ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

シュマーク

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今、プロレスがブームを迎えているらしい。

特に新日本プロレスが好調で、21世紀初頭から続く暗黒時代から脱し、会場は満員の盛況のようだ(冒頭の写真は新日本プロレスではなく、今年7月のドラゴン・ゲート神戸大会)。

スポーツ総合誌「Number」では14年ぶりにプロレス特集を、新日本プロレスに絞って掲載した。

バラエティ番組でも、新日本プロレスの現役レスラーや、あるいは元レスラーが出演することが多い。

まるで80年代の黄金時代のようだ。

 

だが、本当にそうだろうか。

新日本プロレスは確かに活況を呈しているが、ライバルの全日本プロレスや、プロレス暗黒時代に頑張っていたプロレスリング・ノア地盤沈下が目立つ。

つまり、プロレス界全体としては不景気のままだとも言える。

そう思える出来事が、先日あった。

 

90年代以降でプロレス界最大のスターである武藤敬司の愛娘で、現在は中学三年生の武藤愛莉がテレビでこんなことを言っていた。

「クラスメイトで、プロレスなんて言葉を知っている人はいません」

 

なんと、プロレスの存在すら知らない中学生ばかりというのである。

まあ今のご時世、Jリーグですら小学生の3割も知らないというのだから仕方ないのかも知れないが、この言葉はあまりにもショッキングだった。

かつてのプロレス・ブームの頃は、ファンも大勢いた半面、アンチも少なからず存在したものである。

「プロレスなんて大嫌い」「プロレスなんてインチキ」「野蛮なので見たくもない」などなど。

そんな声に対し、プロレス・ファンはムキになって反論していた。

「プロレスほど激しくて、熱くなるスポーツはないんだぞ!」

と。

 

ブームの裏側には必ずアンチがいるものだが、現在では「嫌い」とか「見ない」ではなく、プロレスそのものを「知らない」というのである。

これではプロレス・ファンも、反論のしようがない。

つまり、クラスメイトは武藤愛莉の父親のことをプロレスラーとは知らず「テレビによく出てる人」という程度の認識しかないのだ。

他のテレビに出ているレスラーのことだって「ガタイのいい人」「滑舌の悪い人」ぐらいにしか思っていないのだろう。

 

かつては、プロレスがメジャー・スポーツ、アマレスはマイナー・スポーツだったが、現在では全く逆だ。

アマレスの吉田沙保里浜口京子は日本人なら誰でも知っているが、新日本プロレスの「総選挙」で1,2位に選ばれた棚橋弘至と中邑真輔は、残念ながらプロレス・ファン以外では全く知られていない。

「そんなことはない!棚橋や中邑を知らない日本人がいるものか!」とプロレス・ファンは色めき立つだろうが、悲しいかなこれが現実である。

これではとても「プロレス・ブームの再燃」とは言えない。

 

現在、地上波でプロレス中継を行っているのは新日本プロレスだけだが、時間帯はなんと深夜3時頃から僅か30分のみ。

こんな時間、普通の子供は熟睡中、ガリ勉君は勉強中、悪い子は街を闊歩しているだろう。

とても子供がプロレスを見ることはできない。

もちろん、CS放送では新日本プロレスに限らず他団体でもプロレス中継をしているが、こちらは有料なのでプロレス好きでないと見ないだろう。

しかも、地方では3週間遅れぐらい平気だ。

これでは子供がプロレスの存在を知らなくて当たり前である。

 

今はプロレス人気復活と言っても、黄金時代には遠く及ばない。

数年前の暗黒時代が黄金時代の1/10としたら、現在は倍になったとしても1/5程度というところか。

その元凶を作ったのは、村松友視ターザン山本山本隆司)だと思う。

 

村松友視と言えば後に直木賞まで受賞した作家だが、有名になったのは「私、プロレスの味方です(角川文庫)」を出版してからだ。

村松友視はこの本で「プロレスはクソ真面目に見なければならない」と主張し、特にアントニオ猪木のファイトを「過激なプロレス」と持ち上げ、ライバルだったジャイアント馬場のことを生ぬるい「プロレス内プロレス」と貶めたのである。

さらに、異種格闘技戦に心酔した村松友視は、猪木こそが世界最強の格闘家だという論を展開した。

 

