テレビ東京系「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」という番組がある。
メイン・パーソナリティが太川陽介と蛭子能収、そしてマドンナと呼ばれる女性ゲストを加えた3人で路線バスを乗り継いで行くという、一種の旅番組だ。
「土曜日スペシャル」という枠の番組で、毎週放送しているわけではなく、年に数回しかない。
筆者が近年で、最も好きなテレビ番組である。
土曜日の新聞テレビ欄で、この番組名を見つけるとワクワクしたものだ。
そして毎回、まずハズレがない。
番組の趣旨は、スタッフが示したスタート地点からゴール地点まで、3人が3泊4日で路線バスを乗り継いで行くというものだ。
しかし、そこには基本的なルールがあって、それは以下の通り。
●路線バス以外の交通手段、高速バス、鉄道、タクシー、飛行機、船、自転車、ヒッチハイク等は禁止。コミュニティ・バスや送迎バスはOK
●スマホなどインターネットでバス路線を調べるのは禁止。紙の地図や時刻表で調べたり、案内所および運転手や一般の人に尋ねるのはOK
●宿泊施設の確保や撮影交渉は、出演者が自ら行わなければならない
かなりガチな旅で、路線バスが繋がらない場合は、出演者は歩いての移動を強いられる。
当然、ゴールまで辿り着けずに番組終了となることも多々ある。
また、時間との勝負となるので、せっかくの名所を通り過ぎることも珍しくはない。
ゴールに辿り着けないわ、名所に立ち寄らないわでは、旅番組としては失格だ。
ところが、このガチさが視聴者にはウケた。
今やテレ東にとってドル箱番組である。
他局でも類似の路線バス番組があるが、面白さではテレ東のこの番組が圧倒していると言っても過言ではない。
もちろん、成功するかしないかのスリリングな場面もあるが、場合によっては乗り継ぎが予想以上に上手くいって、制限時間よりも遥かに早くゴールしてしまうこともある。
それでも、この番組は面白い。
面白いのは、旅のガチさだけではなく、出演者のやり取りにもあるだろう。
常に地図とニラメッコして懸命にルートを探すリーダーの太川陽介と、いつもマイペースの蛭子能収との対比、そしてバス旅の過酷さを知らないマドンナの天然ボケがいい具合に作用している。
さらに、キートン山田の絶妙なナレーションも聴き逃せない。
蛭子能収のあまりの我がままぶりに、太川陽介がマジギレずる場面も何度かあった。
他局のクイズ番組に出演した太川陽介が、司会者から「優勝したら(褒美の)海外旅行は蛭子さんと行きますか?」と訊かれたら「絶対にイヤですよ!」と答えていたぐらいである。
蛭子能収は魚が嫌いで、その土地でしか味わえないせっかくの名物海産料理には目もくれず、トンカツとかオムライスとか(お子ちゃま味覚)、その辺の食堂でも食える物ばかりを注文するなど、これも旅番組では有り得ない。
でも、それもひっくるめて、この番組の魅力だったのだ。
そして最大のヒットは、路線バスに目を付けたということだ。
鉄道番組ならば、世に鉄ちゃん・鉄子は多いので、鉄道を乗り継ぐ人は珍しくない。
しかし、路線バスを乗り継ぐ人はあまりいないだろう。
普通、路線バスというのは、鉄道駅に行くまで、あるいは鉄道駅から帰るまでの交通機関に過ぎない。
路線バスとは、あくまでも補助的な交通手段だ。
鉄道ならば地図に載っているが、バス路線を地図で探すのは難しい。
しかも、路線バスでは乗り換えができないことが多々ある。
路線バスでは、名所に行かないことも多い。
名所ならば、大抵は鉄道で行けるからだ。
むしろ路線バスは、生活のために機能していることが多いのである。
前述したように、この番組では名所を通り過ぎてしまうことも多いが、それ以上に生活感を滲み出す人との触れ合いの方がずっと魅力的だ。
田舎風景はどこでも同じように見えるが、雰囲気はその地域によって絶対に違う。
名所を見て回るよりも、その方が日本の原風景を実感できる。
それが、バスの車窓から伝わってくるのである。
話は変わるが、最近の外国人観光客は、ガイドブックに載っているような名所よりも、日本人が普通に暮らしている街に行きたい人が多いそうだ。
観光地化されている場所よりも、本当の日本を知りたい、というわけである。
田舎に行くと、バスが繋がらない。
特に県境近くになると山がそびえているうえ、県によってバス会社が変わってしまうので、県を跨ぐ路線バスは稀なのである。
バスが繋がらなければ、出演者たちは何kmもの道のりを次の県のバス停まで歩かなければならない。
しかも、そのほとんどが峠越えだ。
ここに、この番組の過酷さがある。
案内所に行くと、バス路線について詳しく教えてくれたり、他社のバス路線まで電話で尋ねたりしてくれるが、案内所があるのは大きな鉄道駅か、バス・ターミナルぐらい。
田舎に行くと、地元の人に尋ねるしかない。
地元の人は、あやふやな情報ながらも親切に教えてくれる。
その人情に触れるのも、この番組の魅力だ。
さらに、田舎の路線バスは1日に数本しか走っていないことも珍しくはない。
乗り継ぎ時間が上手くいかなければ、店もない場所で何時間も待ちぼうけなんてこともある。
そういうこともあるから、1本のバスを逃してしまうと命取りになるのだ。
時間に余裕があれば名所に行くこともあるが、そうでなければバスの時間を優先する理由がわかるだろう。
逆に都会では、バスの本数こそ多いものの、鉄道網が発達しているので長距離バスはなかなかなくて、細切れの移動となってしまう。
この番組が始まったのは2007年。
つまり、今年(2017年)で10年目を迎えたわけだ。
そして、この番組を通して日本の問題点が浮かび上がってくる。
田舎に行って、土地の人にバス路線を尋ねると、
「あそこまで行けばバスが通ってるよ」
と教えてくれる。
ところが、そこまで行くとバス路線は既に廃止となっているのだ。
そういうケースが多くなってきた。
太川陽介は、バス路線に困った時のコツとして、
「病院を探せばいい」
と語っている。
病院には大抵コミュニティ・バスが通っているので、そこからバス路線が繋がる可能性が高い、というわけだ。
10年前に比べて廃止路線が多くなった現実と、病院がコミュニティの場になった現実。
これは、日本の過疎化および高齢化以外の何物でもない。
もはや日本は、田舎では暮らしていくことは困難になり、唯一の公共機関は病院となってしまっているのだ。
路線バスに代わって登場したコミュニティ・バスも、マイクロバスというよりは単なるワゴン車になっていることも珍しくはない。
それでも、ワゴン車があるだけでもマシだ。
日常の食料品だって、田舎からは商店が無くなり、大手スーパーがある市街地に行かなければ買い物すらできない。
元々は鉄道路線が無い田舎、路線バスも無くなって、マイカーがある人なら何とかなるが、そうでない人はどうする?
しかも現代では、高齢者のドライバーによる事故が多発しているので、高齢者に車の運転をさせるな!なんて運動も起こっている。
過疎化・高齢化した田舎は、路線バスが廃止になり、車の運転すらままならず、ますます暮らしにくくなっているのだ。
生き延びたければ、便利だが物価の高い都会に出て来い、ということなのだろうか。
こうして一極集中化が加速するという、負のスパイラルだ。
それが、この番組を通してよく見えてくるのである。
2017年1月2日の放送をもって、太川陽介と蛭子能収は卒業した。
この二人の迷コンビが見られなくなるのは残念だが、次のパーソナリティは路線バスでどんなドラマを魅せてくれるのだろうか。