ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

ノムさんのアキレス腱

今日(2月8日)、日本のほとんどの地域で大雪に見舞われた。

大阪も例外ではなく、数センチの積雪があった。

今日はラグビー日本選手権のワイルドカードの試合が東大阪市近鉄花園ラグビー場で行われる予定だったが、前日の晩から降り続く雪のためにグラウンドは雪が積もっていた。

開催が危ぶまれたが、水撒きをして雪を溶かし、さらに動員をかけて懸命な雪かき作業でなんとか試合可能なグラウンドコンディションに仕上げ、無事に試合は行われた。

こんな裏方さんの努力には頭が下がる思いである。

 

だがかつて、そんな裏方さんの努力を踏みにじるような出来事がプロ野球であった。

 

現在、週刊ベースボール野村克也が「本物の野球はどこへ行った!」というコラムを連載している。

その2013年10月28日号に、こんなことが書かれていた。

 

時は1973年(昭和48年)、日本シリーズ前のことである。

当時、野村は南海ホークスの監督兼捕手を務めていて、監督として初の日本シリーズに挑んでいた。

相手は8連覇中で、前人未到のV9を狙う読売ジャイアンツ

まともに行っても勝てないと野村は考えた。

 

1、2戦は南海の本拠地である大阪球場で行われ、第1戦が土曜日、第2戦が日曜日となっていた。

月曜日が移動日となって、第3戦は火曜日に東京の後楽園球場で行われる。

ところが、第2戦が行われる予定の日曜日は雨の天気予報だった。

そこで野村は、土曜日の第1戦は全力を挙げて勝ち、翌日曜日は雨で休養、というプランを立てた。

果たして、第1戦に勝って先勝、その日の夜から雨が降り出し、野村の計画通りに進むかのように思えた。

 

ところが翌朝には雨が上がり、大阪球場では南海球団の営業部に召集された二軍の選手たちがグラウンド整備をしていた。

野村は「やめてくれ!」と営業部に頼み込んだ。

 

「グラウンド整備はやめて、グラウンドコンディション不良で試合を中止にしてくれ」

「でも監督、和歌山から南海電鉄の応援バスがもう出てるんです」

「営業と勝利、どっちが大事なんや!」

「しかし、相手は巨人ですよ。客が入ります」

「巨人だからこそ、月曜日でも客は入るんやないか」

 

結局、予定通りに試合は行われて南海は敗れ、その後もそのままズルズルと4連敗し、南海は1勝4敗で巨人の軍門に下ったのである。

当時のパシフィック・リーグは赤字続きだったから営業優先で、巨人相手で大勢の観客に営業部の目が眩んだ故の敗戦だったと、野村はコラムで述懐している。

 

このコラムを読むと、どう考えても野村が間違っている。

いやしくもこんな考えでプロ野球チームの監督をやっていたのかと思うと情けない。

これを「本物の野球」と言うのなら本末転倒である。

 

たとえグラウンドコンディションが悪かろうとも、全力を挙げてなんとか予定通りに試合開催しようというのが本来の姿だ。

ファンはみんな、試合を楽しみに待っている。

野村は「巨人戦だから、月曜日でも客は入る」と主張しているが、思い違いも甚だしい。

そんな問題ではないのだ。

日曜日の前売り券を買っていたファンは、月曜日だからということで払い戻しに応じなければならない場合も多いだろう。

野村はそこまで考えたのだろうか?

「巨人戦だから月曜日でも客は入る」というのは、あくまでも球団側の都合だ。

ファンにとっては迷惑以外の何物でもない。

もちろん、全力を挙げた上での試合延期なら仕方がないだろうし、昨今のように天気予報が発達していれば、できるだけ早く試合中止を発表するのもファンサービスと言えるだろう。

だがこのケースでは、いち球団の監督の思惑のみで、試合を中止させようとしているのだ。

ファンに対してこれほどの背信行為はないし、プロ興行としては恥ずべき思想である。

「ファンあってのプロ野球」という大原則を、野村は忘れているのではないか?

 

ただ、当時の日本ではプロスポーツ興行の認識が薄かったため、プロ野球界では野村のような考え方が蔓延っていたのも事実である。

だから野村ばかり糾弾するのも心苦しいが、このコラムを読むと21世紀に入って10年以上経っても全く反省の色がないので、間違いを指摘せざるを得ない。

 

この年の南海が巨人に敗れたのは、ハッキリ言って野村の戦略ミスである。

確かに南海の戦力が巨人より劣っていたかも知れないが、それでもこの年の巨人は圧倒的な力を誇っていたわけではなかった。

ペナントレースでの巨人はヨタヨタした戦いぶりで、最終戦にやっとこさ勝って、まさしく薄氷の優勝だったのだ。

さらに、この頃になると巨人のV9戦士は衰えが目立ち、翌年には優勝を逃し、翌々年には球団史上初の最下位に沈んでいる。

しかも、中心打者の長嶋茂雄は故障のため、日本シリーズは欠場しているのだ。

南海よりも巨人の戦力が圧倒的に上回っていたとは思えない。

 

それでも南海は1勝4敗で巨人に惨敗した。

これは野村の采配ミス以外の何物でもない。

それこそ「負けに不思議の負けなし」だろう。

結局、野村の最大の失敗は、第2戦の日曜日は雨で中止、と決め込んだところにある。

土曜日の第1戦に全てを賭けて勝ちに行く、という戦略は間違っていなかったが、翌日が中止になるか決行されるか、監督なら両方を想定して戦略を練らなければならなかった。

しかし野村は、日曜日は中止と決め込み、日曜日に試合が行われた場合の戦略を全く立てなかったのだ。

 

しかも、野村は現在になってもその時のことを反省せず、当時の営業部に責任転嫁している。

こんな人物が名将と呼ばれることに、違和感を感じざるを得ない。

 

これは野村ばかりではなく、同じような考え方を持っている古いプロ野球OBが多い気がしてならない。

監督がファンを無視して試合をダラダラと長引かせたり、抗議しなければ損とばかりにネチネチと審判に抗議したり、いずれもプロスポーツとは無縁の行為だ。

これを「昔の野球人はプロ根性を持っていた」などと古い野球人はのたまうのだから救われない。

「ファンあってのプロ野球」という大原則を、いいかげん肝に銘じるべきである。