こうして、多くの猪木信者を生み出し、80年代の新日本プロレス・ブームに火を点けたのである。

この時代、プロレス・ブームと言うよりも新日本プロレス・ブームだったのだ。

当時は馬場の全日本プロレス、猪木の新日本プロレスラッシャー木村をエースとする国際プロレス3団体時代だったが、このうち国際プロレスは早々と脱落、全日本プロレス新日本プロレスに押されっぱなしでゴールデン・タイムのテレビ中継から撤退していた。

一方の新日本プロレスは全国どこへ行っても超満員、テレビ中継でもゴールデン・タイムで常に視聴率20%超えで、我が世を謳歌していたのである。

 

「過激なプロレスを見るには、ファンも過激にならなくてはならない」という村松友視の主張通りに、猪木信者、あるいは新日信者たちは「過激なファン」になった。

猪木のプロレス、あるいは新日のプロレス以外は認めず、マニアックなファンになる。

今でいうオタクなファンを生み出し、プロレスを無邪気に楽しむなんてことは許されず、血眼になってプロレスの真髄を確かめようとしたのだ。

もっとも、その「真髄」とやらは全くの虚像でしかなかったのだが……、それは後述しよう。

 

ただ、この時代が救われたのは、ライバルの全日本プロレスが「明るく楽しいプロレス」を打ち出し、なんとか対抗したことだ。

全日本プロレスには「過激なファン」は存在せず、ノンビリとプロレスを楽しんでいたのである。

さらに、全日本プロレス新日本プロレスも毎週テレビで定期放送していたので、両団体に関係なく無邪気にプロレスを楽しむ視聴者も多かったのだ。

新日本プロレスアントニオ猪木、藤浪辰巳(現:辰爾)、長州力タイガーマスク全日本プロレスジャイアント馬場ジャンボ鶴田などは、日本人なら誰でも知っていたのである。

この頃のプロレスは、アンチがあったにせよ、多くの日本人が楽しんでいたのだ。

しかし、プロレス・ファンのマニア化を推し進めたのがターザン山本である。

 

週刊プロレスの編集長だったターザン山本は、主観的な記事を書きまくって週プロを業界一の売り上げに押し上げた。

ターザン山本は自分が気に入った団体やレスラーを持ち上げ、その対抗勢力は徹底的に批判したのである。

猪木派だったターザン山本は、馬場にすり寄ることにも成功し、全日本プロレスが選手の大量離脱で瀕死の状態に陥ったときは、馬場から報酬を貰って、全日から選手を引き抜いた新団体SWSを徹底的にこき下ろした。

おかげで、メガネスーパーという大資本を背景に設立されたSWSは僅か2年で崩壊、プロレス界に大企業が参入するチャンスを永遠に失ったのである。

かくして、プロレスはマイナー・スポーツに成り下がった。

しかし、当時の多くのファンは、そのことに気付いていない。

おそらく、ターザン山本もそうだっただろう。

だが、ターザン山本はSWSを自らの手で潰したことを自画自賛した。

ターザン山本の手腕は村松友視の比ではなく、自分こそが正しい、自分に逆らうものはプロレス界から消え去れ、と言わんばかりだったのである。

 

SWSが崩壊した92年ごろ、ターザン山本は自らの名前を隠して「ミスターX」というクレジットで「プロレス入門・最新版(ポケットブック社)」という本を上梓している。

名前は隠しているが、誰が書いたのかは一目瞭然だ。

週刊プロレス週刊ゴング週刊ファイトの3誌を毎週買うのが理想だが、主観的な記事で読み応えのある週プロだけは毎週買った方がいい」

などと、いけしゃあしゃあと書いているのである。

また、同じシリーズの「プロレス激動40年史の読み方(同)」では、自らがプロデュースした95年のプロレス・オールスター戦のことを、

「プロレス社会が世間と勝負できるようになった”社会運動”であり、過去に行われたプロレス・オールスター戦の中で最高の興行だった」

と自画自賛(しかも自分の名前を隠して)している。

実際には、このオールスター戦はターザン山本マスターベーションであり、ライバル誌である週刊ゴングとの対立以外には何も残らなかったのであるが。

ましてや「社会運動」など全く起こっておらず、プロレス・ファン以外にはこんな興行があったことすら知られていない。

この頃のプロレスは、東京ドームを満員にするほどの人気を誇っていたが、その一方ではオタク化が進んでいたのだ。

もちろん、テレビ中継は深夜帯に追いやられ、ゴールデン・タイムに復帰するなど夢また夢だったのである。

 

話を「プロレス入門」に戻すと、タイトルから言えばプロレス初心者にプロレスを楽しんでもらおうという趣旨のように思えるが、これがトンだ間違い。

先述したように「プロレス3誌は毎週買うべき」という主張でもわかるが、要するにプロレス・ファンになるからにはマニアになれ、と命じているのである。

「プロレス雑誌の発売日に本屋へ行くのは甘い。マニアは前日に売られている水道橋駅新宿駅などの露店へ買いに行く」

などと、初心者相手とは思えないアドバイスをしているのだ。

第一、東京在住ならそれでもいいが、地方に住んでいる人はどうするの?

