先週、ある方から突然依頼を受けた。
野球のスコアブックを付ける仕事をしてくれないか、と。
こちとら今季の阪神戦のスコアを付けている身なので、時間さえ合えば全く問題ない。
なにしろ過去にこんな日記を書いたぐらいだ↓
http://d.hatena.ne.jp/aigawa2007/20081124/1227550685
僕にとってはお安い御用、お茶の子さいさいである。
二つ返事でこの依頼を引き受けると、担当者からそちらに連絡が行きますから、と先方は言った。
そして、その担当者から連絡がきた。
しかし、詳しい話を聞くと、顔が真っ青になった。
要するに、公式記録員になってくれ、という話である。
公式記録員なんてやったこともない。
週刊ベースボールのボールパーク共和国で「非公式記憶員」にはなったことがあるが。
公式記録員は、単にスコアブックを付けるのとはわけが違う。
ヒット、エラー、野選などの判断をし、公式記録を計算して連盟に報告しなければならない。
個人やチームの参考データとは全く違うのだ。
言ってみれば、僕の判断によって選手の個人成績などが全て決まってしまう。
あまりにも荷が重すぎる仕事だ。
依頼主は、関西独立リーグ。
このリーグとの因縁はこちらに書いている↓
http://d.hatena.ne.jp/aigawa2007/20090522
曲がりなりにも、プロ野球のリーグである。
僕の判定がプロ野球の公式記録として残るのだ。
場合によっては選手の未来も左右しかねない。
しかも、公式記録員はスコアをとるだけでなく、記録の集計もしなければならない。
野球というスポーツは、個人記録が全てを決める。
プレッシャーがかからないわけがない。
ぶっつけ本番ではあまりにもリスキーなので、下見をさせてください、と担当者に頼み込んだ。
担当者はこの申し出を快く受け入れてくれて、下見をすることができた。
場所は大阪府大東市にある龍間グラウンド。
大阪府と奈良県の府県境にある球場だ。
生駒山上の阪奈道路沿いにあるのだが、実にヘンピな場所にある。
最寄駅からは遠く離れていて、バスは一応通じているのだが、1時間に1本程度。
したがって車で行くのが無難だが、その際でも阪奈道路は上りと下りで完全に分離されているので、大阪側からしか入場できない。
僕の場合は大阪側からなので苦労はないが、帰りは一旦奈良行きの道路に出て、Uターンしなければならない。
ようやく球場に辿り着いて、試合に備えた。
今日は単なる下見だし、正式な公式記録員がいるので気楽な立場である。
持参したスコアブックを付けながら、関西独立リーグのやり方を覚えればいいや、ぐらいに考えていた。
しかし、実際は大違いだった。
この日は大阪ゴールドビリケーンズ×明石レッドソルジャーズの対戦だったが、大阪が勝てば前期優勝が決まる。
そのため、大手新聞社からも記者が取材に来ている。
その大手新聞社に載る公式記録を、今日の公式記録員は判定しなければならない。
NPB(日本プロ野球機構)におけるBISのようなものだ。
NPBから各マスコミに送られる公式記録は、全て公式記録員が記録したデータが発表される。
今日の公式記録員は女性だったが、
「どうか、ややこしいプレーが起こりませんように」
と祈っていた。
だが、野球の神様ほどロクでもない神はいない。
スコアブックを付けていて、一番ややこしいのはエラーが絡んだプレーである。
NPBの守備レベルは非常に高く、ややこしいプレーはメッタに起こらないのだが、悲しいかな関西独立リーグでは「メッタ」がよくある。
このことは担当者からは事前に聞かされており、イヤ〜な予感はしていた。
そのイヤ〜な予感は初回にいきなり的中した。
1回裏、大阪の攻撃で1、2番が連続ヒット、3番が送りバント。
ピッチャーがボールを捕って3塁へ送球、ところが悪送球になって2塁ランナーは一気に生還した。
2塁ランナーが生還したのは悪送球によるもので問題ないが、問題は悪送球がなければ3塁はアウトになったか否か、である。
実に微妙なタイミングで、アウトと判断されればエラー、セーフと判断されれば野手選択となる。
エラーと野手選択では、自責点に大きく影響する。
僕と公式記録員、そして場内アナウンサーの方とも相談して、このプレーは犠打野選、悪送球による失点ということにした。
この失点はエラーによるものだから自責点は付かないのだが、その後の失点は自責点になるか否かが混乱した。
またその後、大阪は気持ちよく打ってくれて次から次へと点が入り、この回一挙6点。
ますます自責点の計算がややこしくなった。
この自責点については試合後に検証しましょうと、公式記録員と相談して、この問題は後回しにした。
しかし、よく考えれば、野手選択に関してはこちらで既に検証済みだった↓
http://d.hatena.ne.jp/aigawa2007/20090505/1241528343
もう一度簡単におさらいすると、野手選択とはエラーと違って守備のミスプレーではないのだから、野手選択によって生きた走者は全て自責点の対象になるということ。
したがって、最初の点はピッチャーが悪送球(エラー)したものなので自責点にはならないが、それ以外の走者はエラーではなく野手選択で生きたものなので、自責点の対象となる。
こんなことを気にしながらも、目の前のゲームを追わなければならない。
できれば試合中でも記録の集計をしたいが、そんな余裕はない。
いっときも目は離せないのだ。
目を離した隙にプレーが始まっていることもある。
今日のように二人がスコアをとっていれば確認することも可能だが、一人の場合はそうはいかない。
下見に来ておいてよかった。
もしぶっつけ本番で、一人で公式記録員をしていたら、間違いなく混乱していただろう。
試合終了。
大阪が9対0で圧勝して、前期優勝が決まった。
写真でもわかるように放送席はバックネットの真下である。
こんな席から野球を見るのは初めてだったが、そんな余韻に浸っている暇もなく、すぐに記録の集計にとりかかった。
実際にスコアを付けるより、記録の集計の方がずっと煩わしい。
数字を間違うと記録は全て無駄なものになってしまう。
しかも、この煩雑な作業を試合終了後1時間以内に済まさなければならない。
記事を書く方がずっと楽だ。
公式記録員の方と数字を照らし合わせ、なんとか集計を済ませた。
今日の僕は責任のない立場だったが、次回は僕一人でこなさなければならない。
考えただけでも気が重い。
それでも、この仕事ならではの楽しみもあった。
試合前、放送席に一人の男が声をかけてきた。
背番号5、あれは大阪の監督の村上隆行さんじゃん。
近鉄バファローズの主軸打者として活躍した人である。
球審が放送席に選手交代を告げに来る。
パ・リーグ審判員だった前田亨さん!?
大阪の1番打者、平下がバッターボックスに入る。
コーチ兼任の平下って、元阪神の平下晃司!?
僕が藤波辰爾なら
「お前、平下だろう!」
と叫んでいるところだ。
明石のリリーフに前田勝宏という投手がマウンドに立った。
前田勝宏?
どこかで聞いたことがある名前だな。
あ、西武からメジャーを目指した、あの剛速球投手か!
渡米するとき、外国人記者から「なぜ金髪なのですか?」と質問され、「アメリカが好きだから」と答えた、あの前田!
考えてみれば、吉田えりちゃんよりも、こっちの方がよっぽど野球ファンを唸らせる人材が揃っているのかも知れない。