ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

想い出のフィールド(17)〜東京ドーム

東京ドーム(行った回数:6回)


野球シーズン到来ということで、久しぶりに野球場を取り上げる。
東京ドームに行った回数が6回と結構多く行っているように思えるが、実は3日間に集中して6回行った、というもの。
2006年に東京ドームで行われた第1回WBCアジアラウンドの6試合を全て見たので、6回となったわけだ。
この大会ではデーゲームで日本以外の試合が行われ、それが終わると一旦球場から退出して改めてナイトゲームの日本戦のチケットを買う必要があったのだ。
もっともこの時は、6試合中5試合のチケットをタダでもらったのだが……。


東京ドームが開場したのは1988年のこと。
読売ジャイアンツ日本ハム・ファイターズの本拠地だった後楽園球場を取り壊し、新たな本拠地としてオープンした。
しかし、東京ドーム誕生には、単に新本拠地球場完成ということよりも、もっと大きな意味があった。


まず、プロ野球本拠地球場で初めて国際基準を満たす広さの球場だということ。
そして何よりも、日本で初めてのドーム球場だということだ。
この二つの要素を満たした球場に、野球ファンは長年プロ野球を支えた後楽園球場との別れの寂しさよりも、東京ドームに対する期待感の方が遥かに高かった。


まず広さについては、公認野球規則には、
「両翼は320フィート(約97.5m)以上、中堅は400フィート(約121.9m)以上あることが優先して望まれる」
と書かれている。
メジャーリーグの球場は両翼100m以上が当たり前だったが、当時の日本の球場は両翼91mぐらいが普通だった。
当時で一番広かった西武球場は両翼95m、広いと言われていた横浜スタジアムが両翼94mで、阪神甲子園球場も当時はラッキーゾーンが付いていたので両翼91mだった。
後楽園球場は両翼90m(実測値は88m程度だったという説もある)、中堅120mという狭い球場の代表だった。
ところが新しく誕生した東京ドームは、両翼100m、中堅122mと国際基準を満たし、メジャーの球場にもヒケを取らない、世界に堂々と胸を張れる広い球場ともてはやされた。


日本初のドーム球場としての期待も大きかった。
メジャーでは既に複数のドーム球場があり、日本もいよいよアメリカに負けぬ最先端のドーム球場時代が到来、と思われたのだ。
東京ドームはミネソタにあるメトロドームをモデルとした。
屋根には鉄骨を使わずガラス繊維を使用し、内気圧を外より0.3%高くすることにより、屋根を風船のように膨らませる方法を採った。
東京ドーム内から外に出る時、風に押し出されるようになるが、僕も初めて体験した時は想像以上の風の強さだった。
太陽光を取り入れるため屋根は白く、その外観から「ビッグエッグ(でっかい卵)という愛称が付けられた。


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全天候型のため当然のことながら雨天中止はなく、野球のみならずアメリカン・フットボールやプロレス、コンサート会場には最適となった。
特にアメフトでは、マウンドが昇降式でスタンドも可動式だったので、屋根付きの東京ドームは実に重宝した。
それまで国立競技場で行われてきたアメフト日本選手権(ライスボウル)も東京ドームで行われるようになり、東京ドームと同じくアメフト使用も考慮して造られた横浜スタジアムからも、完全にアメフトのメッカの地位を奪い取った。


時代の最先端を行っていると思われた東京ドームだが、徐々に化けの皮が剥がれてきた。
まず、広いと思われていた東京ドームでも、後楽園時代よりも減ったとはいえホームランが結構出たのである。
その理由の一つは、エアドームのため空気が乾燥し、打球がよく伸びること。
もう一つの理由は、数字上は国際基準を満たしているとはいえ、実際には狭い球場だということだ。
大きな打球が飛び易い左中間と右中間は直線となっていてほとんど膨らみが無く、僅か110mとなっている。
「あまりに狭い球場」と酷評されてきた広島市民球場は左右中間が109.7mだから、東京ドームとほぼ同じだ。
後楽園球場も左右中間は約110mだったという。
左右中間に関しては日本で最も広いと言われる甲子園球場は118mだから、その差は実に8mであり、左右中間では東京ドームがプロ野球本拠地球場で最も狭い。
また、1990年代には日本にも両翼約100mで左右中間の広い円形球場が続々と誕生し、甲子園はラッキーゾーンを撤廃して、他の球場も改修工事をしたことから、東京ドーム誕生時には広い球場の部類だった横浜スタジアムが最も狭い球場となった。
東京ドームは横浜スタジアムと並ぶホームラン量産球場となり、東京ドーム特有のホームランのことを「ドームラン」などと揶揄されるようになった。
東京ドームが完成して約20年で、日本の球場は激変したのである。


また、ドームの屋根に関しては、フライが見にくいと選手からクレームが出た。
ナイトゲームならさほど見にくいことはないが、デーゲームでは白い屋根がボールと重なってしまうというのである。


