八月の初め、例年通り甲子園上空では「野球神様会議」が開かれた。
今年初めてこの会議に出席する神様Aと神様Bは緊張していた。
神議長「さて、今年も甲子園出場校が出揃ったが、どのチームを優勝させようかな」
神A「今年は特定性問題もあったし、久しぶりに公立校を優勝させては?」
神B「それなら、佐賀県立佐賀北高校なんてどうでしょう?佐賀県はここのところ、クロスロードIN鳥栖(注)なんてイベントもやっていますし、レベルが上がっていますよ」
神議長「たしかに公立校が優勝するのが理想的だが、最近は人間どもも高校野球の名勝負は我々『野球の神様』が仕組んだものと思っておるからのう」
神A「去年夏の決勝戦、早稲田実×駒大苫小牧の延長15回引き分け再試合だって、『高校野球神様八百長疑惑』なんて『週刊現在』が大スクープしましたからねえ」
神議長「まったく、あのすっぱ抜きは冷や汗ものじゃった。『週刊現在』はどれだけ神をスクープすれば気が済むのかのう。それはともかく、佐賀北を優勝させるのはあからさま過ぎるので、準優勝させるというのはどうじゃろう」
神B「さすが議長。準優勝でも高校野球ファンは充分納得しますよ。優勝校は名門私学にしましょう。決勝戦で公立校が悲劇的な負け方をすれば完璧」
神A「だったら、広陵あたりはどうですか?春は三度優勝していても夏の優勝はないし、ここらで夏の優勝を経験させては?アニキ金本も喜びますよ」
神議長「うむ、大変良い案じゃ。優勝:広陵、準優勝:佐賀北で行こう。決勝戦までのドラマ作りも忘れるなよ」
神A「広陵には初戦で前回準優勝校の駒大苫小牧に9回逆転勝ちなんてのはどうですか?さらに準決勝あたりでセンバツ優勝の常葉菊川を倒すなんていう」
神B「佐賀北には延長15回引き分け再試合を経験させましょう。そして優勝候補の帝京にも延長戦でサヨナラ勝ちなんてミラクルも起こしては?」
神議長「うむ、わしも良い部下を持った。これでこの夏の甲子園も盛り上がるだろう。優勝:広陵、準優勝:佐賀北の結果を閻魔大王に報告しておけ!それから高野連の脇村会長にもな。もっともヤツは、どんな内容の大会でも大会総評で『見送り三振の多さが課題』としか言わんがな」
神議長「うむ、試合はシナリオ通りに進んでいるな。広陵が先制、さらに追加点のチャンスがあるも、ヒット性の当たりがことごとく野手の正面をつく。内容では広陵が一方的ながら、点差はなかなか開かない」
神A「普通なら5点差ぐらい開いているのに、まだ2点差。どうです、この歓声。佐賀北応援団以外のスタンドも、みんな公立校の佐賀北を応援してますよ。じゃあここでちょっと悪戯して、広陵に2点ほどあげましょうか。リリーフした久保投手の今大会初失点です」
神議長「これまで淡々と投げていた広陵の野村投手が突如乱れて一死満塁。ここできわどい球をボールと判定されて押し出し四球、1−4と三点差に縮まってなおも一死満塁。ここらで犠牲フライで二点差に縮めて、九回裏の攻防でさらに盛り上げようか」
神A「それがいいですね。副島選手が打ちましたよ。予定通り犠牲フライ。……え、ええー?逆転満塁ホームラン!?ど、どうなってるんですか!シナリオがメチャクチャですよ!!」
神B「決勝戦の終盤八回裏、3点ビハインドで逆転満塁ホームランなんて、またもや神様ヤラセ疑惑が持ち上がります!こんなベタな展開、水島新司だって描きませんよ!第一、閻魔大王が許しません!」
試合は九回表、広陵が反撃を試みるも、一か八かの走塁が失敗に終わり、佐賀北が初優勝の栄冠に輝いた。
神A「どうするんですか、議長。我々は閻魔大王に報告したことと反することをしたんですよ」
神議長「それでいいんじゃ。彼らは我々神が描いたシナリオ以上のことをしたんじゃよ。去年夏の早実×駒大苫小牧、'98年夏の横浜×PL学園、'89年春の東邦×上宮、'79年夏の箕島×星稜などは、全て神が作ったシナリオを無視して選手たちが作ったドラマじゃ」
神B「ええ!?じゃあ我々が作っていたと思っていたドラマ、実は選手たちが作っていたんですか!?」
神議長「その通りじゃ。人間どもは我々神から見れば愚かな生物に見えるが、時には我々神の想像をも超えることをしでかす。そのことは閻魔大王もわかっておられる」
神A「そうか、人間は神をも超えることがあるのですね。勉強になりました。神に一歩近づけた気がします」
神B「お前は今でも一応、神やで」
今年の夏の甲子園は終わりました。
来年の高校球児たちは、「野球の神様」の想像を超える、どんなドラマを見せてくれるのでしょうか。
(注)クロスロードIN鳥栖
九州地区のレベルアップを図り、佐賀県鳥栖市を中心に春季大会以降に練習試合を開催する試み。
1993年に発足し、現在では九州のみならず、中国、四国のチームも参加している。
奇しくも発足した翌年の'94年、佐賀商が夏の甲子園で佐賀県勢として甲子園初制覇を飾っている。