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安威川敏樹のネターランド王国

お前はチョーマイヨミか!?

ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 本国の文章や写真を国王に無断で転載してはならない。
第12条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

想い出のフィールド(56)〜阪神鳴尾浜球場、阪神浜田球場

阪神鳴尾浜球場、阪神浜田球場(行った回数:鳴尾浜多数、浜田0回)


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阪神タイガースの本拠地であり、高校野球の聖地でもある阪神甲子園球場
その甲子園球場から南東へ直線距離にして約2.5km、甲子園球場と同じ西宮市内に阪神の二軍の本拠地・阪神鳴尾浜球場がある。
その名の通り海が近くにあり、球場の周りは工場団地になっている。
なお、甲子園球場が完成する前に中等野球(現在の高校野球)で使われていた鳴尾球場とは全く別物であり、現在の鳴尾浜球場よりも北西へ約2kmの所にあった。


鳴尾浜球場が完成したのは1994年末で、翌95年から阪神二軍の本拠地として使われ始めた。
以前は甲子園球場近くに若手選手寮の「虎風荘」があったが、老朽化に伴い鳴尾浜球場や室内練習場と共にこの地に造られた。
この二軍施設を総称して「タイガース・デン(Tigers Den)」という愛称が付けられているが、直訳すると「虎の穴」という意味である。
そう、漫画「タイガーマスク」に登場する悪役レスラー養成機関「虎の穴」をもじったもので、まさしく若手選手にとって猛虎養成機関と言える場所だ。
ちなみに、「タイガーマスク」に登場する「虎の穴」のモデルは、かつてイギリスにあったレスリング・ジムの「ビリー・ライレー・ジム」であり、その通称である「蛇の穴」から取ったものだが、英語では「Snake Pit」と呼ばれていた。
さらに言えば、タイガーマスクの原作者である梶原一騎は「蛇の穴」のことを「Snake Hole」だと思い込んでいたが、これは完全に誤りである。
なお、鳴尾浜球場が完成した当初の愛称は「タイガー・デン」だったが、タイガー魔法瓶との商標権の関係で、現在の愛称になった。


最寄駅は阪神電鉄武庫川線の武庫川団地前駅だが、この線は電車の本数が少なく、また徒歩約15分とかなり遠いのでお勧めできない。
それよりも、阪神電鉄本線の甲子園駅から阪神バスを利用した方がずっといい。
循環バスなので、行きは「県立総合体育館前」で降り、帰りは「阪神鳴尾浜球場前」から乗ると、いずれも所要時間は約10分で済む。
また、車で来る時には球場に駐車場はないものの、隣りに兵庫県立総合体育館があるので、そこの有料駐車場を利用すればよい。
一般道を使う時は国道43号線が近くを通っており、高速道路利用の場合は阪神高速のインターチェンジが近くにあるので、大阪からでも神戸からでもすぐ行くことができる。
ファームの本拠地としてはアクセス面では恵まれている方だろう。


球場は両翼96m、中堅120mで広さと共に方角も甲子園球場とほぼ同じに造られており、当然のことながら内野は土、外野は天然芝で、こちらも甲子園球場と同じく阪神園芸がフィールドの管理している。
スコアボードは新しい球場らしく電光掲示板だが、フリーボードはない。
なお、虎風荘がレフト後方にあるため、ホームチームの阪神は三塁側ベンチとなっている。
ブルペンは一塁側と三塁側にあるが、屋根などで覆われているためスタンドからは見づらく、例えば三塁側のブルペンを見ようと思えば一塁側のスタンドから覗き見るしかない。
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ナイター照明はなく、ファームのホームゲームはデーゲームとなるから、真夏だと二軍の選手は大変だ。
つまり平日でもデーゲームということで、それでも内野のみの500人収容のスタンドはいつも満員だ。
阪神人気の高さを窺えるが、それもそのはず鳴尾浜球場では公式戦でも入場無料である。
注目のルーキーやファームで調整中のスター選手をタダで見られるのだから、ファンはたまらない。
変わっているのは、スタンド内の看板には禁煙だけでなく、禁酒とも書かれている。
なぜ禁酒になったのかはわからないが、そもそも飲酒したくてもほとんどのファンはできないだろう。
何しろ鳴尾浜球場には売店がなく、ジュースの自動販売機が正面玄関に置いてあるだけだから。
もし持ち込んだ酒をこっそり飲もうとしたら、警備員に注意される(誤解なきように言っておくと、これは僕が注意されたわけではなく、そういう場面を見てしまったのだ)。
入場無料の球場に警備員が存在するという、このアンバランスな光景は鳴尾浜球場ならではだ。


そもそもファームといえどもプロなのだから、公式戦で入場無料というのはおかしい。
二軍の選手でも給料は貰っているんだから、その給料の元はどこなんだ、という話になる。
プロスポーツ選手というのはお客様からお金を頂いて、その見返りとしてプレーをお見せする、というのが本来の姿のはずだ。
それなのに無料の客の前でプレーしていると、ファンのためにプレーしているのではなく、親会社のためにプレーしている、という感覚になってもおかしくはない。
日本のプロ野球(NPB)の二軍の中には、阪神のように練習場のような球場で入場無料にしている球団があるが、そんな環境ではプロ意識は育たないだろう。


