第87回選抜高等学校野球大会は3月31日に阪神甲子園球場で準決勝が行われ、敦賀気比(北信越・福井)と東海大四(北海道)が決勝戦に進出した。
特に第一試合では、敦賀気比の松本哲幣が春夏の甲子園史上初となる2打席連続満塁ホームランを放ち、大きな話題を呼んだ。
甲子園で大記録が生まれたその前日、別の高校スポーツではひっそりと、しかし前代未聞の大事件が勃発した。
だが、この゛大事件゛は、ほとんど知られていない。
高校野球に春のセンバツがあるように、他の高校スポーツでも春に選抜大会が行われる。
高校球児は春と夏の甲子園を目指すが、他の高校スポーツ選手たちは夏の全国高等学校総合体育大会(高校総体=インターハイ)以外に、春の選抜大会を目標にするわけだ。
なお、冬に行われるサッカー(いわゆる冬の国立)、バスケットボール(ウィンターカップ)、バレーボールの全国大会も、選抜大会の一環である。
ちなみに、高校ラグビーにおける冬の花園はインターハイ扱いだ。
高校野球を主催するのは日本高等学校野球連盟(高野連)だが(メディアを除く)、それ以外の高校スポーツには高野連のような組織はなく、各種スポーツの協会が主催し、全国高等学校体育連盟(高体連)が共催という形を採る場合が多い。
いわば、二つのスポーツ組織が運営しているわけだ。
高校ハンドボールもその一つである。
冒頭に書いた”前代未聞の大事件”とは、3月30日まで行われていた第38回全国高等学校ハンドボール選抜大会でのことだ。
3月30日、男子の浦和学院(埼玉)と北陸(福井)との決勝戦、前半が終了した時点で突然、試合中止が宣告されたのである。
乱闘事件や不祥事が起こったわけでもないのに、一体何があったのか?
話は3月28日に遡る。
この日の準々決勝で浦添(沖縄)と法政二(神奈川)が対戦し、浦添が34-33で勝って準決勝に進出した。
ところがこの試合で、ハーフタイムの時に法政二の阿部直人監督が抗議をしていたのである。
前半8分22秒、浦添の4点目のゴールが反則だったため無効という判定だったが、スコアは1点入ったことになっていた。
この件に関して、法政二の阿部監督は抗議したのである。
しかし、試合はそのまま続行され、後半は追いつ追われつの大接戦となり、最終的には1点差で法政二は敗れた。
試合後に再び法政二の阿部監督が抗議。
だが、スコアのミスが判明したものの、大会本部は協議の末、試合の成立を決定した。
つまりこの時点で、法政二の敗退は決まったのである。
しかし、ここから話がややこしくなる。
この件を日本ハンドボール協会に報告したが、返事は「検討する」というものだった。
翌29日、法政二と浦添に経過説明がなされ、裁定委員会も設置された。
だが、その日も準決勝は行われたのである。
結果、浦添は北陸に敗れ、決勝戦は北陸と、四日市工(三重)に勝った浦和学院との対戦となった。
そして30日の決勝戦で、前述のように前半終了した時点で突然、試合中止が宣告されたのである。
実は試合前、ハンドボール協会では既に試合中止を決定していたのだが、それを伝える前に試合が始まっていたので、やむなくハーフタイムまで待ったという。
協会では、浦添×法政二の延長戦を行い、その勝者が準決勝に進むと決定されていたというのだ。
しかしそんなことを、既に準決勝が終わった翌日の30日に伝えてどうしようというのだろう。
じゃあ、準決勝で勝ったチームはどうなるのか。
結局、再試合を行うのは現実的に不可能と判断され、最終決定としては決勝に進出した北陸と浦和学院を両校優勝とし、準決勝進出した浦添と四日市工、さらに”浦添に勝っていたかも知れない”法政二も3位ということになった。
しかし、こんなみっともない裁定を見たことがない。
一所懸命に闘っている選手をあまりにもバカにしている。
最も被害を受けたのは、”疑惑の試合”とは全く関係のない、決勝戦を戦った北陸と浦和学院の選手たちだ。
しかも決勝戦の試合中に、突然中止を命じられたのである。
両校優勝とはいえ、選手たちは正々堂々と試合をして栄冠を掴みとりたかったはずだ。
それを”大人の事情”によって、うやむやにされたのである。
最もいけないのは、大会運営者が毅然とした裁定を下さなかったことだ。
法政二には気の毒だが、大会運営者が一旦は試合の成立を宣した以上、延長戦だの再試合だのは有り得ないのである。
