カウンター

安威川敏樹のネターランド王国

お前はチョーマイヨミか!?

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 本国の文章や写真を国王に無断で転載してはならない。
第12条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

トンガ出身、世が世ならシピ・タウを踊っていた(?)バッドラック・ファレ

f:id:aigawa2007:20190920014039j:plain

 

明日(というか今日)、いよいよ第9回ラグビー・ワールドカップ2019日本大会が開幕!
新日本プロレスバッドラック・ファレはかつて、トップリーガーだった。

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓

miruhon.net

明治大の重戦車FW、「前へ」最後の世代・鈴木KENSO

f:id:aigawa2007:20190912231502j:plain

 

明治大ラグビー黄金時代の最終世代・鈴木健三。
卒業後は「前へ」突き進み、プロレスラーとなってKENSOに変身した。

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓

miruhon.net

巨漢ながら俊足のロック、グレート草津

f:id:aigawa2007:20190909181204j:plain

 

グレート草津は昭和30年代最強を誇った八幡製鐵のLO。
現在だったら世界最高峰のWTBだった!?

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓

miruhon.net

ラガーマン:阿修羅・原

f:id:aigawa2007:20150428230457j:plain

 

阿修羅・原はどんなラガーマンだったのか?
ラグビーの解説付き!

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓

miruhon.net

法律事務所と法務事務所って、どう違うの?

f:id:aigawa2007:20140913174827j:plain

 

世の中には、同じように思えるのに、言葉が違っている場合がある。

そんな言葉を集めてみた。

 

◎「夕焼け」と「夕映え」の違い

よく晴れた日、西の空に沈む夕陽は実に美しい。

そんな情景を指す言葉に「夕焼け」「夕映え」がある。

では「夕焼け」と「夕映え」では、どう違うのだろうか?

「夕焼け」とは、上記のように日暮れ時、夕陽によって赤く染まった西の空のことを指す。

「夕映え」は、そのとき夕陽によって照らされた風景のことだ。

基本的には同じと考えてもいいが、詩的表現で使い分ける人も多い。

ちなみに英語では、「夕焼け」も「夕映え」も「evening glow」あるいは「sunset glow」などという。

 

◎「ワシ(鷲)」と「タカ(鷹)」の違い

肉食の鳥として有名な「ワシ(鷲)」「タカ(鷹)」

両者に違いはあるのだろうか?

分類上はどちらもタカ目タカ科の鳥類で、明確な違いはない。

ただ、比較的大きな種類を「ワシ」と呼び、小さな種類を「タカ」と呼ぶだけだ。

英語でも「ワシ」は「eagle(イーグル)」、「タカ」は「hawk(ホーク)」と、日本語と同じように使い分けている。

つまり、チーム名によく使われる「イーグルスEagles)」も「ホークス(Hawks)」も、種類としては全く同じというわけだ。

ところで、平和的なことを「ハト派」、好戦的なことを「タカ派」などというが、なぜ「ワシ派」とは呼ばないのだろう?

タカよりもワシの方が大きいのだから、より好戦的な感じなのに。

「ワシ」は一人称として使われるので、「ワシ派」だと単なる自己チューに感じるからかも。 

◎「クジラ(鯨)」と「イルカ(海豚)」の違い

水生哺乳類の代表格である「クジラ(鯨)」「イルカ(海豚)」

両者の違いは、ワシとタカの場合と同じで、大きいのが「クジラ」、小さいのを「イルカ」と呼ぶ。

ただし、クジラ目の中でも「ヒゲクジラ」と「ハクジラ」に分かれる。

ヒゲクジラには、世界最大の動物として知られるシロナガスクジラなどがあり、マッコウクジラハクジラの仲間だ。

イルカはどちらに属するのかと言えば、ハクジラである。

シャチもハクジラの一種だ。

つまり、マッコウクジラから見ればシロナガスクジラよりも、イルカやシャチに近い種類と言える。

ちなみに、なぜ「イルカ」を「海豚」と書くのかと言えば、16世紀ごろの中国の事典に「イルカは海に住み、豚に似ている」と説明されていたからだ。

 

◎「アイアン(iron)」と「スチール(steel)」の違い

ゴルフ・クラブの「アイアン(iron)」

クラブのヘッド部分が鉄製だったためそう呼ばれているが、鉄を加工する会社では「スチール(steel)」と呼ぶのが一般的で、「○○スチール株式会社」という会社は多いが「○○アイアン株式会社」はあまり聞かない。

実は、「鉄」そのものは「アイアン(iron)」で、「スチール(steel)」とは「鋼(はがね)」のことだ。

鉄というのは非常に硬いが、そのままでは脆くて役に立たない。

これが「アイアン(iron)」の状態である。

そこから炭素や不純物を取り除いたのが「鋼」、つまり「スチール(steel)」だ。

「鋼」即ち「スチール(steel)」になると非常に強く、加工もしやすくなって、あらゆる製品となる。

ちなみに、服のシワを伸ばすときに使う「アイロン(iron)」は「アイアン(iron)」と語源は全く同じ。

発音は「アイアン」の方が近い。

 

