関西は「私鉄王国」とよく言われる。
阪急電鉄、阪神電気鉄道、京阪電気鉄道、近畿日本鉄道、南海電気鉄道という大手私鉄5社が、旧国鉄のJRとの競争に打ち勝ってきたからだ。
関東の大手私鉄は9社(東京地下鉄と相模鉄道を含む)と関西より多いが、主導はあくまでもJR東日本である。
しかし関西では常に私鉄がJR西日本をリードしており、お上に従わない風土がよく現れている。
とりわけ神戸市の私鉄はバラエティに富んでいる。
大手私鉄以外の私鉄といえば、大阪市では阪堺電気軌道、京都市では京福電気鉄道や叡山電鉄といった、路面電車やそれに毛が生えたような電車しか走っていないが、神戸市内には大手に引けを取らないレッキとした私鉄電車が縦横無尽に闊歩いる。
大阪―神戸間のJRの路線図。赤い線がJR在来線、青い線が新幹線
大阪―神戸間といえば、JRの東海道本線(JR神戸線)、阪急神戸本線、阪神電鉄本線という3つの路線が走っていることで知られている。
しかも、大阪側は大阪駅(JRのみの呼称。他の路線は梅田駅)、神戸側が三ノ宮駅(JRのみの呼称。他の路線は三宮駅)と、両端のターミナルが3線とも全く同じだ。
なぜ3線も同じところを走らなければならないのかと思うだろうが、阪急が山側、阪神が海側、JRがその中間の乗客を走るという、一応の役割分担がなされている。
ところで、神戸市の中心駅といえば、東海道本線の終点であり、山陽本線の起点である神戸駅だが、現在では三宮駅に他の路線が集中してしまい、事実上の神戸市の中心駅は三宮駅となっているのが実情だ。
このあたりにも、お上の威光には屈しない関西人気質が現れている。
またJR西日本では、ターミナル性を失った神戸駅で路線を区切るのは無意味と考えたのか、東海道本線を大阪駅で区切って、それより西をJR神戸線という愛称を付け(それより東はJR京都線)、実際には山陽本線となる神戸駅より西側も姫路駅まではJR神戸線と呼称している。
兵庫県の阪神地区(尼崎市、西宮市、芦屋市)から神戸市にかけての路線図。赤い線がJR在来線、青い線が新幹線、点線が主な私鉄
ところで、阪急や阪神の神戸側の終点は、阪急神戸本線が三宮駅、阪神本線はそれより西側の元町駅だが、普通の都市ならここでお役御免である。
大抵は市内に入ってしまえば、あとは市内交通なら市営地下鉄にお任せ、長距離ならJRの座を脅かしてはならない、となるところだ。
もちろん、神戸市内にも前述のようにJR神戸線が走っているし、神戸市営地下鉄だってあるのだが、それ以外の私鉄が異国情緒溢れる街を走り回り、私鉄でありながら長距離運転すら可能にしているのだ。
ここが神戸市の、他の都市にはない特殊性である。
大手私鉄以外でありながら、神戸市はおろか兵庫県を代表する私鉄といえば山陽電気鉄道で決まりだろう。
山陽電鉄本線は、神戸市中心街より西側にある西代駅を起点に、兵庫県西部の中心都市である山陽姫路駅(JR神戸線や山陽新幹線の姫路駅との乗換駅)を終点とする、播州地方にとって極めて重要な路線だ。
兵庫県南西部しか走っていないとはいえ、路線距離や乗降客数、利便性などを考えると、大手私鉄に決して引けを取らない私鉄であり、準大手私鉄に分類されている。
何しろ、兵庫県以外でも山陽電鉄のCMが関西各地で流れているほどだ。
そんな山陽電鉄の最大の自慢は直通特急で、山陽姫路駅と、大阪のド真ん中である梅田駅を結んでいるのである。
でもどうやって、神戸市街の西はずれである西代駅までしかない山陽電鉄が、大阪の中心地まで行けるのだろう。
阪急神戸本線の三宮駅や、阪神本線の元町駅までは、かなり離れているではないか。
まさか、JR神戸線を利用するのか?
