ラグビーを知らない人でも、「スクラム」という単語は知っているだろう。
一般的にもよく使われる言葉である。
全員でスクラムを組んで立ち向かおう、ガッチリとスクラムを組めばなんとかなる、強固なスクラムで取り組む決意……。
ことさらチームワークを強調するときに「スクラム」という言葉が飛び出す。
ラグビーには「スクラムハーフ(SH)」というポジションがある。
いかにもラグビーらしいポジション名だが、スクラムハーフそのものはスクラムには決して加わらない。
スクラムハーフの役目は、フォワード(FW)8人で組むスクラムにボールを入れて、スクラムから出てきたボールをバックス(BK)に回すことだ。
スクラムハーフは、ちょっと特殊なポジションである。
ラグビーのポジションは大まかに、フォワードの8人とバックスの7人に分けられるが、スクラムハーフはバックスに属する。
そのバックスの中で、スクラムハーフの背番号は唯一、一ケタの9番だ。
ポジションをユニット別に分けると、スクラムハーフはスタンドオフ(SO)と共にハーフ・バックス(HB)と呼ばれるが、別のユニット分けでは独立したポジションになる。
そのユニットとは、
●FWフロント・ロー①③プロップ(PR)②フッカー(HO)
●FWセカンド・ロー④⑤ロック(LO)
●FWバック・ロー⑥⑦フランカー(FL)⑧ナンバーエイト(№8)
●BK⑨スクラムハーフ(SH)
●BKフロント・スリー⑩スタンドオフ(SO)⑫⑬センター(CTB)
●BKバック・スリー⑪⑭ウィング(WTB)⑮フルバック(FB)
という形だ。
つまり、スクラムハーフはどのユニットにも属していないのである。
スクラムが組まれると、オフサイドラインが形成される。
オフサイドラインより前方にいるプレーヤーはプレーに参加することができない。
スクラムの際にできるオフサイドラインは、スクラム最後方の選手の足の先で、スクラムは両チームで組むわけだから、オフサイドラインは2本あるということになる。
即ち、スクラムに参加しているプレーヤー(フォワードの選手)以外、即ちバックスの選手はスクラム領域に入ってはいけないのだ。
ところが例外的に、スクラム領域に入っていいバックスの選手がいる。
それがスクラムハーフだ。
スクラムという2本のオフサイドラインに囲まれたニュートラル・ゾーンに入ることが許されているスクラムハーフには、独自のオフサイドラインがある。
それはラグビーボールそのものだ。
スクラムの中でボールはフォワードの選手たちに足で動かされているが、そのボールの動きと共にスクラムハーフのオフサイドラインも動いている。
スクラムハーフは、敵も味方もボールよりも前に出てはならない。
ボールと共に動くスクラムハーフ独自のオフサイドラインの攻防が、スクラム戦の魅力の一つだ。
モールやラックのといった密集プレイ、いわば自然発生するスクラムのようなプレイでも、スクラムハーフの動きは重要だ。
ボールがある所にモールやラックが発生する可能性が高いのだから、スクラムハーフは常にボールの近くにいなければならない。
モールやラックが形成されると、スクラムハーフはフォワードを巧みに動かし、ボールを確保してさらに前進しようとする。
そしてモールやラックの近くにいても、スクラムハーフは密集プレイに巻き込まれてはならない。
巻き込まれてしまうと「ノーハーフ」という状態になり、モールやラックからの球出しがスムーズに行かなくなる。
常に密集状態の近くにいる動きと、それに巻き込まれない俊敏さがスクラムハーフには求められているのだ。
スクラムを組むフォワードの選手は、大柄で力の強い選手が多い。
しかしスクラムや密集プレイをコントロールするスクラムハーフの選手は、ラグビー選手らしからぬ小柄な選手が多いのも事実である。
1990年代、早稲田大から神戸製鋼を経て日本を代表するスクラムハーフとして活躍したのが堀越正巳だ。
堀越は身長160cmという、一般男性と比べても非常に小柄な体ながら、日本代表のスクラムハーフとして大活躍し、世界にもその名を轟かせた。
その堀越のライバルだったスクラムハーフが、明治大やサントリーで活躍した永友洋司である。