◎「クロー(claw)」と「ネイル(nail)」の違い

どちらも「爪」と訳される「クロー(claw)」「ネイル(nail)」

両者の違いは簡単で、「クロー(claw)」とは動物の爪(ネコの爪のようなもの)、「ネイル(nail)」は人間の爪だ。

したがって「ネイルサロン」はあっても「クローサロン」はない。

フリッツ・フォン・エリックの必殺技に「アイアン・クロー(iron claw=鉄の爪)」があるが、エリックは言うまでもなく人間なので「クロー(claw)」というのはおかしいのではないか。

しかも、前項でも説明したように「アイアン(iron)」は脆いのだから、人間が繰り出す強い必殺技としては「スチール・ネイル(steel nail)」と呼んでもらいたい。

 

◎法律事務所と法務事務所の違い

過払い金請求のCMでよく見かける「法律事務所」「法務事務所」

普通の人には、両者の違いなんて判らないだろう。

しかし、「法律事務所」と「法務事務所」では、根本的に違うのだ。

 

「法律事務所」とは、簡単に言えば弁護士事務所のことである。

弁護士事務所は、必ず「法律事務所」と名乗るよう、それこそ法律で義務付けられているのだ。

ただし例外があって、弁護士法人の場合は事務所名に「弁護士法人」と謳っていれば、この限りではない。

もちろん、弁護士以外が「法律事務所」と名乗ることは、法律で禁じられている。

 

一方の「法務事務所」は法律では定められてなくて、弁護士以外の例えば司法書士行政書士などが「法律事務所っぽい名前」として勝手に名乗っているだけだ。

ただし、一般の人には「法律事務所」と「法務事務所」の違いなんて判らず、紛らわしいので、必ず事務所名に「司法書士」とか「行政書士」を入れなければならない。

たとえば「司法書士○○法律事務所」などと書かれていれば、それは立派な「法律違反」だ。

こういう場合は「司法書士○○法務事務所」と名乗れば、法律違反ではないのである。

だから「○○法律事務所」と言えば弁護士事務所、「○○法務事務所」と言えば弁護士以外の事務所と思って間違いない。

 

ちなみに司法書士とは登記を扱うプロであり、行政書士は書類作成のプロである。

弁護士、司法書士行政書士は「8士業」の一つであり、いずれも国家資格を有するが、司法試験に合格する必要があるのは弁護士だけだ。

司法試験の合格が必要なのは、弁護士以外では裁判官と検察官(検事)だけであり、法律家と言えばこの3つのみを指し、司法書士行政書士は法律家とは呼ばれないのが普通。

裁判に関わることができるのは、(原告、被告、被告人、証人など以外では)素人の裁判員を除いて裁判官、検察官、弁護士しかいない。

ただし、法務大臣に認定された認定司法書士だけは、制約があるとはいえ簡易裁判所代理人になることができるため、法律家に含まれるという意見もある。

 

以前、行政書士会が「街の法律家」と宣伝したため、弁護士会が激怒し、抗議したことがあった。

行政書士ごときが法律家を名乗るな!というわけだ。

主役が行政書士のドラマで、行政書士が法的事務を行ったりすると、すぐに弁護士会から抗議が来る。

司法試験に合格し、裁判に参加する弁護士のプライドは相当なものなのだろう。

「テレビ野郎ナナーナ」に藤波辰爾が声優出演!

f:id:aigawa2007:20190831114902j:plain

 

滑舌の悪いマッチョ・ドラゴンに声優が務まるのか!?
あの迷セリフ「お前、平田だろう!」まで飛び出す!

 

週刊ファイトにコラムを書きました。
無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓

miruhon.net

「高校侍ジャパン」今昔物語

f:id:aigawa2007:20150905175525j:plain

 

8月30日から韓国で第29回WBSC U-18ベースボール・ワールドカップが開催される。

もちろん日本も参加し、18歳以下日本代表、いわゆる「高校侍ジャパン」が結成された。

 

最も注目を浴びるのは、最速163km/hをマークした大船渡(岩手)の佐々木朗希(三年)だろう。

佐々木は甲子園には出場していないが、高校侍ジャパンに選ばれた。

その反面、今夏の甲子園で優勝した履正社(大阪)からは、1人も高校侍ジャパンに選ばれていないのは象徴的と言える。

 

かつては、こんなことは有り得なかった。

もちろん「高校侍ジャパン」が常設する前の話だが、高校日本代表(かつては日本選抜あるいは全日本などと呼称していた)は夏の甲子園に出場していた選手から選んでいたのである。

それもベスト4以上に勝ち進んだ高校から中心に選んでいた。

 