いや、JR在来線のレール軌間は1067mmの狭軌、山陽電鉄および阪急電鉄、阪神電鉄の軌間は1435mmという標準軌(新幹線と同じレール幅)だから、直通運転は不可能である。
兵庫県南東部の主な私鉄路線図。赤い線が阪急電鉄、青い線が阪神電鉄、黒い線が山陽電鉄、点線がJR。山陽電鉄と阪急電鉄、阪神電鉄はかなり離れている。
ところで、神戸へ電車で行かれた方は、高速神戸駅や高速長田駅といった奇妙な駅名に気付かれたのではないだろうか。
この駅名こそ、神戸の私鉄事情を大きく左右しているのである。
なぜ駅名に、「高速」などという駅名にはそぐわない単語をわざわざ冠に付けているのか?
実は、これらの駅は神戸高速鉄道という私鉄の駅なのである。
単に「神戸高速」と聞けば、まるで首都高速のような都市型高速道路を連想してしまうが、神戸高速鉄道といえば神戸市民はもちろん、神戸へよく行く人なら誰でも聞いたことがある鉄道会社である。
ところが、
「この前、神戸高速鉄道に乗ったよ」
なんて話は往々にして聞かない。
そう、神戸高速鉄道とは「知らない間に乗っている」ことが多いのだ。
神戸高速鉄道は、大きく分けて東西線と南北線という二つの路線がある。
このうちの東西線とは、阪急神戸高速線と、阪神神戸高速線に分かれる。
私鉄路線でありながら、他社の私鉄名が付いているところに、高速神戸鉄道の特殊性がわかるだろう。
東西線のうち、阪急神戸高速線は阪急電鉄の三宮駅から神戸高速鉄道の新開地駅まで結んでいる。
そのため、大阪の梅田駅発の阪急特急は、本来の阪急神戸本線の終点である三宮駅を飛び越えて、神戸高速鉄道の駅である花隈駅、高速神戸駅を経て新開地駅まで直通運転をしているのだ。
高速神戸駅とは言うまでもなくJRの神戸駅の乗換駅となっているが、あまり機能しているとは言えない。
やはり神戸の中心駅はあくまでも三宮駅である。
東西線のもう一つの路線である阪神神戸高速線は、文字通り阪神電鉄が乗り入れている。
こちらは阪神本線の終点である元町駅から西元町駅を経て、高速神戸駅で阪急神戸高速線と合流し、山陽電鉄本線の起点である西代駅に至る路線である。
つまり、山陽姫路駅を出発した山陽電鉄の直通特急が、本来の終点である西代駅を飛び越え、神戸高速鉄道を経て元町駅から阪神本線に入り、大阪の梅田駅に辿り着くのである。
要するに、山陽姫路駅ー梅田駅を結ぶという、JRに比肩する直通特急は、山陽電鉄、神戸高速鉄道、阪神電鉄という、3つの路線により成り立っているのだ。
さらに、神戸高速東西線が合流する新開地駅で、阪急電車と阪神電車(あるいは山陽電車)がホームに並んでいる姿は圧巻である。
そして神戸高速鉄道には、南北線という路線もある。
しかし、この南北線と、阪急や阪神、山陽電鉄と直通運転をする東西線とは、絶対に交わることはない。
なぜならば、南北線は軌間1435mmという標準軌の東西線と違い、JR在来線と同じ軌間1067mmの狭軌だからである。
では、神戸高速南北線とはJR在来線と乗り入れしているのか?というとそうではなく、神戸電鉄と乗り入れているのだ。
神戸電鉄については後述するが、神戸高速南北線は神戸電鉄神戸高速線という別称もある。
この神戸高速南北線(神戸電鉄神戸高速線)は、起点は新開地駅で終点は一つ先の湊川駅という、僅か400mの路線だ。
神戸高速鉄道は神戸市内の短い距離を走っているだけにもかかわらず、山陽電鉄と同じ準大手私鉄に分類される。
しかも、ここまで読んできて気付かれた方も多いかも知れないが、神戸高速鉄道はただの1両も列車を保有していないのだ。
それだけではなく、鉄道会社にもかかわらず神戸高速鉄道には運転士や車掌だって一人もいない。
実は神戸高速鉄道とは、阪急電鉄、阪神電気鉄道、山陽電気鉄道、神戸電鉄という私鉄の交互乗り入れをするために設立された、第三セクターの鉄道会社なのだ。