アメリカではマイナー球団でも独立採算制なのだから、選手を育てるだけでは球団経営は成り立たない。
また、メジャー球団とは全く違う都市に本拠地を構えているから、その土地の人に愛されるチームになる必要がある。
そのためマイナー球団は集客のために様々な取り組みをしており、入場者収入だけでなく、売店やグッズの売り上げ、広告収入などで利益を上げようとしていて、ファンサービスには余念がない。
こうしてマイナー球団のオーナーやGMは球団経営のノウハウを身に付け、やがてはメジャー球団の経営者になることを目標としている。
それでいて、メジャー球団と契約している選手には給料を払う必要はないものの、ちゃんと育てなければならない。
場合によっては契約しているメジャー球団が変わることも珍しくなく、例えば去年まではヤンキース傘下のチームだったのが、今年からドジャース傘下になったりすることもあるわけだ。
当然、メジャー球団から送り込まれる選手も変わってしまう。
そのため、選手の顔ぶれが変わろうとも、地元のファンに愛されるチームでなければならないのだ。
日本でいえば、鳴尾浜球場を本拠地としている阪神二軍が、来年から巨人の二軍となるようなものである。
そうなったとき、鳴尾浜のファンは素直にそのファームチームを応援することができるだろうか。
このあたりの事情はなかなか日本人には理解しにくい。


NPBでは一つの球団が一軍と二軍を分けているだけなので、二軍には経営者などいないのだが、日本の球団がずっと経営下手だったのは、球団経営のなんたるかを知っている人を育てる機関がないからだろう。
そのため、球団経営などしたことがない親会社の重役が、そのまま球団社長に就任なんてことになる。
今では阪神は人気があるのでほっといても客は集まるが、その人気にあぐらをかいていると人気が凋落した時には何の手も打てなくなるだろう。
直にファンに触れる機会が多いファームこそ絶好の球団経営実践の場なのだが、練習場のような所で入場無料、平日でもデーゲームで、売店もなくただ飲酒を注意する警備員だけがいる球場で、どうやってファンサービスを身に付けるのだろう。
人気があるうちはそれでもいいが、こんな武士の商法ではやがてファンからソッポを向かれてしまうのは自明の理だ。
「入場無料がファンサービス」と考えているようなら、思い違いも甚だしい。
僕は公式記録員として関西独立リーグの内部にいたし、友人が独立リーグ球団の代表になったから、球団経営の大変さは聞いている。
その球団代表は「野球関係者はまず球団経営というものが全くわかっていない」と嘆いていた。
日本では「野球さえ一所懸命にやっていれば、お金は入ってくる」という誤った認識があるという。
その誤った認識を生み出した原因が、NPBのファーム組織にあるような気がしてならない。


ところで、球場内には売店がないと言ったが、周りにもコンビニなどは少なく、あらかじめ飲食物は購入しておいた方がいい。
また、昼頃になると移動弁当屋さんが球場の外に来ているので、そこで手作り弁当を買うのもいいだろう。
スタンド内では飲酒はご法度だが、アルコール以外の飲食はOKだ。


色々と文句を付けたが、寮を含めた二軍の施設としては、12球団でもかなり充実していると言えるだろう。
1990年代は阪神の暗黒時代と言われたが、21世紀に入って好成績が続いているのは、タイガース・デンの効果が表れていると言えるかも知れない。
「戦力強化にはファーム施設の充実は欠かせない」という理念で鳴尾浜に新たな施設を造ったのは、無駄な投資ではなかったわけだ。
では、鳴尾浜球場ができるまでは、阪神二軍の本拠地はどこだったのだろう。


1994年以前、阪神二軍が本拠地としていたのは阪神浜田球場である。
鳴尾浜球場から北東へ約6km、尼崎市に入った国道2号線沿いに浜田球場があった。
いや、正確には過去形ではなく、浜田球場がある、と現在形にした方がいいだろうか。
浜田球場が完成したのが1979年で、阪神二軍用の本拠地球場として造られたのだが、それ以前の本拠地球場は定かではない。
恐らく練習も試合も甲子園球場を使用していたのではないか。
当時はデーゲームで二軍戦、ナイトゲームでの一軍戦でいずれも甲子園球場を使用するという、いわゆる親子ゲームが盛んに行われていた。


広さなど球場データはないが、ナイター設備はもちろんなく、スタンドもなく、バックスクリーンはあるがボールカウントのみでスコアボードはなく、ないないづくしでまさしく野球をやるためだけの球場だった。
これでもウエスタン・リーグの公式戦が行われており、こんな球場でよくぞ(二軍とはいえ)プロ野球の本拠地でございと言えたものだ。
まあ、昔のファーム球場と言えばどの球団もこんなものだったし、あの大巨人軍ですらこの頃の二軍の本拠地は多摩川グラウンドという原っぱに毛が生えた程度ものだったから、それに比べると鳴尾浜球場がいかに充実した球場かがわかる。
そう考えると、上記では鳴尾浜球場に関して少々いちゃもんを付け過ぎたのかも知れない。


浜田球場が二軍の本拠地ということは鳴尾浜球場と同じく、二軍の選手のみならず一軍のスター選手が練習を行ったり調整試合に出場していたわけで、当時の主力選手だったバース、掛布、岡田らもこの球場のお世話になっていた。
こんな草野球並みの球場で、掛布らがプレーしていたとは信じられないぐらいである。
なお、鳴尾浜球場が完成してからは、実際に草野球場として開放されている。
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阪神鳴尾浜球場で行われた、ウエスタン・リーグの公式戦