今日、日本プロ野球の各球団が一斉にキャンプ・インした。
特に日本ハムがキャンプを張る沖縄県名護市には、斎藤佑樹目当てのファンや報道陣が殺到した。
今年、沖縄でキャンプを張るのは一軍だけで実に10球団を数える。
沖縄で初めてキャンプを張ったのも実は日本ハムで、1978年と意外に最近の話だ。
しかもこの時は投手陣のみのミニキャンプで、野手陣も参加した本格的な沖縄キャンプは1981年からスタートした。
なぜ日本で最も暖かい沖縄が、なかなかキャンプ地として選ばれなかったのだろう。
理由は、沖縄には野球設備が整っていなかったからだ。
日本ハムが初めて沖縄キャンプを張った頃も、軟式用の球場を使用していた。
これではオープン戦はおろか、紅白戦すら満足にできない。
おまけに沖縄は雨が多いので、雨天練習場は不可欠だ。
このあたりの施設も、沖縄は貧弱だったのである。
この頃のキャンプ地は四国の高知や南九州の宮崎・鹿児島が主流だった。
特に高知は、安芸市の阪神、高知市の阪急(現・オリックス)、宿毛市の近鉄(現・オリックスに合併)、春野町の西武らが来ており、「キャンプ地銀座」と呼ばれていた。
またこの頃は、本州でもキャンプを行っていた。
南海(現・ソフトバンク)が広島県呉市、大洋(現・横浜)が静岡県の草薙球場を使用していた。
南海の場合は御大の鶴岡一人氏が広島出身ということで呉で行い、大洋は旅費の問題もあったのだろう。
何しろ横浜から静岡まで、新幹線一本で行けてしまうのだから。
同じ本州なら気温もさして変わらないし、本拠地でキャンプをしてもいいだろうと思えるのに。
いや、本当にキャンプが本拠地スタートという球団も結構多かった。
当時は一月中でも指導者付きの合同自主トレ(事実上のキャンプ)が認められていたので、キャンプをそのまま本拠地で始めるチームも珍しくなかったのである。
二月初旬だと四国や九州も結構寒いので、それなら設備の整った本拠地でキャンプをスタートしよう、というわけだ。
そして海外キャンプを張る球団もあった。
海外キャンプだと、日本国内よりも遥かに暖かい(というより暑い)気候で調整できたからである。
それは高知や宮崎の比ではない。
同じ海外キャンプ組でも、アリゾナやフロリダなどメジャー球団も来る地区でキャンプを張る球団と、ハワイやグアム・サイパンといった南の島でキャンプを張る球団に分かれていた。
特にアリゾナやフロリダでキャンプを張る球団は、メジャー球団ともオープン戦を行い、その結果も注目されていたものだ。
しかし今年は、本州はもちろん海外キャンプを張る球団は一つもなし。
かつては「キャンプ地銀座」と呼ばれた高知も一軍では2球団のみ、それも二月後半の二次キャンプで、通しでのキャンプを行う球団はなくなった。
鹿児島キャンプがお馴染みだったロッテも現在では二軍のみで、一軍は沖縄の石垣島に移ってしまった。
高知と並ぶキャンプ地銀座だった宮崎も、今年の一軍キャンプは4球団でそのうち通しは2球団、しかも宮崎キャンプが代名詞だった巨人ですら今年から二次キャンプは沖縄で行うようになった。
もはや「キャンプ地銀座」の名は、沖縄の手に移ったと言っていいだろう。
沖縄には海外キャンプ地に負けない温暖な気候があり、さらに充実した施設が整ったからである。