 

さらに「真のマニアは後楽園ホールで生観戦する」とし「テレビ中継は遅れて放送されるので、情報価値はない」と断罪しているのだ。

後楽園ホールも当然のことながら首都圏のファンしか滅多に観に行けないが、要するに「田舎モンはプロレスを見るな」ということなのか。

そして、地方に住む人には「密航」まで勧めている。

「密航」とはターザン山本が提唱した言葉で、試合数が少なかったUWF(格闘技を主体にしたプロレス)のファンに対し、追っかけのようにどの試合会場にも出没せよ、と主張したのだ。

「入門書」なら、まずは初心者に対してテレビでのプロレス観戦を勧め、その面白さを伝えてから、地方巡業でプロレスが我が町に来た時に生観戦するようにアドバイスしそうなものだが、実際にはいきなりマニアになるように説得している。

 

ところで、プロレス界には「マーク」という隠語がある。

「マーク」とは、プロレスを真剣勝負と信じて疑わない、無邪気なファンのことだ。

力道山の昔から、プロレスはこのマーク層で成り立ってきた。

さすがに最近では、プロレスを真剣勝負だと思っているファンはほとんどいないだろうが、それでもプロレスをショーとして存分に楽しんでいる。

こういうファンがプロレス界を支えているのだろう。

 

「マーク」の対義語が「スマート」だ。

「スマート」とは、プロレスの裏を知り尽くし、アングル作りを楽しんでいる。

本当のマニアと言えるが、こういうファンは1%程度だ。

日本に多そうな気がするが、実際にはほとんど存在せず、本場アメリカのプロレス・ファンに多い。

 

そして、日本のプロレス・ファンで圧倒的に多かったのが、その中間の「シュマーク」という連中だ。

「シュマーク」とは自称マニアのことで、プロレス著書(雑誌や新聞を含む)は全て読み、プロレス・ライターの書くことを鵜呑みにし、プロレスこそが最強の格闘技と信じ込んでいるファンのことである。

まさしく、村松友視が生み出し、ターザン山本がせっせと育てたファン層だ。

要するに日本のプロレス・ファンは、訳知り顔の中途半端なマニアばかりなのである。

村松友視はサッサとプロレスから退いたが、ターザン山本はシュマーク育成に尽力した。

 

ターザン山本は前述の「プロレス激動40年史の読み方」では、プロレスのテレビ中継がゴールデン・タイムから撤退したことについて、

「現在(90年代半ば)はテレビのゴールデン・タイムは8時頃ではなく、サラリーマンは残業で帰宅できない時間なので、深夜帯にシフトしている。今の8時頃は『水戸黄門』を見る老人層であり、若者はテレビを見ることができない。だから、深夜帯にプロレス中継が移ったのは決してプロレス人気が低迷したわけではない」

と主張していた。

 

これはとんでもない論理のすり替えであり、80年代だろうが90年代だろうが、8時頃がゴールデン・タイムに変わりはない。

たしかに1990年前後はバブル景気真っ只中でサラリーマンが8時頃には帰宅できなかっただろうが、この本を書いたのはバブルが弾けた95年である。

当然、多くのサラリーマンは残業もなく、呑みに行く金もないので午後8時頃には帰宅していたに違いない。

そもそも、プロレス・ブームが沸騰していた80年代だって、モーレツ社員が残業に汗を流していた頃だ。

つまり、プロレス放送がゴールデン・タイムから撤退したのは、生活様式の変化が理由ではなく、プロレス中継が視聴率の取れないコンテンツに成り下がっただけの話である。

要するに、プロレス・ファンはシュマーク層ばかりが増えて、マーク層は「一見さんはお断り」とばかりに敬遠されたのだ。

普通に考えて、テレビ中継が深夜帯に移れば、子供がプロレスを見られなくなることぐらい、火を見るよりも明らかである。

子供が見ないスポーツに、未来なんてあるだろうか。

 