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だがそれ以上に、ファンから不評を買った。
確かに雨天でも中止の心配がなく観戦できるのは有り難いことだし、春先の寒い時や真夏の蒸し暑い時でも、空調の効いたドーム球場では快適に観戦できる。
これは興行主から考えても理想的なことだ。
でも、それ以上に青空の元で観戦できるデーゲームや、夜風に当たってビールを飲みながら観れるナイトゲームなど、野球観戦の醍醐味をドーム球場では味わえない、という意見が相次いだ。
しかし、日本ではコンスタントに日程を組める東京ドームに倣って、ドーム球場建設ラッシュとなった。
札幌ドーム、西武ドーム、ナゴヤドーム、大阪ドーム(京セラドーム)、福岡ドーム(ヤフードーム)と、その数はメジャーのドーム球場を越えてしまい、本拠地球場の半数がドーム球場となってしまった。
このうち、本当に屋根が必要なのは雪の多い札幌ドームだけである。
福岡ドームなど、せっかく開閉式にしながら、試合中は屋根を閉じたままなのだから、何のために開閉式ドームにしたのかわからない。
時代の最先端を行った東京ドームは、安易なドーム球場乱造を生んでしまった。


アメリカではドーム球場建設の愚を悟り、野球観戦の醍醐味を追及して、ドーム球場だった本拠地をオープンエアの球場に戻すか、あるいは開閉式ドームにした。
もちろんそこには、福岡ドームのように「屋根を開けない開閉式ドーム」は存在しない。
日本にもようやくその意識が芽生えたのか、マツダスタジアム広島のような素晴らしいオープンエアの球場が誕生した。
機動戦士ガンダム」に登場する地球連邦軍ジオン公国軍ではないが、やはり野球に関しては日本はアメリカに対し10年は遅れているのか。
ちなみにお隣りの韓国では日本に倣いドーム球場建設を熱望していて、韓国内のある大手新聞には、
「日本の阪神タイガースは甲子園球場の使用を辞めて、大阪ドームを本拠地にすることが悲願だ」
という、トンデモない捏造記事が出ていた。
まあ、寒冷地のソウルにドーム球場を建設したい気持ちはわかるが、そんなことをすると日本から10年、アメリカから20年遅れることになるだろう。


2008年、第1期リニューアル工事を終えた甲子園球場を視察に訪れた巨人の滝鼻オーナーが言った。
「やっぱりオープンエアの球場はいいねえ。ウチもそうしたいんだけど(東京ドームは)レンタルだから、そうはいかなくてねえ。どこか都内に(本拠地球場を造れる)いい場所はないかね」
ドーム球場を推進してきた巨人軍のオーナーですらこんなことを言うようになったのだから、韓国プロ野球界もこういう生の声を拾うべきだろう。


後楽園球場時代から、東京ドームはレンタル球場という宿命を背負ってきた。
アメリカではメジャーリーグが常に民主党や共和党と癒着し、多額の税金によって本拠地球場が建設されるために球団の腹は傷まず、しかも無償貸与してくれるばかりではなくチケットの売り上げはもちろん、売店の売り上げや駐車料金も全て球団の収入となる。
しかし日本ではそんな税金の使い方は許されず、私企業や自治体が建設した球場のレンタルか、親会社が建設してくれた球場に頼らざるを得ない。
親会社が建設した球場(いわゆる自前の球場)ならば球団の利益に還元されるし、自治体の球場ならば使用料も安く済むが、私企業のレンタル球場なら経費の上で大きな負担となる。
しかもレンタルなので、入場料や売店等の売り上げも搾取され、球場の改造についても勝手なことはできない。
さらに、レンタル球場の場合はより集客力の多いイベントが優先される。
まあ巨人戦はドル箱カードなので、巨人軍の発言力も強かっただろうが。


後楽園球場時代の運営会社は「株式会社後楽園スタヂアム」といい、東京ドームが完成してからは「株式会社東京ドーム」となった。
後楽園球場は元々、戦前に誕生した後楽園イーグルスの本拠地として誕生したが、イーグルスは戦争と共に消滅。
戦後は巨人をはじめとして、前述の日本ハム(東映フライヤーズ時代を含む)や大映ユニオンズ、国鉄スワローズや大毎オリオンズ(ジプシー球団と言われたロッテ・オリオンズ時代を含む)など、後楽園球場は東京を本拠地とする球団のレンタル球場としてフル稼働した。
後楽園球場は本拠地制度が確立していなかった時代の象徴的な球場だったと言えよう。


そして後楽園球場が取り壊されてからも、巨人と日本ハムが共に東京ドームを本拠地とする、不自然な形態が取られた。
2004年、日本ハムが札幌へ本拠地を移転したため、東京ドームは巨人の独占本拠地となった。
日本ハムが本拠地移転した背景には、東京ドームの異常に高いレンタル料があったと言われる。
人口密集地である東京を離れたものの、日本ハムは「北海道日本ハム・ファイターズ」として北の大地に完全に根付き、本拠地移転は大成功となった。


一方の巨人は、東京ドームを本拠地とし続けている。
プロ野球界の盟主たる大巨人軍は、今後も高いレンタル料を払って東京ドームを本拠地とするのだろうか。
あるいは盟主の名に賭けて、滝鼻オーナーが言うように東京都内に自前の球場を建設するのか。


ちなみに、株式会社読売巨人軍およびその親会社である読売新聞社と、株式会社東京ドームの間には、資本関係はない。