惜しむらくは前半終了時ではなく、本来無効であるはずの得点がスコアされていた時点で抗議すべきだったが、法政二の阿部監督はそれに気付かなかったかも知れない。
でも、その時点で抗議しなかったということで、法政二としては諦めざるを得なかっただろう。
とはいえ、法政二も被害者である。
現場の責任者が協会に報告した、それは当然だ。
だが、そのあとがいけない。
協会は「検討する」という答えだったが、検討も何も、準決勝は翌日に控えていたのである。
当然、準決勝の開始前に、浦添×法政二の延長戦を指示するなり、準々決勝の結果を優先させるなり、ハッキリと決断しなければならない。
それをせず、曖昧なままで準決勝を終わらせて、決勝戦の試合途中に中止を伝えるなど言語道断だ。
準決勝が行われた1日間、協会は一体なにをしていたのか。
ミスをしたのは仕方がない。
仕方がない、で済ましてしまうのもいけないが、ミスをしてしまうのもまた人間である。
その場合、ミスに関してどう対処したかが問題なのだ。
ミスがあったことを協会に報告した、それは正しい。
その場合、ミスを認めた上で、試合結果を重視して大会をそのまま行う、と判断すべきだったのだ。
もちろん、その決定には反発もあっただろう。
だが、それは仕方がない。
身から出たサビなのだから。
でも、それを認めた上で、責任を持って大会運営をすべきだった。
そうすれば、法政二だって(多少のわだかまりがあったとしても)納得したはずである。
本来なら得点ではなかったゴールを得点として試合を進めた以上、それを正式な試合として認める以外にはない。
間が悪いことに、この試合が1点差だったので問題が大きくなったのだが、だからといって選手たちは「本来は反則の1点」を正規の得点として試合をしていたはず。
「あの得点は本来なかったものだ」と考えてプレーする選手などいないのだ。
スポーツとは、その時の得点状況によって作戦が変わる。
従って「あのゴールが認められなかった場合、引き分けだった」からといって、延長戦や再試合を行うなんて全くのナンセンスなのだ。
スポーツの本質が分かっていないと言っていい。
野球を例に出して申し訳ないが、本来なら四球だったのに審判も、選手も、ベンチも全く気付かずに次の投球を行って、ホームランを打ってしまったという例がある。
この場合は、ルール上はおかしくてもホームランが優先されるのだ。
守備側にとってはエラい損だが、四球に気付かずに抗議をしなかった方が悪い。
まあ、本当だと四球だったのが、まだ相手打者が打席に立ち続けていたのは、守備側にとっては大儲けだったろうが。
つまり、本来なら四球だったのに、もし打ち取ったら万々歳である。
もちろん、逆も真なりで、本来だったら三振だったにもかかわらず、ボールカウントの間違いに誰も気付かずにホームランを打ってしまうということも起こり得る。
その場合でも、一度起こってしまったプレーは、たとえルールから外れていても、直後の抗議がない限り優先されるのが鉄則である。
今のところ、「高校ハンドボール決勝戦が中止」というニュースがネット上で賑わっている、という様相は幸い(?)見せていない。
もしこれが高校野球だったら大騒ぎとなっていただろう。
アンチ高校野球の連中が、鬼の首でも取ったかのようにハシャいでいたに違いない。
でも、ハンドボールではニュースバリューにならないと思ったのか、あるいは単なる無知なのか、「選抜大会決勝戦中止」という大事件は全くと言っていいほど話題になっていないのだ。
幸か不幸かはわからないが。
今回の件に関して、運営者側の無責任体質が浮き彫りにされた。
高校野球ならば高野連が一切の責任を持つが、今回のハンドボールについてはハンドボール協会と高体連による責任の所在が曖昧である。
今回の決定に際し、説明文が出されたのは高体連のハンドボール専門部だったが、決勝戦中止を指示したのはハンドボール協会だった。
まるで縦割り行政の、悪しき見本である。
誰も責任を取ろうとしなかったのだ。
結局、バカを見たのは選手たちだ。
北陸と浦和学院の選手たちは日本一を決める試合を妨害され、準決勝に進出した浦添の選手たちは功績をないがしろにされ、法政二の選手たちはお情けの3位賞状をもらう。
こんなことで選手たちが喜ぶとでも思っているのだろうか?
ハンドボールといえば゛中東の笛゛という認識しかないワイドショーのみなさん、今回の不可解な「高校選抜大会、決勝戦中止」を報道してはいかがだろうか。