そのため、神戸高速鉄道には列車もなければ乗務員もいない。
列車や乗務員がなく、施設だけを保有している鉄道会社のことを第三種鉄道事業者と呼ぶ。
神戸高速鉄道の線路を走っている阪急電鉄、阪神電鉄、山陽電鉄、神戸電鉄はこの間のみ第二種鉄道事業者ということになる。
線路や駅といった施設はもちろん、列車や乗務員なども全て保有している、普通の鉄道会社は第一種鉄道事業者と言い、阪急電鉄、阪神電鉄、山陽電鉄、神戸電鉄も大部分はそうなのであるが、神戸高速鉄道を走っている区間は第二種鉄道事業者となるのだ。
例えば、関西高速鉄道がそうだ。
でも、そんな鉄道会社は大阪の住民でも知らないだろう。
実はこれ、JR東西線を走らせている鉄道会社なのだ。
JR東西線といえば、1997年に開通した新しい路線で、全国で初めて「JR」が路線名に付いたことでも有名である。
ところが、JR東西線は「JR」と冠に付いているにもかかわらず、線路を保有しているのはJR西日本ではないのだ。
JR東西線においては、JR西日本は列車を走らせてもらっている第二種鉄道事業者に過ぎず、施設を保有しているのは関西高速鉄道である。
こんな例はJR東西線だけではなく、大阪では最近開通した京阪中之島線や阪神なんば線もそうだ。
京阪中之島線は中之島高速鉄道、阪神なんば線は西大阪高速鉄道(大阪難波駅~西九条駅間)という三セクの会社が保有している第三種鉄道事業者であり、京阪電気鉄道や阪神電気鉄道はこの間のみ第二種鉄道事業者となる。
でも、乗客はそんなことは気にもしないだろう。
乗っているのはあくまでも京阪電車であり、阪神電車(阪神なんば線は近畿日本鉄道も乗り入れているので、近鉄電車もか)なのだから。
したがって、関西高速鉄道、中之島高速鉄道、西大阪高速鉄道なんて鉄道会社は誰も知らない。
ところが、神戸高速鉄道は第三種鉄道事業者ながら、神戸市内では圧倒的な存在感を示す。
高速神戸駅や高速長田駅といった駅名もそうだし、神戸市民の間で神戸高速鉄道の知名度が浸透しているのは、第三種鉄道事業者の先駆け的存在だからだろう。
不況に陥った現在では新しい路線を敷設するとき、従来の第一種鉄道事業者のような形態を採るのは非常に難しく、これからはますます神戸高速鉄道のような三セクによる第三種鉄道事業者が増えると思われる。
神戸高速鉄道はほとんどが地下を走っているため、東京地下鉄(東京メトロ)のような営団による地下鉄と思われがちだが、そうではなくあくまでも私鉄の相互乗り入れを目的とした第三種鉄道事業者なのだ。
こんな存在感のある第三種鉄道事業者は、日本広しと言えども神戸高速鉄道を置いて他にはないだろう。
第三種鉄道事業者ながら、準大手私鉄となっているのが何よりの証拠である。
三セクの鉄道会社として、大阪には北大阪急行電鉄や泉北高速鉄道があるが、北急はは大阪市営地下鉄、泉北高速は南海電気鉄道と相互乗り入れしているとはいえ、あくまでも第一種鉄道事業者である。
しかも、北急も泉北高速も、大阪市内は走っていない。
やはり神戸市内を走る神戸高速鉄道は、かなり特殊な存在である。
さらに輪をかけたように、神戸高速鉄道は北神急行電鉄も保有している。
ここまで来ると話が非常にややこしくなるので、神戸電鉄および北神急行電鉄については次項にて述べるとしよう。
(次回へ続く)
神戸高速鉄道の路線図。赤い線が阪急神戸高速線(東西線)。青い線が阪神神戸高速線東西線)。黒い線が神戸電鉄神戸高速線(南北線)と北神急行電鉄北神線。点線がその他の接続路線
神戸市内の、神戸高速鉄道(北神急行電鉄を除く)の詳細図。赤い線が阪急神戸高速線(東西線)。青い線が阪神神戸高速線東西線)。黒い線が神戸電鉄神戸高速線(南北線)。点線がその他の接続路線