堀越ほど身長は低くないものの、明大の北島忠治監督からは「チビ友」と呼ばれ、大柄な選手が多い明大フィフティーンの中では際立って小さい選手だった。
サントリーのキャプテンとして、堀越がいる神戸製鋼8連覇を阻止したのも永友である。
そんな二人を上回るスクラムハーフが、専修大から東芝府中で活躍した村田亙だった。
堀越より2年先輩の村田は、堀越と共に日本代表のスクラムハーフの座を争ったものの、レギュラーとして抜擢されたのは堀越の方が多かった。
しかしそれは、日本代表のチーム編成によるものであり、村田が堀越より劣っていたわけではない。
海外では堀越よりも、村田に対する評価の方が断然高かった。
国内での対決でも、堀越の神戸製鋼と村田の東芝府中との対戦は、スクラムハーフ対決として大いに注目されたものである。
安定性の堀越と、爆発力の村田との対決は、多くのラグビーファンを魅了した。
この時代の日本ラグビーは、村田、堀越、永友という、素晴らしいスクラムハーフを備えていたのである。
先日、ジャパンラグビー・トップリーグのパナソニック・ワイルドナイツに所属するスクラムハーフの田中史朗が、ニュージーランドのハイランダーズ入りを果たした。
田中は日本人として初めてスーパーラグビーでプレーすることになる。
スーパーラグビーとは、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカという南半球のラグビー強国で行われる、15チームによる世界最高峰のクラブチームのリーグ戦だ。
ラガーマンとしてこれほど光栄なことはないだろう。
レベルが高いチームの中で、田中がレギュラーを獲れるかどうかはわからないが、小柄でも通用するというスクラムハーフの特性を活かして、活躍する姿を見たいところだ。
ちなみに田中の身長は166cmである。
パナソニックはシーズン前に田中をニュージーランドに送り込んでいる。
ニュージーランド州代表選手権・ITMカップに参加するオタゴ代表として田中は全試合に出場した。
その活躍が認められて、田中はハイランダーズ入りを果たしたわけだ。
もちろん、パナソニックも田中の挑戦を支援し、今回の快挙を誇りに思っているだろう。
だが、パナソニックにとってみれば、この時期に選手を海外に送るということは、シーズンにその選手を欠いてしまうということなのだ。
当然のことながら、トップリーグの公式戦に田中が出場することはできない。
しかも、パナソニックは田中だけではなく、フッカーの堀江翔太もニュージーランドに送り込んだのだ。
大事なシーズンにフッカーとスクラムハーフという重要なポジションのレギュラーを欠くことがわかっていても、パナソニックは選手の海外挑戦を容認している。
翻ってみて、日本プロ野球(NPB)はどうだろう。
先日のドラフト会議で、メジャー挑戦を表明していた大谷翔平(花巻東高)を、北海道日本ハム・ファイターズが強行指名した。
もちろん、日本ハムにとって大谷はぜひとも欲しい選手だったからこそ指名したわけで、しかもルールに則っている限り、非難されることではない。
問題は、選手の海外流出を阻止するために設けられた、時代錯誤のルールだ。
現行のルールでは、
「NPBのドラフト指名を拒否し、海外でプレーした選手は、高校卒業では3年間、大学卒および社会人の場合は2年間、NPBでプレーできない」
となっている。
まったく、誰がこんな因循姑息なルールを考え出したのか。
ケツの穴が小さいことおびただしい。
選手の海外流出を阻止したい気持ちはわかるが、全く身勝手なルールと言わざるを得ない。
このルールは信念に基づいて成立したのではなく、NPBが既得権利を守るための全くの手前勝手な都合によるものである。
2008年、社会人の有望投手だった田澤純一がドラフト前にメジャー挑戦を表明して、NPBがそれを阻止せんと慌てて作られたのがこのルールだ。
田澤のケースがきっかけになったため、このルールは俗に「田澤ルール」と呼ばれている。
こんなアホ丸出しのルールに自分の名前が使われるとは、田澤にとってもいい迷惑だろう。
前述したラグビーや、あるいはサッカーでも海外で活躍する選手は日本にとっても大歓迎のムードなのに、なぜ野球では海外挑戦する選手を犯罪人扱いするのだろうか。
