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安威川敏樹のネターランド王国

お前はチョーマイヨミか!?

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 本国の文章や写真を国王に無断で転載してはならない。
第12条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

想い出のフィールド(19)〜広島市民球場

広島市民球場(行った回数:1回)


そうだ、市民球場へ行こう!
そう思い付いたのは2005年9月17日のことだった。
なぜそう思ったのか?
市民球場が無くなるまでに一度は行ってみたかったし、前日に野村謙二郎が引退表明をしたからでもある。
もっともその時は、名球会入りした大選手が監督になって、DHにアテ馬として投手の今村入れるという大ボケをかますとは思わなかったが。


翌18日のデーゲームに行こうと思ったが、僕のことだから朝になると面倒くさくなるかも知れないので、翌朝の気分次第で行くかどうか決めようと思った。
翌日、目が覚めるといい天気で、行く気分がグンと盛り上がった。
さっそく友人のSに電話を入れた。
Sというのは、翌年に一緒にナゴヤドーム及びナゴヤ球場に行ったヤツである。
「今から市民球場に行くが、一緒に行きたければ今すぐ支度しろ」
そう言って電話を切った。
何しろ広島でのデーゲームなのだから、朝のうちに大阪を出なければならない。


新大阪駅から山陽新幹線の「ひかりレールスター」に乗り込むと、Sはブツクサ文句を言ってきた。
「お前はなんで急にこんなことを言いだすねん」
仕方ないじゃないか、前日に前もって言っておいて、当日に「やっぱ行きたくなくなった」というのではかえって迷惑をかけるじゃないか。
それに、来たくなければ断ればいいのだ。


話は逸れるが、山陽新幹線はまっことつまらん。
トンネルばかりである。
時間があれば海側を走る山陽本線に揺られて景色を眺めながら行く方がどれだけ楽しいかわからないが、デーゲームだから仕方がない。
味もそっけもない旅で新幹線はあっという間に広島駅に滑り込んだ。


駅を降りると広島電鉄に乗り換え。
我々の感覚からいうと「広島電鉄」と聞けば「名古屋鉄道」のような大手もしくは中規模の私鉄を想像するが、広電は路面電車である。
広島は路面電車の街なのだ。
広島市は中国地方最大の100万人都市でありながら、地下鉄がない。
その代わり路面電車の発達ぶりは凄まじく、3両編成の路面電車には驚いた。
ローカル線電車よりも遥かに充実している。
3両編成の路面電車は我々を乗せて、原爆ドーム前駅に着いた。
ここが市民球場の最寄り駅であり、当然のことながらほとんどの客がこの駅で降りた。
駅の目の前はもう市民球場である。
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スタンドに入った。
我々が買ったのは内野自由席のチケットだったが、驚くべきことにネット裏以外ならどこでも立ち入ることができたのである。
そこで、せっかく来たのだからとスタンド内をウロチョロすることにした。


まずは一塁側のカープ応援団からの撮影。
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お次は三塁側、この日に対戦するドラゴンズ側。
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かつては手書きだったスコアボードもこの頃になると電光掲示板、しかもカラー表示で誰が走者に出ているかわかるという近代的なもの。スコアボードを見ると「ボロ球場」というイメージはない。
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試合終盤になると、なんと年間予約席のネット裏にも入ることができた。
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この日の野村は代打出場、広島が打ち勝ち、嶋がヒーローインタビューを受けた。
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あらゆる角度から市民球場を堪能できたが、惜しむらくはカープうどんが食べられなかったこと。
というのも、新幹線で弁当やビールを胃に詰め込み、球場に着いた頃には腹いっぱいになっていたのだ。
カープうどんの存在を意識していれば、新幹線ではセーブしていたのに。


試合が終わり、せっかく広島に来たのだから夜を満喫しようということになった。
と言っても急な旅だったので宿を確保しておらず、取り敢えず「そごう」の中にある旅行代理店に行った。
すると三連休の中日にも関わらず、あっさりと宿が取れた。
さっそく広島の街に繰り出した。
名古屋の時と違い、まだ夕方である。
それに市民球場近くは広島繁華街のド真ん中なので、店は選び放題。
広島といえばやはり海の幸でしょうと海鮮屋に入り、牡蠣などに舌鼓を打った。
一泊した翌日は、在来線で尾道に行った。


広島市民球場といえば、狭くて古いというイメージだった。
狭いのはもちろん狭いのだが、スタンド内部はともかく外観上はさほど古いという感じはしなかった。
特に昔とイメージが全然違ったのが、上の写真にもある通り電光掲示板だ。
昔の手書き時代のスコアボードは、なぜか右中間方向にあった。
かつてはこのスタイルが結構多く、大阪球場のスコアボードも右中間だった。
手書きのスコアボードの頃は、チーム名が「広島」「巨人」など漢字(あるいは「ヤクルト」などカタカナ)だったが、後年は広島の場合は「赤地にC」、巨人の場合は「黒地にYG」と、帽子のイラストとなっていた。
面白かったのが西武と対戦した1986年の日本シリーズで、第1戦は、広島は当然帽子のイラストだったが、西武は漢字で「西武」という、実にバランスを欠くものだった。
パ・リーグの帽子イラストは用意していなかったのだろう。
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翌日には西武の帽子イラストを大急ぎで完成させ、第2戦以降は西武にも帽子イラストが使用された。
ところが、西武の帽子イラストは「青地にL」。
西武の帽子イラストは手塚治虫先生のレオマークだが、複雑すぎてとてもそんなイラストは描けなかったのだろう。
それにしても「青地にL」では、まるで「がんばれ!!タブチくん!!」ではないか。
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球場の古さを感じさせなかったもう一つの理由に、内野スタンドが二層式になったことが挙げられる。
かつての市民球場は内外野席とも一層式で、いかにも地方球場という感が拭えなかった。
それが徐々に二階席を拡張していき、内野席は完全に二層式となった。
上の写真を見ればわかるように、都会的な雰囲気となっている。


2008年のシーズン終了後、市民球場は広島東洋カープの本拠地としての役割を終えた。
その後、広島市民の間からは球場存続運動が湧きあがったが、残念ながら2010年9月に閉鎖となった。
こういう運動が起こること自体、広島市民から愛された球場だったのだろう。


2009年からは広島の新しい顔としてMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島マツダスタジアム)が開場し、カープの新本拠地となった。
この球場は近年の日本で流行した無機質なドーム球場とは一線を画し、内外野を総天然芝にしたり、スタンド内にも「寝ソベリア」などファンサービス満点の施設を設けている。
当初は新球場建設について資金面で難色を示していたが、これだけ見事な球場を造るということは、広島市民がいかに野球を愛しているかという現れである。


僕はまだ行ったことがないが、一番行ってみたい球場である。