たとえば1982年には、夏の甲子園で優勝した池田(徳島)から先発メンバーの9人全員が日本選抜に選ばれていたのだ。

この頃は高校の世界大会などもなく、韓国選抜と対抗戦を行っていた。

年によって交互にお互いの国で3試合ほど対戦していたのである。

この前年の1981年は韓国で行われ、日本選抜は韓国選抜に0勝3敗と完敗していた。

この年の日本選抜の中心選手は在日韓国人金村義明報徳学園、後の近鉄他)で、韓国では大人気を博していたのだ。

翌82年は日本で開催されたが、やはり1勝2敗で負け越し。

この頃の池田はパワー野球で高校野球に革命を起こしたと言われていたが、韓国野球のパワーは池田以上だった。

ちなみに、日本選抜に選ばれた池田の選手の中で、プロ入りしたのはエースの畠山準(後の南海他)と、当時は二年生外野手だった水野雄仁(後の巨人)の2人だけだったのである。

つまり、当時の日本選抜は実力よりも、夏の甲子園での活躍度が重視されていた。

 

翌1983年は日韓高校野球が行われず(韓国選抜は来日し、関東の各県選抜チームと対戦した)、日本選抜はアメリカに遠征した。

アメリカ本土でカリフォルニア州選抜と4試合、ハワイで現地の選抜チームと2試合、というスケジュールだったのだ。

当時はまだ、高校アメリカ代表なんてチームは組まなかった。

結果は、カリフォルニア州選抜とは2勝2敗、ハワイの選抜チームとは1勝1敗だったのである。

 

この年の日本選抜も、夏の甲子園ベスト4が中心のメンバーだった。

優勝したのはPL学園(大阪)で、KKコンビが一年生の年である。

一年生優勝投手の桑田真澄(後の巨人他)は選ばれたが、一年生四番打者の清原和博(後の西武他)は打撃が粗いと思われたのか選ばれなかった。

 

この年、最も注目された選手と言えば、春のセンバツで3ホーマー、11打席連続出塁などの記録を打ち立てた享栄(愛知)の藤王康晴(後の中日他)だったが、日本選抜には選ばれていない。

なぜなら、夏は愛知大会で敗れて、甲子園に出場できなかったからである。

当時は、いくら春のセンバツで活躍しようが、夏の甲子園に出場できなければ日本選抜に選ばれることはなかったのだ。

ちなみに、このときの日本選抜メンバーは、全員が夏の甲子園ベスト16以上の高校から選ばれている。

その中に、意外な選手がいた。

その選手は、夏の甲子園では三回戦敗退で、さほど注目されてなかったのに、日本選抜に選ばれたのである。

 

その高校は二回戦から登場、三回戦で敗れたから1勝1敗だ。

その選手は2試合で9打数4安打と、たしかによく打っているが、ホームランはなく特に騒がれたわけでもない。

三回戦で敗れた高校の選手としては、異例の選出だ。

 

しかも、日本選抜を率いたPLの中村順司監督は、この選手を四番打者に抜擢。

この選手は2ホーマーを放つなど、日本選抜の四番打者としての重責を見事に果たした。

 

その選手とは、後にヤクルト・スワローズで「ブンブン丸」として大活躍した市尼崎(兵庫)の池山隆寛

高野連の目は正しかったのだ。

日米親善高校野球での活躍が目に留まったのか、その年のドラフトで池山はヤクルトから2位指名を受けている。

一方の藤王は中日ドラゴンズにドラフト1位で入団したが、プロに入ってからは鳴かず飛ばず

高校時代の実績は、あまりアテにならないという結果になった。

 

時代は下って2002年にも、高校日本選抜はアメリカに遠征して親善試合を行った。

このとき、日本選抜を率いたのは明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督。

馬淵監督は、アメリカの高校選手たちを捕まえて言った。

 

「ジャパニーズ・ピッチャー、……(スタッフに『145km/hって何マイルや!?』と尋ねて『90マイルです』と返事を聞くと)ナインティー・マイル!ジャパニーズ・オール・ピッチャー!」

 

すると、アメリカの選手たちは「Really!?」と目を丸くしてビックリしていた。

当時はアメリカの高校生でも145km/hを投げるピッチャーは珍しかったようだ。

馬淵監督は「ウソこいたった!」と大笑いだったが、現在ではそれも強ち大ボラではない。

 

佐々木の163km/hは別格としても、星稜(石川)の奥川恭伸(三年)は最速154km/hで、今では高校生でも150km/hは珍しくなくなった。

高校侍ジャパンに選ばれる投手は、みんな145km/hぐらいは投げるだろう。

1983年のアメリカ遠征で、アメリカの選手から「You are №1 fast pitcher」と言われた水野も、当時はせいぜい142,3km/h。

当時は140km/hも投げる投手は「大会№1の剛腕」などと呼ばれ、高校生が150km/hなんて夢また夢だった。

投手の球速ひとつを取ってみても、隔世の感がある。