ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

決勝戦に異変

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明日(8月6日)から第93回全国高等学校野球選手権大会、いわゆる夏の甲子園の幕が切って落とされる。
例年と変わらぬ熱戦を期待したいところだが、ちょっと気になるデータがある。
去年もそうだったが、決勝戦で異常なほどのワンサイド・ゲームが近年増えていることだ。
1999年(第81回大会)以降の、10点差以上ついた決勝戦を挙げてみよう。


1999年 桐生第一14−1岡山理大付
2008年 大阪桐蔭17−0常葉菊川
2010年 興南13−1東海大相模


地方大会ならコールドゲームになる試合が、11年間に3度もあるのだ。
地方大会の決勝戦だって、10点差以上つくのは稀だろう。
夏の甲子園の場合、投手の消耗度が激しいので打撃戦になりやすく、時として大量得点差になるということがあるのかも知れないが、この傾向は投手の消耗度が比較的少ないと言われる春のセンバツでも見られる。
センバツ決勝戦で、こちらも同じ時期の、今度はコールドゲーム規定の7点差以上のゲームを見てみる。


2003年 広陵15−3横浜
2005年 愛工大名電9−2神村学園
2006年 横浜21−0清峰
2008年 沖縄尚学9−0聖望学園


センバツでは10点差以上が2試合、7点差以上は2試合である。
しかも21点差という、とんでもない試合まで含まれている。
この顔ぶれを見てみると、決してフロックで勝ち進んだわけではない、強豪ぞろいだということがわかる。
横浜に21点差負けした清峰は県立校とはいえ、その前年夏には同年センバツ優勝校の愛工大名電や、その前年センバツ優勝校の済美を撃破しているし、この3年後にはセンバツ制覇を果たしている。
他にも神奈川の強豪である横浜や東海大相模がいずれも12点差で敗れるなんて、誰が想像できようか?
大阪桐蔭に17点差で大敗した常葉菊川はその前年のセンバツ覇者で、その時には中田翔を擁する大阪桐蔭を撃破している。
つまり、近年に全国制覇したような高校が、甲子園の決勝戦で10点差以上の大敗を喫しているのだ。


1998年以前の、コールドゲームのような点差の決勝戦は、春夏とも1982年まで遡らなければならない。
この年の春はPL学園15−2二松学舎大付、夏は池田12−2広島商と、いずれも10点差以上の大差がついている。
この年は高校野球がターニングポイントを迎えた年でもあった。
「やまびこ打線」と呼ばれた池田のパワー野球が脚光を浴び、ウエートトレーニングや金属バットの改良で打撃力が飛躍的に伸びて、「池田が高校野球を変えた」とさえ言われた。
さらにその翌年夏、今度は桑田、清原の一年生コンビを擁したPLが池田を7−0で圧倒、パワー野球をパワーで粉砕した。


だが1983年以降の決勝戦ではコールドゲームになるような試合は、17年後の1999年までは鳴りを潜めている。
打撃力が大幅にアップしたのだから、最近10余年間のように、もっと点差がつく試合が多くてもいいはずだ。
でも、これが正常な姿で、いくら打撃力の向上、金属バットの改良があったとしても、全国の頂点を決める甲子園決勝で大量得点差試合が頻繁に起こる方が異常だ。
決勝に勝ち進んでくる2校はいずれも負けたことがないチームであり、そこまで勝ち進むには運だけでは無理で、実力が絶対に必要である。
つまり、甲子園の決勝戦ともなれば実力は拮抗しているはずだ。
事実、決勝戦の予想で「この試合は○○高校が大差で勝つだろう」などという記事は見たことがない。


もちろん、メンタル面で未熟な高校生の試合、という面もあるだろう。
実力は拮抗していても思わぬ大差がつくと負けている方は諦めてしまい、勝っている方はリラックスするのでますます点差が開いてしまう、ということもあるに違いない。
それに打撃戦になると不確定要素が増えるので、一方的な展開になると止めどなく点差が開いてしまう、という点も否めない。


そういう点は差し引いたとしても、ここ10年余りの決勝戦でこれだけの大量得点差試合があるのは、他にも原因があるとしか考えられない。
それまでは甲子園の決勝では滅多に10点差以上の試合などなかったのだから。
こういう結論は出したくないが、最近の高校生は諦めが良すぎるというのは穿ち過ぎだろうか。
いい意味でも悪い意味でも緊張の糸が切れやすい(勝っている方は緊張が取れてさらに打ちまくり、負けている方は緊張感がなくなり諦めてしまう)というのが、今の高校生気質なのかも知れない。


もちろん、2009年夏決勝の日本文理のように、中京大中京に敗れたとはいえ、6点ビハインドの9回二死無走者から5点を奪ったように、決して諦めない気持ちは今の高校生も十二分に持っているのも事実なのだが。
引き分け再試合となった2006年夏決勝の早稲田実×駒大苫小牧や、今村猛菊池雄星の手に汗握る投手戦となった2009年春決勝の清峰×花巻東という、素晴らしい試合を演じる力が今の高校生にもあるのだから、まだまだ好勝負を期待できるだろう。


ただ、近年では全体的に不安定な試合が多いというのが正直な感想だ。
それが決勝戦でも大量得点差試合が多発している原因になっていると思えてならない。
何が不安定なのかと言えば、精神的に不安定なのである。
その不安定さを解消するためにも、選手たちは常に平常心を保つように心がけてほしい。
高校生なのだから何も考えずがむしゃらにプレーすればいい、という意見もあるかも知れないが、勝っている時は調子に乗り、負けている時にはシュンとなるような精神的落差の激しさは、マイナス以外の何物でもない。
常に自分を客観的に見ることができる冷静さも、スポーツでは絶対に必要である。
高校野球の一所懸命な姿が好きだ、というファンが多いだろうが、そんなことは当たり前で手を抜いている選手など一人もいない。
選手が全力プレーするのは当然なのだから、指導者はいたずらに闘争心を煽るよりも、常に淡々とプレーする大切さを選手たちに指導してもらいたい。