さらにターザン山本は、当時のプロレス界が繁栄している証として、

「プロレスには『活字プロレス』という分野がある。『活字野球』や『活字サッカー』なんて聞いたことがない。これほどまでに、プロレスは多様化しているのだ」

と書いていた。

「活字プロレス」とはターザン山本が開拓した分野である。

「活字野球」や「活字サッカー」がないのは当たり前だ。

プロレスだけにしか存在しない、まさしくオタク文化である。

いや、「活字プロレス」なんて、日本のプロレスだけの特殊な分野だ。

プロレスの本場であるアメリカでも「活字プロレス」なんて存在しない。

要するに「シュマーク」にしか通用しないのだ。

 

さらにターザン山本は「プロレス入門」で「プロレスは最強の格闘技」と断言し、「プロレス激動40年史の読み方」では「あと10年か20年かすれば、プロレスのことを八百長やショーだと蔑む人は一人もいなくなるかも知れない」と予言している。

しかし残念ながら、これらはいずれも外れた。

 

90年代後半から総合格闘技が台頭、プロレスラーたちはこぞって惨敗し「プロレス最強論」は脆くも崩れ去ったのである。

しかも21世紀初頭には、新日本プロレスの元レフェリーであるミスター高橋が「流血の魔術 最強の演技(講談社)」を上梓したため、プロレスはあらかじめ勝敗が決まったショーであることがバラされてしまった。

ここに、プロレスの暗黒時代が始まったのである。

 

ミスター高橋に対しターザン山本は激怒し、反論本を何冊も書いた。

「こんな本が売れるわけがない。売れなければ書いた意味は何もない」「あまりにも稚拙な内容」とこき下ろしたのである。

しかし実際には、ミスター高橋の著書はプロレス本としては異例の16万部という大ヒットとなり、ターザン山本の反論本は全く売れず完敗となった。

「売れなければ意味がない」ということは、要するにターザン山本の反論本は全く売れなかったのだから「全く意味はなかった」のだ。

 

しかもターザン山本は、自分の書いた本が売れないと見るや、

「あの本は、俺がミスター高橋に書かせたのだ。俺はミスター高橋に、もっと厳しい内容を書けとアドバイスした」

などと、ありもしない「事実」を吹聴した。

もちろん、ミスター高橋はこのことを否定しており、ターザン山本は赤っ恥をかく結果になった。

厚顔無恥もここに極まれり、とはこのことである。

 

当然、ターザン山本はプロレスの裏側を知っていた。

そして、頃合いを見計らってプロレスの内幕を暴露しようとしていたに違いない。

しかし、ミスター高橋に先を越されたので、怒り狂ってしまったのだ。

自分の手柄を横取りされるなど、ターザン山本にとって最も許せないことである。

もちろん「手柄の横取り」とは、ターザン山本の妄想でしかないが……。

 

ミスター高橋の進言により、プロレス界は最高のエンターテインメントとしての道を歩み出せば良かったのだが、そうはならなかった。

そして空前の格闘技ブームにより、プロレスは全く見向きもされないジャンルに成り下がったのである。

これはシュマーク層に覆われた、日本プロレス界の限界だったと言えよう。

そのシュマークを多く生み出したのが、他ならぬターザン山本だったのだ。

 

しかし、一時は一世を風靡した格闘技は飽きられ、現在は冬の時代に突入している。

変わるように、新日本プロレスが客足を伸ばしているのは喜ばしいことだ。

もはや新日ファンに、かつてのようなシュマークはいないだろう。

 

現在の新日本プロレスは、かつてのアントニオ猪木体制から離れ、カードゲーム会社の「ブシロード」が親会社となった。

ブシロード」はオタクを相手にせず、プロレスを知らない新しいファン層の獲得を目指しているという。

だからこそ、現在の新日本プロレス・ブームを生み出したのだろう。

 

かつてのプロレス経営は、シュマーク層を相手にしたものだった。

しかしそれでは、新規ファンを開拓することはできない。

そこで新日本プロレスは、発想の転換を図ったのだろう。

 

ただし、前述したとおり、今の段階ではまだまだプロレス人気が復活したとは言えない。

いかにプロレスの楽しさを一般に知らしめるかが、今後のプロレス人気に大きな影響を施すだろう。

新日本プロレスばかりが儲かってもダメで、プロレス界全体の問題と言える。

 

あらゆる業界の繁栄に「シュマーク」はいらない。