ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

センバツ大会歌

3月21日から第86回選抜高等学校野球大会が始まる。

「春はセンバツから」という言葉があるように、センバツの開幕と共に春の訪れを実感する人も多い。

 

ところで、センバツ大会歌とはどんな歌かご存知だろうか。

「そりゃあ栄冠は君に輝くじゃないの?」

という人がいるかも知れない。

しかし、これは間違いで栄冠は君に輝く」は夏の大会のみの歌だ。

従って、春のセンバツ栄冠は君に輝くが流れることはない。

以前、春の高校バレーを放映していたフジテレビが学校紹介で栄冠は君に輝くのメロディを流していたが(現在ではどうか知らない)、この無知と馬鹿さ加減には呆れてしまう。

高校野球の夏の大会ではNHKが学校紹介で栄冠は君に輝くのメロディを流しているので猿マネをしたのだろうが、春のセンバツではNHKでも学校紹介で栄冠は君に輝くのメロディを流すことはせず、その年の入場行進曲のメロディを流している。

ちなみに、センバツでは入場行進曲が毎年変わるが、夏の大会では入場行進曲は毎年決まっている。

 

現在のセンバツ大会歌は「今ありて」である。

制定されたのは1993年(平成5年)の第65回記念大会と、歴史はかなり浅い。

それもそのはず、このセンバツ大会歌は3代目なのだ。

 

そう書くと「え、2代目じゃないの?」なんて言う高校野球ファンがいるのではないだろうか。

だが、センバツ大会歌には「幻」と呼ばれる初代大会歌があるのだ。

 

初代センバツ大会歌は「蒼空高き甲子園」(作詞:長谷川海太郎、作曲:陸軍戸山学校軍楽隊)と俗に呼ばれるもの。

この大会歌は1931年(昭和6年)の第8回大会に制定されたという、かなり古い歌である。

しかし、この大会歌はたった1回でお蔵入りとなってしまった。

 

なぜ1回のみで使用されなくなったのか?

それは「オール日本」「ヤング日本」などの敵性語が歌詞に入っていたからだ。

時は満州事変が勃発した年、対米英関係が悪化したとあって「伝統ある大日本帝国に英語の歌詞を入れるとは何事だ!」と軍部からクレームが付いたのだ。

軍部の横暴ぶりが窺い知れるが、作曲したのは陸軍なのに、その時はお咎めなしだったのだろうか?

 

そして3年後の1934年(昭和9年)の第11回大会で、2代目のセンバツ大会歌が制定される。

それがオールドファンには懐かしい、俗称「陽は舞い踊る甲子園」(作詞:薄田泣菫、作曲:陸軍戸山学校軍楽隊)である。

この歌は戦時中から戦後、平成に至るまで使用されてきたのだから、お馴染みに思うオールドファンも多いに違いない。

 

陽は舞い踊る 甲子園

若人よ 雄々しかれ

長棍痛打して

熱球カッと とぶところ

燃えよ血潮は 火の如く

ラ毎日 ラ大会

ララララ

 

しかし、詞がいかにも古めかしく、また前述のようにセンバツは入場行進曲が毎年変わるため、今ひとつ浸透しなかった。

そこで平成の世になって制定されたのが3代目センバツ大会歌「今ありて」である。

こちらは作詞:阿久悠、作曲:谷村新司というヒットメーカーが作った歌だ。

 

この歌はいわゆる詞先、即ち阿久悠が詞を書いて、その詞に沿って谷村新司が曲を作るというスタイルを採ったが、二人にはあるこだわりがあったようだ。

それは、阿久悠が作詞する際に「ああ甲子園」というフレーズを必ず入れようと考え、谷村新司は歌詞の中に「ああ甲子園」というフレーズがなければ、この話は断ろうと考えていたのである。

打ち合わせたわけでもないのに、阿久悠が書いた詞の中に「ああ甲子園」というフレーズがあったため、作業がスムーズに進んだのだ。

 

谷村新司が歌う「今ありて」


谷村新司 今ありて - YouTube

 

最後に、夏の大会歌である栄冠は君に輝くにも触れておこう。

こちらが制定されたのは戦後まもない1948年(昭和23年)の第30回記念大会でのこと。

ちょうどこの大会から学制改革により中等野球から高校野球に移行したので、歌詞を募集したのだ。

そして選ばれたのが作詞:中村道子、作曲:古関裕而栄冠は君に輝くだ。

 

だが、作曲は有名な古関裕而なのでともかく、作詞の中村道子というのに違和感を感じないだろうか。

現在の栄冠は君に輝くでは、中村道子という名前はない。

 

実は栄冠は君に輝くの作詞者は中村道子ではなく、加賀大介だったのだ。

真相は、歌詞を応募する際、プロの文筆家だった加賀大介は自らの名前を伏せて、婚約者だった中村道子の名前で応募したのだった。

しかし、1968年(昭和43年)の第50回記念大会を機にカミングアウトし、晴れて作詞:加賀大介となったのだ。

 

ところで、不思議なことに、センバツの大会歌は3代のいずれも「甲子園」という歌詞があるのに、夏の大会歌である栄冠は君に輝くには「甲子園」という歌詞が登場しない。

これはなぜなのだろう。

 


栄冠は君に輝く ~全国高等学校野球選手権大会の歌~ - YouTube

 

ひょっとすると、戦後まもないという世情が反映していたのかも知れない。

戦後、甲子園は進駐軍に接収されていた。

そのため、戦後初めての大会だった1946年(昭和21年)の夏の全国大会は、甲子園球場ではなく西宮球場で行われた。

翌春のセンバツ大会は進駐軍から甲子園を借りて行うことができたが、栄冠は君に輝くが誕生した頃の日本はまだ連合軍の占領下であり、今後も甲子園で大会が行われる確証がなかったのではないか。

 

そう考えると、大会歌も悲しい歴史を無視はできない、と思ってしまう。