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安威川敏樹のネターランド王国

お前はチョーマイヨミか!?

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 本国の文章や写真を国王に無断で転載してはならない。
第12条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

クロスワードパズル20

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▲左は吉村道明、右は若かりし頃の徳光和夫

 

暑さ寒さも彼岸まで、脳活には最適の季節です。
いよいよ第20回を迎えたクロスワードパズルを楽しみましょう。

 

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無責任

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叔母が亡くなったことは先日お伝えしました。

aigawa2007.hatenablog.com

aigawa2007.hatenablog.com

 

上の日記にも書いている通り、叔母には一人息子がおり、僕より7つ年下です。

今回、彼と久しぶりに会って、少しばかり話をしました。

彼が言うには、彼が結婚する時、僕が証人だったとのことです。

 

僕が彼の結婚の証人?

つまり僕が、彼ら夫婦の婚姻届けにサインしているってこと??

 

婚姻届けにサインしたなんて、全く憶えてません。

それが本当だとすれば、その時に生まれて初めて婚姻届けという紙を見たはず。

そもそも、婚姻届けに証人が必要なんて、その頃の僕は知らなかったと思います。

 

それに、結婚式より前に彼の奥様になる人と、僕は会ったことがありませんでした。

配偶者のことも知らず証人になり、しかも婚姻届けにサインしたことすら憶えていない。

なんて無責任な証人なんでしょう。

 

もう一つの疑問が、なぜ彼が僕に証人を頼んだのか、ということ。

証人なんて別に両親でもいいし、友人や職場の上司などでも構いません。

もちろん、両親の反対を押し切っての結婚ではなかったのです。

 

その理由を聞きそびれたので、今度会うことがあったら訊いてみよう。

ちなみに、ある統計によると、証人を親に頼んだ人は79%と圧倒的に多く、友人や職場の上司は8%、兄弟姉妹は3.8%で親戚は僅か2.5%でした。

 

 

 

クロスワードパズル19

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9月に入り、異常だった暑さもようやくマシになってきました。
頭も冴え、脳トレに最適な季節です。

 

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虹の根っこ

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先日も日記で少し書きましたが、亡くなった叔母のお通夜と告別式(初七日を含む)が行われました。

僕と叔母との関係は、以下の日記をご覧ください。

aigawa2007.hatenablog.com

 

京都の亀岡から姉がやって来て、母親と共に3人でお通夜と告別式に出席しました。

お通夜の翌日、神戸から三女(母親の妹で、亡くなった叔母の姉)とその子供2人(姉と弟)が来て、告別式のみの参加です。

 

告別式には、久しぶりに母親方の親戚が集まったわけです。

昔は、盆と正月になるたびに、親戚が我が家に集まっていました。

みんなで集まってやることと言えば麻雀。

僕も高校生の頃からメンツに加わり、僕の両親はもちろん亡くなった叔母やその旦那さんらと昼も夜も麻雀ばかりしていました。

二抜け(5人以上いたため、2位の人は抜けるルール)でメンツに漏れた人は、盆の昼間は高校野球、正月の昼間はラグビーを見てたものです。

夜は徹夜麻雀、メンツ外は仮眠をとってました。

亡くなった叔母の一人息子は先日「おかげで僕ら子供はほったらかしやった」と、ぼやいていたぐらいです。

叔母も亡くなる前、もう一度麻雀をしたかったと言っていたんだとか。

その子供たちも今やいい大人になってしまいましたが、久しぶりに会うと関係はいっぺんに当時のままに戻りました。

僕や姉にとって、叔母の一人息子や神戸の姉弟は未だに可愛い弟や妹です。

 

先日の日記にも書いたように、叔母の一人息子はこの夏に家族葬専門の葬儀会社を開業しました。

今回の葬儀は4回目だそうですが、お通夜と告別式を通しで行ったのは今回が初めてです。

ある意味、本格的な葬儀では最初の客が自分自身。

一人息子は、自分の母親の葬儀でありながら、気丈に司会進行も務めていました。

社員(2人の女性しかいないけど)からは「社長」と呼ばれていて、「お前が社長と呼ばれるようになったか」なんて言っていたものです。

しかし、自分の親の葬儀を仕事として行うというのは、どういう気持ちなのでしょう。

僕には想像もつきません。

 

喪主は叔母の旦那さん、つまり一人息子の父親です。

旦那さんは明るいオヤジで、自分の妻の葬儀にもかかわらず常に冗談を言って笑顔を振りまいていました。

久しぶりに僕の顔を見た途端「おう、お嫁ちゃんはどうしたんや!?」と判り切ったことを訊いてくる始末。

心配せんでも見付けたら式に呼んだるがな、と答えました。

 

