週刊ベースボールの今週号(3月23日号)、表紙はダルビッシュ有だった。
だが、その発売前に右肘靭帯損傷が発覚、開幕絶望となったのは皮肉である。
そのため、インタビュー記事は故障が表面化する前のものだが、去年に物議を醸したダルビッシュによる「メジャー・リーグも中6日にすべき」という意見も載っていた。
去年、メジャー入りした田中将大が早くも故障者リスト入りするなど、アメリカに渡った投手が肩や肘を壊すのは、中4日登板が原因だというのである。
ちなみに、今日(3月12日)の時点で、ダルビッシュがトミー・ジョン手術を行うと決断したというニュースが飛び込んできた。
もし、それが本当なら、今季は絶望である。
ご存知のように、現在の日本プロ野球は、中6日のローテーションが一般的だ。
つまり、先発投手を6人で回すという方法である。
それに対し、メジャーでは中4日のローテーションとなっているのだ。
こちらは先発投手を5人で回している。
日本よりも登板間隔が2日も短いが、その代わり先発投手の球数が100球を超えると降板させるチームが多い。
そのため、メジャーでは「先発完投型」という言葉は、ほとんど死語になっている。
日米でローテーションに差異があるのは、日程の違いによるところが大きい。
日本の場合は6勤1休、つまり1週間のうち1日(月曜日)が休みになるという日程になるので、6人回しにするとキッチリ中6日で回転することになる。
しかし、メジャー流の5人回しにすると、日程によって中4日の時と中5日の場合に分かれてしまうのだ。
そうなると、先発投手は調整が難しくなる。
それならば、最初から6人回しにして、中6日のローテーションで間違いなく回転させたほうが理に適っているというわけだ。
一方のメジャーでは、1シーズン(半年間)で162試合も行うという過酷なスケジュールなので(日本では去年まで144試合、今年から143試合)、休みなどほとんどなくほぼ毎日が連戦となる。
従って、5人回しだと中4日でちゃんと回転するので、先発投手が調整に戸惑うことはない。
それに、6人回しにして無理に力の劣る先発投手をローテーションに入れるよりは、5人の先発陣で賄ったほうがチーム成績も上がる。
ロースターの問題もある。
日本では、出場選手登録(いわゆる一軍枠)は28人で、ベンチ入りは25人だ。
余った3人は「あがり」として、登板予定のない3人の先発投手がベンチ入りから外れる。
つまり、それだけ投手に余裕ができるわけだ。
しかし、メジャーでは8月いっぱいまでのアクティブ・ロースター(日本でいう一軍枠)は25人で、ベンチ入りも25人。
つまり、日本流の「あがり」などという贅沢な制度はないので、それだけ投手陣に余裕はない。
現行制度を変えない限り、先発5人回しの中4日ローテーションというのはなかなか変えられないだろう。
仮に、メジャーで6人回しにしても、前述のようにメジャーではオフ・デイはほとんどないから、中5日が基本となると思われる。
毎日が試合となると、中6日を実現させようとすれば7人の先発投手が必要なわけで、それは現実的ではない。
ダルビッシュも、メジャー流の中4日に慣れたのか、週刊ベースボールのインタビューでは「今だったら、中6日よりも中5日を選ぶ」と語っている。
そのダルビッシュは、
「メジャーのように100球の制限を設けて中4日で登板させるよりは、特に球数制限をつけずに登板間隔を空ける方が遥かに良い」
と主張する。
つまり、いくら100球の球数制限をしても中4日で投げさせるのはあまり意味がなく、それよりも140球ぐらい投げても登板間隔を充分に空けたほうがいい、というわけだ。
僕はダルビッシュの意見に賛成である。
メジャーは日本よりも科学的と言われるが、果たしてどこまで科学的なのかはわからない。
もちろん、メジャーには学ぶべき点がまだまだあるが、日本にもいい点はたくさんあって「メジャーが100球制限しているのだから、それを見習うべき」と盲目的に信仰するのは危険である。
ただし、日本でも未だに「投げ込みこそ善」という考え方が古い指導者(あるいは評論家)の間で蔓延っており、そこは気を付けなければならない。
