日本国では守屋前防衛事務次官が国会の証人喚問を受けたが、我がネタラン国でも軍による不祥事が発覚した。
ネタラン軍のマ大佐が死ね死ね団との癒着疑惑で、マ大佐が所属する光子力研究所に、ネタラン地検特捜部による強制捜査のメスが入った。
ネタラン地検特捜部によると、マ大佐は我が偉大なるきんぐ国王を失脚させるために、日本に詳しい死ね死ね団と癒着して、日本球界を混乱させているという疑いが持たれている。
2004年2月、偉大なるきんぐ国王はマ大佐案内の元に日本国宮崎県へお出向きになった。
この頃、偶然にも日本の各球団がキャンプを行っており、偉大なるきんぐ国王はそれらのキャンプを視察された。
このとき、偉大なるきんぐ国王は大阪近鉄バファローズのキャンプを訪問され、たまたまそのときに当時アテネ五輪野球日本代表監督だった長嶋茂雄氏も訪れていた。
長嶋氏は偉大なるきんぐ国王に「ん、どーも。お会いできて光栄です。私にとって今日はいわゆるひとつの、二度目の天覧試合です。ん、どーも」と、さすがのミスターも緊張しきった面持ちで挨拶していた。
するとこの年、長嶋氏は病魔に倒れ、バファローズは球界再編の波に飲まれオリックスに吸収合併、事実上近鉄球団は消滅した。
2006年2月、偉大なるきんぐ国王が再びマ大佐の接待により宮崎を訪問されると、またもや偶然にも各球団がキャンプを張っていた。
福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督は偉大なるきんぐ国王に深々と頭を下げ「私は台湾国籍にもかかわらず、ボンカレーゴールドをもりもり食べたおかげで日本国国民栄誉賞を受賞することができました」と挨拶した。
さらに偉大なるきんぐ国王は萩本欽一氏率いる茨城ゴールデンゴールズのキャンプにもお越しになり、偉大なるきんぐ国王の突然の訪問に萩本氏は「なんでこんなとこ来るのかな!?」と欽ちゃん飛びで驚いていた。
するとこの年、王監督は胃癌摘出手術によりチームを離脱、欽ちゃん球団は所属選手である極楽とんぼの山本某による不祥事で、一時期は欽ちゃん球団解散か!?とまで言われた。
ネタラン地検特捜部によれば、これら日本球界の混乱は全て死ね死ね団による工作だということだ。
それだけなら別に問題にはならないのだが、実はこれにはマ大佐が関与しているという疑惑がある。
マ大佐は、長嶋氏には光子力研究所で開発していた「チョーさん病原菌」を注入し、読売新聞主筆の渡邉恒雄氏に対して球団削減を勧めて近鉄球団を消滅させ、王監督には焦げ焦げのボンカレーゴールドを無理やり食べさせて胃癌を発生させて、山本某には子飼いの女子高生をあてがったというのである。
さらにマ大佐は、これら日本球界に起きた不幸の原因は、実は偉大なるきんぐ国王のせいだと、ネタラン国外で言いふらしているそうだ。
つまり、偉大なるきんぐ国王は、接した人間を全て不幸にする死神だ、と言わんばかりである。
これは我らがネタラン国民にとって許せぬ行為であり、本紙としては面従腹背を続けるマ国王を断固として糾弾していく所存である。
そんな中、マ国王に関する新たな疑惑が浮上した。
2006年10月、偉大なるきんぐ国王はマ大佐と共に今度はフェニックス・リーグに参加していた阪神タイガースの相木崇投手を視察され、相木投手は葛西稔コーチと共に「笑顔でニッ」という練習をしていたが、残念ながら相木投手は阪神球団から戦力外通告を受けた。
どうやらこの戦力外通告も、死ね死ね団から阪神球団に圧力がかかっていたという情報を、既に本紙では掴んでいる。
つまり、相木投手の退団も、偉大なるきんぐ国王による死神たる魔力のせいだとしたいわけだ。
また、マ大佐は兵器開発による利権談合が行われているという情報を、本紙は独自に入手した。
調査によるとマ大佐は、光子力研究所で開発したマジンガーZのドッキング技術を提供する代わりに、早乙女研究所で開発が進められているゲッターロボの合体特許を取得するというものだ。
これはネタラン国の国防にかかわることで、ネタラン軍が極秘に進めているコン・バトラーVやボルテスVの開発にも影響しかねない大事件である。
そしてマ大佐は、次世代型ロボットであるモビルスーツの「ギャン」に乗り込むのではないかとの噂もある。
またもやマ大佐は、偉大なるきんぐ国王を宮崎に招こうとしている動きがある。
今まで鉄人28号やジャイアントロボを開発し、ネタラン国の国防に貢献してきたマ大佐は、なぜこのような売国奴に成り下がったのか。
マ大佐は、軍事利権のために偉大なるきんぐ国王を招こうとしているのだろう。
本紙としては、偉大なるきんぐ国王は、マ大佐が企てる罠に嵌ってくださらぬように、ただ祈るのみである。
マ大佐は偉大なるきんぐ国王を招いた後は、宮崎でキャンプを張る星野ジャパンに災いをもたらす工作をするだろう。
もし星野ジャパンが北京五輪アジア予選を突破できなかったとしても、それはマ大佐の陰謀が原因であって、偉大なるきんぐ国王が決して死神だったというわけではないのである!