ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

血液型性格診断の大嘘と大罪

世に迷信を信じている人は多い。

占い、霊能力、超能力、風水、UFOなど、いずれも根拠のないデタラメなものばかりである。

 

血液型性格診断もその一つ。

「君は几帳面だね。ひょっとして(血液型は)A型?」

「お前はズボラなヤツだ!だからB型はダメなんだ」

「あなたO型?じゃあAB型の私と相性バッチリ!」

なんて会話は誰でもしたことがあるだろう。

だが残念ながら、血液型で性格がわかるなんてことは有り得ない。

 

まあ血液型占いの場合は、インチキ宗教と違って何百万円もの詐欺被害に遭ったなんて話は聞かないし、単なる会話上の遊びなので罪はないと言えなくもないが、それでも多分に危険性ははらんでいる。

どんな危険性か、それを説明する前に、人はなぜ血液型性格診断を信じるのか、その点を探ってみよう。

 

そもそも血液型で性格が分類されるなんて信じているのは日本人か、韓国や台湾など東アジアの一部地域だけである。

もしあなたに外国人の友達が出来たとしたら、「あなたの血液型は?」なんて質問はしない方がいい。

「なぜそんなことを聞く?キミは医者か?」

「そんなヘンなことを聞くということは、ヘンな趣味を持っているに違いない」

なんて気味悪がられるのがオチだ。

だいたい外国人には、自分の血液型すら把握していない人も少なくない。

 

日本で血液型性格診断が信じられるきっかけになったのは、戦前の1932年(昭和7年)に出版された「血液型と気質(古川竹二・著)」という本である。

しかし翌1933年には、日本法医学会総会によって血液型と性格の関連性は否定された。

つまり、戦前にデタラメと判定された血液型性格診断を、戦後はおろか21世紀になった技術大国ニッポンで未だに信じられているのだから、恐ろしい話である。

戦後、日本に再び血液型性格診断ブームが起きたのは、1971年(昭和46年)に古川の支持者だった能見正比古が著した「血液型でわかる相性」という本がキッカケだ。

この本が与えた影響は大きく、平成の世になっても未だに出版されている血液型関連の本は、能見理論が元になっていると言ってよい。

もっとも、この能見理論も科学的には完全に否定されている代物であるが。

 

本だけでなく、テレビでも血液型性格診断はよく取り上げられているが、記憶に新しいのは世紀の大嘘つき番組「発掘!あるある大事典関西テレビ)」だろう。

この番組は科学的な番組として大人気だったが、血液型と性格の関連性も検証しており、実験による行動の結果を放送したりしてたので、信用した人も多かったのではないか。

ところが、この番組自体が捏造・ヤラセのオンパレードということが発覚して、番組は終了し関西テレビの信用も地に落ちてしまった。

もちろん、血液型による実験も全くのデタラメだったのである。

 

それでもなお、未だに血液型と性格は関連していると信じている人は多い。

だいたい、人の性格をたった4種類で分類するなんて乱暴すぎる。

普通に考えても、体内を流れている血と性格が関連しているなんて有り得ないことぐらいわかるのだが、なぜこんなデタラメを人は信用してしまうのだろう。

 

これは、「スキーマ」というものが関係している。

スキーマとは、認知心理学の用語で「自動的な判断」のことだ。

例えば、ツナギの作業着を着た人を見れば、誰でも肉体労働者だと思うだろう。

でも実は、普段はネクタイを締めてCAD(設計用のパソコンソフト)を相手にしている設計者が、不具合を確かめるために作業着を着て現場視察をしているのかも知れない。

ところが大抵の人は、そこまでは考えが回らないのである。

人間というのは、過去の経験に照らし合わせて、ある意味ステレオタイプ的に判断するものだ。

そこには論理的思考が入り込むことはなく、思い込みの激しい人は特にその傾向が顕著だといえる。

 

血液型で言えば、「A型の人は几帳面」というスキーマが脳の中にできてしまうと、それ以外の情報は遮断される。

そのA型の人がいかにズボラでも、その情報は無視して、ちょっとでも几帳面な行動をすると「ほら、やっぱりあの人はA型だ」と納得してしまう。

たとえ9割がズボラで、1割が几帳面だとしても、A型という理由だけでその1割の方を信じてしまうのだ。

いわば、自分で自分をマインドコントロールしているようなものである。

要するにこういう人は、批判的精神がなく、暗示されやすく、権威に弱いのだ。

つまり、思考能力の欠如と言える。

血液型性格診断を信じている人は、詐欺被害に遭わないように気を付けた方がいい。

 

血液型性格診断を信じている人は、やはり女性が多い。

僕の周りにも、そんな女性がいた。

ところがこの女性、血液型だけでなく占いや霊能力、風水など、なんでも信じているのだから始末が悪い。

血液型性格診断の大嘘を教えてあげようとしたのだが、

「アンタなんかに何がわかるの!?」

とヒステリックに逆ギレされるのだから、取り付く島もない。

思い込みの激しい女性の典型的な症状である。

この女には何を言っても無駄だなとは思いつつ、彼女に質問してみた。

 

