ノムさんは「三塁への偽投はスクイズを見破るための有効な手段だ」と書いているが、逆に言えばその程度のことである。

スクイズを見破る方法は他にもあるだろう。

 

ボークの規制が厳しくなると、日本の指導者は「どこまでがボークなのか。この動きはボークではないのか」と審判員にしつこく訊いてくるらしい。

そうではなくて、紛らわしい動きをするのがボークなのに。

紛らわしい動きが横行するからやむなくボークの規制が厳しくなるのだが、こんな質問をする指導者は、なんとかして走者を騙してやろうという魂胆しかないのだろうか。

こんな考え方こそが野球の本質からかけ離れていると言えるだろう。

今回の三塁への牽制偽投禁止も同じことだ。

投手の本質は、打者に投げて打ち取ること。

でも盗塁を防ぐために牽制球が認められている。

そういう野球の基本を理解していれば、相手を騙してやろうという発想は出て来ないはずなのだが。

 

野球は本来、隠すのではなく見せるものなのだ。

作戦なんてどうぞ読んでください、というぐらいの気持ちで。

そのためにはスピード感覚を身に付ける方がよほど大事だ。

キャッチャーが完璧なリードをし、ピッチャーが要求通りのコースへ投げても、打者の力が上回ればホームランになってしまうのが野球である。

また、キャッチャーが完璧なリードをしても、ピッチャーが逆球を投げてしまうことも少なくない。

そして、逆球でも打ち取ってしまう場合があるのもまた野球である。

そう考えると、ダラダラと長考し複雑なサイン交換した挙句、打たれてしまったら何のための長いサイン交換かと思ってしまう。

それならば、打者に考える隙を与えずにサッサとサイン交換してサッサと投げる方が、どれだけ有効かわからない。

野球とは、守備の時間が短いチームが勝つようになっているゲームである。

 

以前にも書いたと思うが、野球とは囲碁や将棋のようなゲームではなく、麻雀に近い。

囲碁や将棋では一手に何時間もかけることがあるが、理詰めの勝負である囲碁・将棋は時間をかけた方がいい手が浮かぶ場合が多い。

囲碁や将棋には偶然的な要素がないからだ。

だが麻雀では一手にかける時間は1、2秒ほどで、10秒も考えると長考と言われて他の人から忌み嫌われる。

麻雀だって理詰めのゲームではあるが、それでも長考した挙句、大きな手に振り込むということがよくある。

麻雀では最善手を思いついたからといって、それが裏目に出ることは珍しくない。

長考して振り込むならば、長考した意味がないばかりか他の人にも迷惑をかける。

だから麻雀では物事を瞬時に判断するスピード感覚が求められるのだ。

 

野球も全く同じである。

時間をかけて最高の作戦を思い付いても、その作戦が失敗するのはよくあることだ。

それならば、何事もスピーディーに運んだ方が試合も面白くなるし、内容も濃くなる。

その方がファンにとってもいいということは言うまでもない。

瞬時に物事を判断する、という視点が日本のプロ野球には欠けているのではないか。

 

野球というスポーツの性質上、結果的に試合時間が長くなるのは仕方ないが、内容が濃ければ試合時間が長くなってもファンは手に汗握る醍醐味を味わうだろう。

だが、日本のプロ野球は時間制限がないという野球のルールを悪用して、あまりにもダラダラした試合運びをしすぎた。

しかも、プロ野球OBにはそれを反省する意識を持った人がほとんどいないと言っても過言ではない。

おそらくファンという存在を意識したことがないのだろう。

 

何かノムさんばかりを攻撃しているようで申し訳ないのだが、実際にはこのコラムではいかにもノムさんらしい含蓄があることも書いているのである。

このコラムではないが、以前ノムさん王貞治と対談した時に、こんな会話を交わしていた。

ちょうどJリーグが発足した頃である。

 

王「選手が一生懸命にプレーをすれば、ファンの共感を呼び、球場にファンが来てくれると思う。ショーアップなんて必要ない」

野村「アンタはそんなことを言っているからお坊ちゃんなんだ。巨人は黙っていても球場が満員だったからそんな発想しか出て来ない。プロ野球ももっとショーアップして面白さをファンにアピールしなければ、いずれサッカーに食われてしまうよ」

 

この議論、どう考えてもノムさんが正しい。

ノムさんもちゃんとファン離れの危機を感じているのである。

これはかなり前の対談だが、最近のインタビュー記事でも似たような危機感を抱いているようだ。

 

それだけに、今回のような野球人のマスターベーション的なコラムを書いているのが残念でならない。