海外で活躍した、あるいは腕を磨いた選手が日本に戻ってきてプレーすることは、間違いなくNPBも活性化に繋がるはずなのだが、NPBの重鎮連中はそんなことはこれっぽっちも思っていないらしい。
NPBの関係者は、80年近くもの歴史を持つ日本プロ野球にプライドを持っていないのだろうか。
選手が海外流出すると、損をしてしまうというセコイ考えしか持っていない。
いや、危機感を持つのはいい。
本当の意味で、NPBは危機感を持っていないと思えるから。
ただ、その危機感の持ち方が、あさっての方向なのだ。
NPBが持つべき危機感とは、他のスポーツや娯楽に負けてしまうという、野球人気そのものの低下である。
それを防ぐためには、野球という素晴らしいスポーツを普及させることが大前提なのに、そんな努力をNPBがしているようには思えない。
むしろ、選手の海外流出を姑息な手段で妨害するのは、野球の普及を阻害している行為である。
有望な野球選手が他のスポーツに獲られることは由々しき問題だが、海外に挑戦する選手がいることはNPBの活性化に繋がると、なぜ考えないのだろう。
野球をする子供たちが、NPBの他にMLBという選択肢が増えることは、喜ぶべきことであって決して悲観するべきことではない。
そんなに有望選手の海外流出が嫌なのなら、なぜもっとNPBを魅力ある世界にしようとしないのだろうか。
有力選手がMLBを目指すのは、NPBよりもMLBの方に魅力を感じているからに他ならない。
NPBはいつまでもエクスパンション(球団拡張)を行わず、12球団制に固執するセコイ商売をやっているどころか、2004年には1リーグ制に縮小するというバカげたことを実行しようとした。
球界改革は遅々として進まないのに、こういう球界を衰退させる改悪にはまっしぐらに突き進む。
結局はファンという最大のスポンサーにソッポを向かれ、1リーグ制は回避されたが、その時の教訓は何も得ていないらしい。
そうでもなければ「田澤ルール」などというバカげたルールを考え出せるわけがない。
日曜朝の全国ネットの番組で、「安打製造機」と呼ばれた偉大な元プロ野球選手が、今回の日本ハムによる大谷のドラフト指名に関して「あっぱれ!」と言っていた。
さらに、この「田澤ルール」は絶対必要、と力説していた。
名球会に名を連ねる「安打製造機」氏が、この程度の認識である。
「安打製造機」氏は、「田澤ルールを非難するのは野球を知らない人」とご高説を述べられていたが、だったら「安打製造機」氏は野球しか知らない、世界はおろか世間すら全く無知の御仁と言わざるを得ない。
ちなみにこの「安打製造機」氏、球界再編騒動の時は1リーグ推進派だった。
理由は、
「選手の給料はオーナーが払っている。そのオーナーが困っているのだから球団削減は当然」
というものだった。
どうやら「安打製造機」氏は、選手の給料はファンから出ているという認識は全くないらしい。
なるほど、「安打製造機」氏は、ファンではなくオーナー(あるいは親会社?)のために野球をやっていたわけだ。
だったら、日曜朝の番組でトンチンカンな「喝!」だの「あっぱれ!」だのを言い続けている理由もよくわかる。
まあ、そのトンチンカンさが面白いのだが、「安打製造機」氏は、自分が世間からバカにされていることを全く気付いていないようだ。
NPBのコミッショナーやオーナー連中も、「安打製造機」氏と同じような認識なのだろう。
でもなければ「田澤ルール」など作るわけはないし、WBC参加問題であれほどの大失態を犯すはずもない。
80年近くもの歴史があるNPBは、日本のプロスポーツの模範にならなくてはならないのだが、その認識とプライドが経営者や選手OBを含めたNPBのトップ連中にあるのだろうか。
現状では、球界のトップが国際オンチである以上、日本プロスポーツ界のお荷物に成り下がると言わざるを得ない。
話は逸れてしまったが、スーパーラグビーで大柄な外国人のフォワードを巧みに操る、田中のスクラムハーフぶりを見てみたいものだ。
今やスポーツは、グローバルな方向に進んでいることを、田中に示して欲しい。