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ネターランド王国

国王:ハードフォーク安威川トークン

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:ハードフォーク安威川トークン」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

「スクール☆ウォーズ」と「101回目のプロポーズ」

先日、CS放送でドラマスクール☆ウォーズを一挙放送したと書いたが、そのドラマで納得できないシーンがあった。

 

ラグビー部の女子マネージャーだった岩崎良美が、ラグビー部員の松村雄基と、岩崎良美に想いを寄せる鶴見辰吾が決闘すると聞き、岩崎良美が急いでその場に駆け付けようとする。

しかし、急ぎ過ぎた岩崎良美は途中で車にはねられ重体。

 

岩崎良美は救急車で病院に運ばれたものの結局は息を引き取る。

自分のせいで死んでしまったと、松村雄基と鶴見辰吾は嘆き悲しみ、両者は和解する。

 

なんともお涙頂戴のお話だが、僕はどうしてもこのシーンに感情移入することができなかった。

死んだ岩崎良美は気の毒だし、松村雄基や鶴見辰吾、さらに遺族やラグビー部関係者の悲しみはひとしおだろう。

でも、もっと悲惨な目に遭った人物がいたはずだ。

 

 

話は変わって、1991年に大ヒットしたドラマがあった。

フジテレビ系列で放映された「101回目のプロポーズ」というドラマである。

 

冴えない中年の武田鉄矢が、美貌溢れる浅野温子に恋してしまい、しつこく付きまとって迷惑がられるが、最終的には武田鉄矢の愛が浅野温子に届く、という話である。

まあ、今だったらストーカー行為で御用となるところだが、当時はまだ、それが「愛の形」として認められていたのだ。

でも、それはまだいい。

言ってみれば武田鉄矢は積極的な男だとも言えるし、今でいう「草食系男子」よりもいいかも知れない。

 

問題はドラマ史上最高の名ゼリフ、いや最悪の迷ゼリフ「僕は死にましぇん!」である。

この時の状況を説明すると、夜に武田鉄矢が走行しているトラックの前に飛び出してきて、一瞬の差で急ブレーキがかかって武田鉄矢は助かる。
それを驚いて見ていた浅野温子に、

「僕は死にましぇん!あなたを愛しているから!」

と叫ぶ。

「あなたを愛しているから僕は死なない」という理屈は狂っているとしかいいようがない。

 そんなバカげた論理を他人に振りかざすのは、迷惑以外の何物でもないからである。
もし急ブレーキが遅れて武田鉄矢が轢き殺されていたら、一番災難なのはトラックの運ちゃんだ。

 

武田鉄矢が死ぬのは自業自得だが、運ちゃんは哀れにも死亡事故の当事者となる。
幸い、浅野温子という目撃者がいるので無罪になる可能性が高いが、それでも自分が轢き殺したというのはショックだろう。
これがトラウマとなってトラックが運転できなくなるかもしれないし、そこまでいかなくても今後の仕事に悪影響が出るのは確実だ。
武田鉄矢の偏狭愛のために、罪のない運ちゃんの人生が狂うかもしれないのである。

武田鉄矢が死ななかったのは「あなたを愛しているから」ではなく、単に運ちゃんの運転技術が優れていたからだ。
それなのに運ちゃんのことなど眼中に無く、いかにも自分の愛が大きいから助かったと浅野温子にアピールする。

こんな自己中心的な行動が「愛の大きさ」を表す名シーンってんだからオハナシにならない。
こんな、周りに対する優しさを持ち合わせず、自分の好きな相手だけに気に入られようとするのが「愛」だともてはやされるのだから、日本に「自分(と恋人など)さえよければどうでもよい」というヤツが増えるのは当たり前である。

 

 

話を元に戻すと、冒頭のスクール☆ウォーズでも、岩崎良美は確かに轢き殺された被害者だが、このシーンを見ると岩崎良美に100%非がある。

もちろん、武田鉄矢のようにわざわざ轢き殺されに行ったわけではないが、交通量の多い道路にわざわざ飛び込んで行ったのである。

急ぐ気持ちはわかるが、これは自殺行為だろう。

 

しかも岩崎良美は、一度は轢かれそうになるところを一瞬の急ブレーキによって助かったにもかかわらず、そこからさらに車が行き交う道路に突っ込んで轢かれたのだ。

死者に鞭打つ気はないが、ハッキリ言って岩崎良美の自業自得である。

 

このシーンで、岩崎良美を轢き殺してしまったドライバーに心から同情する。

おそらく、このドライバーからは急ブレーキをかけた車の死角により、岩崎良美の姿は見えなかったはずだ。

そこからいきなり岩崎良美が飛び出したのだから、轢かれて当たり前である。

状況を考えると、このドライバーに罪はない。

 

でも、このドライバーは業務上過失致死で逮捕されたと思われる。

交通弱者である歩行者を轢き殺してしまったのだ。

おそらく警察にしょっ引かれるだろう。

 

もっとも、多数の目撃証言があるだろうから、このドライバーが不起訴になる可能性は高い。

たとえ起訴されても、無罪になる可能性もある。

有罪になっても執行猶予は付くだろうし、ムショ暮らしにはなるまい。

でも、自分が運転する車で人間を殺したという事実には変わりないし、相当なトラウマになるに違いない。

ましてや、検察側が業務上過失致死を主張して、実刑になる可能性もなくはないのだ。

実刑が確定すれば当然、ムショ暮らしである。

そうなれば、このドライバーの人生はムチャクチャだ。

  

さらに、たとえ刑事裁判で不起訴や無罪となっても、娘を失った遺族が民事裁判を起こして、

「あの時、スピードを出し過ぎていたのでは?」

などと涙ながらに問い詰められれば、このドライバーは反論することができるだろうか?

民事裁判で敗訴となれば、多額の賠償金を支払わなければならない。

結果として、刑事裁判で不起訴あるいは無罪となり、民事裁判で勝訴となっても、このドライバーの心の傷は一生癒えないだろう。

もちろん、被害者側の勝訴となっても、遺族の悲しみが癒えることはあるまい。

 

 

なぜドラマでは、これほど重大なことを美談仕立てにするのだろう。

交通事故だと誰もを傷つけず、感動的になるとでも思っているのだろうか?

交通事故というものは、被害者はもちろん加害者にとっても、悲惨な結末が待っている。

もちろん、自暴自棄になり車を乗り回して、次々と罪もない人々を轢き殺す輩は例外であるが、ほとんどのドライバーは事故を起こさないように慎重に運転する。

それでも起きてしまうのが、交通事故というものなのだ。

 

スクール☆ウォーズ」との脚本を書いた人は、どういう思いで交通事故をドラマに組み入れたのか、訊いてみたいものである。

ましてや、「101回目のプロポーズ」で、なぜわざと死亡事故寸前のシーンを演出したのか、その神経を疑う。

 

また、「僕は死にましぇん!」のシーンで、感動した視聴者は、なぜ感動したのだろうか?

僕には全く理解できない。