そんな明るい旦那さんも、出棺の時には人目をはばからず涙を流してました。

もちろん、旦那さんの涙を見たのは初めてです。

旦那さんが泣く姿なんて、それまでは想像すらできませんでした。

 

棺の中の叔母は、オシャレだった若い頃からは大きく変わり果てた姿になっていました。

お見舞いに行った時も既に昔の姿ではなかったのですが、それよりも一層やせ細っていたのです。

そして火葬され、お骨拾いに行ったときは、当たり前の話ですが骨だけになってました。

2時間ぐらい前までは姿かたちもちゃんとあったのに、信じられない姿になって、これで本当にもう帰って来ないんだと実感したものです。

 

僕や姉は叔母のことを「タカちゃん」と呼んでました。

バイバイ、タカちゃん。

僕がそっちに行った時、4人以上揃ってたら麻雀やろうな。

 

【追記】

トップ画像は、お通夜会場へ行く時に架かっていた虹です。

姉が車の中から撮った写真なので窓ガラスに光が反射してますが、虹の根っこがあんな近くに見えたのは初めてでした。

歩いて虹の根っこまで行けそうです。

まるでタカちゃんが天国へ昇りやすいように架けられた橋のように思えました。

藤川球児を日本一のクローザーに導いた山口高志コーチ

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引退を表明した藤川球児、彼を覚醒させたのは山口高志コーチの一言だった。
スポーツ界ではコーチの重要性は常識なのに、プロレス界に専任コーチが少ないのはなぜだろう?

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
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シャボン玉 飛んだ

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叔母が永眠しました。

叔母は僕の母親の妹で、まだ健在の母親よりも15歳も若く、享年70歳です。

5人兄妹で、最も年上で長男の伯父は既に亡くなっており、母親が長女、次女は何十年も音信不通で、神戸に住む三女は健在、そして亡くなった叔母が四女で末っ子でした。

 

去年ぐらいに、母親と三女を連れて、入院していた叔母のお見舞いに行きました。

その時の叔母は既に声が出なくなっており、筆談で会話しました。

僕が行っても邪魔なだけ、姉妹だけでお見舞いした方がいいのではないかと思いましたが、せっかく行ったのだからと病室に入り、少し筆談をして、帰り際に叔母は泣きそうな顔で僕の手を握りました。

正直、喜ばれるとは思わなかったです。

 

そして2週間ほど前、別の病院の緩和ケアに移ったと聞き、母親を連れてお見舞いに行きました。

緩和ケアというのは、手の施しようがない患者さんが入院する病棟で、叔母の場合は知りませんが病院によっては飲酒や喫煙も許される場所です。

実は、今年の春頃に僕の母親も入院したのですが、その時はコロナ対策のため家族であっても面会は許されませんでした(着替えなどは看護師さんに頼んで受け渡し)。

もちろん、叔母が入院していた病院も面会謝絶でしたが、緩和ケアだけは例外で面会自由だったのです。

緩和ケアに入院と聞いて、もう長くないと悟りましたが、この時の叔母は意識もハッキリしており、筆談も可能でした。

それだけに、こんなに早く逝くとは思わなかったです。

 

叔母には、僕よりずっと年下の一人息子がおり、彼が思春期の頃に叔母から相談を受けたことがあります。

一人息子だったということで、母親として色々心配だったのでしょう。

僕の家で、2人で酒を呑みながら一晩中、叔母の悩みを聞いていました。

気付いたら外が明るくなっており、もう朝になったのかと驚いたものです。

その叔母とは、盆や正月に親戚で集まるたびに徹夜麻雀をやっていたものの、まさか2人で話し込んで徹夜するとは……。

酒が入っていたので、どんな内容の話だったのかは憶えてませんが、僕はそんなに心配する必要はないよと言い続けていたと思います。

 

伯父が亡くなった時、その一人息子は成人しており、葬儀会社に勤めていたので、彼が全ての手配をしてくれました。

その手際の良さに、あの子供だった彼が成長したなあと感心したものです。

 

その一人息子が最近、葬儀会社を辞めて独立し、家族葬専門の葬儀会社を設立したと、先日のお見舞いの時に叔母から筆談で聞きました。

コロナの影響で開業が遅れましたが、この夏にオープンしたようです。

しかし、おそらく最初の客は、彼自身となったでしょう。

 

彼の葬儀会社で、明日(正確には今日)がお通夜、明後日が告別式です。

クロスワードパズル18

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立て続けに大型台風がやって来て、慌ただしい日々が続きます。
時間があるときは、クロスワードパズルを楽しんでください。

 

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