ところで、中6日の間、先発投手は何をしているのだろうか。
6日間の休みがあるからといって、6日間もの間ずっと寝ているわけではない。
いくら休養が必要といっても、そんなことをしていたらコンディションが狂ってしまう。
今週号の週刊ベースボールでは、ダルビッシュが考えた理想的な中6日の過ごし方を紹介していたので、それを記してみよう。
なお、ダルビッシュが「理想」と考えていただけで、実際に行っていたメニューとは一部異なるようだ。
中6日ローテーション(ダルビッシュ式)
1日目(登板翌日)
●30分の有酸素運動
●ジョギングかバイクの下半身トレーニング
●肩と肘のトレーニング
●上半身のウェート・トレーニング
2日目
●休養日
3日目
●ポール間走(10本)
●肩と肘のトレーニング
●体幹トレーニング
4日目
●50m走(10本)
●肩と肘のトレーニング
●体幹トレーニング
5日目
●ブルペン入り(場合によっては4日目)
●肩と肘のトレーニング
●アイシング
●下半身のウェート・トレーニング
6日目(登板前日)
●20m走(10本)
●肩と肘のトレーニング
●体幹トレーニング
面白いのは、休養日を登板翌日ではなく、2日目に充てていること。
我々素人は、登板翌日を休養日にすると思っているだろう。
登板日翌日は、休養するよりも、いわゆる「整理体操」的な運動が必要なのだろうか。
そして、3日目、4日目、6日目(登板前日)がほぼ同じメニューで、走る距離がだんだん短くなっている。
ボールを握るのは、登板前々日の5日目だけ。
他の日はキャッチボールもしないのだろうか。
少なくとも、ブルペンに入るのはこの日のみのようで、肩や肘を守っているようである。
以前の日本野球は、投手の投げ込み過ぎが国内外から批判されていたが、ダルビッシュには当てはまらないようだ。
では、中5日の調整法はどうだろう。
中6日のローテーションが日本で確立されたのは2000年以降で、それ以前の1990年代は中5日が一般的だった。
そんな90年代、読売ジャイアンツのエースとして君臨していたのが桑田真澄であり、自著「心の野球(幻冬舎)」でその調整法を明かしているので、ここに記してみる。
中5日ローテーション(桑田式)
1日目(登板翌日)
●疲労を取る
●栄養補給
●試合の反省と次試合の計画
2日目
●積極的休息
●ストレッチや有酸素運動(30分)
(1日目か2日目に軽いキャッチボールを行う)
3日目
●ピッチングを30~50球
●中距離のインターバル走
4日目
●50m、30m、20mなど、短距離走中心のメニュー
5日目(登板前日)
●軽いランニング
●軽いキャッチボール
●ストレッチ
桑田の場合、登板翌日と2日目を休養に充てている。
でも、2日目の「積極的休養日」の意味がよくわからない。
積極的休養日、と言っても、ちゃんと30分の有酸素運動はしているし、登板翌日の方がよく休んでいるように思える。
桑田によると、2日目は単に休むのではなく、積極的に休む、ということなのだそうだ。
疲労物質を取り除くのは登板翌日たる1日目で、2日目は意識的にしっかり休む。
このあたりは禅問答のようで、いかにも桑田らしい。
いずれにしても、2日目に休むというのはダルビッシュと同じだ。
最もハードに練習するのは3日目で、この日初めてブルペンに入り、投球練習を行う。
登板の前々日にピッチングをするというのも、ダルビッシュと同じである。
また、登板日に近付くたびに、中距離走から短距離走に切り替えるのも、ダルビッシュと共通している。
では、メジャー流の中4日ローテーションはどうなのだろうか。
これは、あるメジャー・リーガーの先発投手の中4日での調整方法である。
個人差はあるだろうが、メジャーでは大同小異だろう。
中4日ローテーション(メジャー式)
1日目(登板翌日)
●全身のストレッチ
●ウエート・トレーニング(9種×2)
●ポール間走(約20本)
●バランスボールを使っての腹筋(7種×2)
●全身の疲れを取るためのマッサージ(1時間)
●肩のPNFマニュアル・エクササイズ(11種)
2日目
●ウォーミング・アップ
●キャッチボール
●ブルペンで35~45球の投球練習