「じゃあなぜ、O型とAB型との間にできた子供に、O型やAB型がいないのかわかる?」

彼女はたいそうビックリした様子で、聞き返してきた。

「え!?O型とAB型の間に、O型やAB型の子供は生まれないの??」

「そうだよ。O型とAB型の間に生まれるのは、A型かB型の子供だけだ」

「えー!父親か母親の血液型が、そのまま子供にも反映されると思ってた」

どうやらこの女性は、O型とAB型の間に生まれた子供の血液型は、O型かAB型と思っていたらしい。

 

血液型性格診断を信じているヤツが、血液型について根本的な知識を全く知らなかったのである。

O型とAB型の間に生まれた子供は、O型やAB型ということは絶対に有り得ない。

A型同士の両親からはA型だけでなくO型の子供が生まれる可能性があるし、A型とB型の親からは、A、B、O、AB全ての血液型の子供が生まれる可能性がある。

こんなことは特に難しい方程式を覚える必要はなく、高校の理科ではちゃんと習うことだ(ちなみに、件の女性は大卒である)。

優性遺伝と劣性遺伝の法則さえ知っていれば簡単にわかるのに、こんな基本的なことすらわからずに「血液型性格診断は正しい」などとよくぞ言えたものだ。

これぞ無思考の表れといえよう。

そして未だに血液型性格診断が信じられているということは、多くの日本人がこの無思考症候群に侵されている証拠である。

 

血液型と性格の間に相関関係があるのなら、長嶋茂雄野村克也の場合はどう説明するのか。

野球界において、これほど対照的な性格の持ち主はいまい。

長嶋は現役時代から人気チームの巨人軍のスーパースターとして華を放っていた人物。

かたや野村は、地味なパ・リーグの選手として、長嶋以上の成績を残しながら、全くスポットライトを浴びなかった男。

長嶋は引退後も天真爛漫、巨人軍の監督を務めて明るい大スターの地位を揺るぎないものにしたが、野村は監督に就任しても相変わらずネチネチとボヤキを繰り返す暗いイメージが付きまとう。

それでも、長嶋も野村も、血液型は同じB型なのだ。

 

無思考ほど怖いものはない。

どんなデタラメなことでも、一旦信じ込んでしまえば盲目となり、論理的な考え方ができなくなる。

霊感商法や詐欺が横行するのは、無思考の賜物だ。

無思考な人々が増えるのは、詐欺師にとって格好の社会である。

それが顕著になったのは、1995年に起きた地下鉄サリン事件だ。

オウム真理教という宗教テロ団体によって多くの罪なき人が殺傷されたが、この宗教テロ団体を支えていたのは無思考の信者たちだった。

血液型性格診断を信望する人がこんなテロ事件を起こすとは思えないが、無思考は凶悪事件の温床になる。

地下鉄サリン事件を起こしたオウム教信者だって、元はまともな人たちだった。

でもオウム真理教を盲信したために、無思考になってしまったのである。

 

血液型性格診断で言えば、オウム事件に比べれば許せる範囲だが、それでも危険は付きまとう。

ある大企業では、血液型を基準にして採用・不採用を決定するという。

「A型は真面目だから採用。B型は不真面目だから不採用」

なんて論理がまかり通っているのである。

個々の能力など全く関係なしに。

これを就職差別と言わずとして、なんと言おう。

 

それだけではない。

外国人には血液型性格診断を信用する人はいない、と書いたが、実は戦前にはいたのだ。

それが、第一次世界大戦後にヒルフェシェルトという白人主義者の医者が唱えた説である。

曰く、

「A型は優秀であり、白人にはA型が多い。故に、白人は優秀民族である」

という論理だ。

この根拠のない理由により、ナチスによる人種差別暴走を生んで、第二次世界大戦に突き進んだ。

こんなデタラメな論理に懲りたのか、戦後のヨーロッパでは血液型論争に終止符を打った。

 

だが、21世紀にもなって日本でこんなデタラメが信じられている現状を見れば、日本人は全然進歩していないのではないか、とさえ思う。

まともな思考力の持ち主なら、血液型性格診断なんて、全くのデタラメだとわかるはずだ。

 

こんな迷信を信じている人は、それが人種差別に繋がり、戦争まで起こしてしまうことだって有り得るかもしれないということを自覚して欲しい。

それだけではない。

戦争まで行かなくても、オウム真理教のようなテロによって多くの罪なき人が死んでしまうことも有りうるのである。

 

そもそも血液型性格診断を信用している人は、自分が血液型によって性格を判断されることを望んでいるのだろうか?

僕にはそんな心理が理解できない。

僕には僕の人格があり、なんで血液型ごときに自分の人格を判定されなければならないのか。

これは血液型だけではなく、手相や姓名判断など、あらゆる占いについても同じである。

そもそも、手のシワや名前の画数ごときで、なぜ自分の運命を決められなければならないのか。

自分の行く道は自分で決める、こんなことは当たり前である。

迷信を信じる人は、プライドがないのだろうか。

 

もう一度言う。

無思考ほど、怖いものはない。