●100m走(約10本)
3日目
●ウォーミングアップ
●下半身、腰背部、上腕部、胸部のウェート・トレーニング(2種×2)
●バランスボールを使っての腹筋(7種×2)
●塁間距離(約27m)のランニング(約7本)
●PNFマニュアル・エクササイズ(6種×2)
●全身のストレッチおよびマッサージ(約1時間半)
4日目(登板前日)
●ウォーミングアップ
●軽いキャッチボール
●30m走(8~10本)
さすがメジャー、かなり細かく規定されている。
ちなみに「PNFマニュアル・エクササイズ」とは、反射神経および筋機能の向上、各関節における可動域の回復を図ろうとする運動療法だ。
そして、ダルビッシュや桑田が唱える中6日および中5日のローテーションに比べて、休息日が少ない、というより全くないことに気が付く。
日本人は働き過ぎだ、とステレオタイプのように言われがちだが、少なくとも先発投手に関しては、メジャーの投手の方が働き過ぎと言えるだろう。
特に、日本人投手の投げ過ぎに批判が集中しているが、ダルビッシュや桑田が休息する登板後の2日目に、メジャーの投手は最大45球もの投球練習を行っているのだ(ただし、メジャーの投手の全員が、この調整方法を行っているわけではない)。
アメリカでは投手を守り、日本では投手を酷使するというイメージになりがちだが、必ずしもそうでないことはこの事例でわかる。
では、中4日のローテーションが一般的だった1980年代の、日本での調整方法はどうだったのか。
当時「ベンチがアホやから、選手は野球ができへん」発言で引退した江本孟紀が、自著の「エモやんのズバリ追球(講談社スコラ)」で書いているので、それを記してみる。
中4日ローテーション(80年代の日本式)
1日目(登板翌日)
●グラウンドでブラブラする(休養)
2日目
●ランニングをかなりやる
3日目
●キャッチボールを2,30球
4日目(登板前日)
●ランニング
●ブルペンでピッチングを2,30球
前の三つに比べると随分アバウトな書き方だが、当時の調整法とはこんなものだったのだろう。
当時はまだ、ウエート・トレーニングの実用性が認められておらず、ましてや投手のウエート・トレーニングなどタブーとされていた時代だ。
しかも、科学的トレーニングなんて確立されていなかったので、疲労を完全に拭い去ることはできなかったと言える。
登板前日に、ブルペンに入るというのは、当時は「ノー・スロー」なんて調整方法はなかったのだろう。
それでも、当時の投手が先発完投できたのは、今に比べて打撃水準が劣っていたからだろう。
今のようにバッティングマシンもなく、ウエート・トレーニングもなかったのでパワーに劣り、上位打線さえマークしていれば良かったので、下位打線には力を抜いて投げることができた。
当時のエース級と呼ばれる投手は、言い方は悪いが下位打者に対する「抜き方」が抜群に上手かったのである。
それにより、スタミナを温存することができた。
しかし、現在の投手は、打者連中がバッティングマシンやウエート・トレーニングによる練習でレベルが格段に上がり、さらに外国人枠が拡充されたために各チームとも打線が強化され、いわゆる「打線の休憩所」がなくなってしまったのだ。
そのため、今の投手たちは、どんな打順でも全力投球を余儀なくされ、抜くことができなくなったのである。
そういう意味では、かつての大投手たちが、
「今の投手たちが中6日でヒーヒー言っているのは情けない。わしらの頃は中4日はおろか、中3日で投げてたぞ」
などとのたまうのは的外れ(というより、本人たちの自慢話)だと言える。
時代が全然違うし、野球のレベルも違う。
現在の投手たちが1試合で投げる疲労度は、80年代以前の比ではない。
話は少々逸れてしまったが、今のメジャーにダルビッシュが投げかけた提案は、決して小さくない気がする。
投手を守ることに、過剰に敏感だったメジャーが、必ずしも投手を守ってなかったのだ。
むしろ、メジャーでは既得権に固執するエージェントが蔓延ったおかげで、却って故障者が増えたとも言える。
今後、日本式のローテーションが、メジャーに逆輸入されるかも知れない。