ネターランド王国憲法

第1条 本国の国名を「ネターランド王国(英名:Kingdom of the Neterlands)」と言う。
第2条 本国の国王は「禁句゛(=きんぐ)、戒名:安威川敏樹」とする。
第3条 本国は国王が行政・立法・司法の三権を司る、絶対王制国家である。
第4条 本国の公用語は日本語とする。それ以外の言語は国王が理解できないため使用禁止。
第5条 本国唯一の立法機関は「日記」なる国会で、国王が一方的に発言する。
第6条 本国の国民は国会での「コメント」で発言することができる。
第7条 「コメント」で、国王に不利益な発言をすると言論弾圧を行うこともある。
第8条 「コメント」で誹謗・中傷などがあった場合は、国王の独断で強制国外退去に踏み切る場合がある。
第9条 本国の国歌は「ネタおろし」とする(歌詞はid:aigawa2007の「ユーザー名」に記載)。
第10条 本国と国交のある国は「貿易国」に登録される。
第11条 その他、上記以外のややこしいことが起きれば、国王が独断で決めることができる。

JPのCM

最近、気になるCMがある。
JP(日本郵便)の、年賀状を促すCMだ。
このCMにも幾つかパターンがあって、全てが悪いわけではないが、いちばん違和感を感じるのが以下のCM。


若手社員「先輩、住所を教えてもらっていいですか?」
先輩社員「ああ。でも、なんでだ?」
若手社員「先輩に年賀状を送りたいですから」


一見すると、後輩が先輩を慕っているという、実に微笑ましいCMである。
だが、裏を返してみると、後輩は先輩(あるいは上司)に年賀状を送るべき、という風潮を助長してはいないか?


かつては会社内、あるいは部署に、社員名簿が配られていた。
これにより、後輩社員は上司や同僚に年賀状を送らざるを得なかった。
そこには、好意があろうが無かろうが関係ない。
要するに、たとえ嫌いな相手でも年賀状を送らなければ睨まれてしまう、という強迫観念からである。


だが現在では、個人情報問題により、社員名簿は配られなくなった。
この影響により、年賀状が激減したことは間違いない。
もちろん、メールの普及もあるのだろうが。
少なくとも、イヤな上司や同僚には年賀状を送らずに済む、という口実はできたわけだ。


ところが、上記のようなCMが流されると、先輩社員が後輩社員に
「お前、なんで俺に住所を訊かないんだ?」
なんて脅しをかけてくるかも知れない。
その結果、出世に響くので、結局は先輩社員全員に住所を訊いて回るというハメにもなりかねない。


こんな気の強い先輩社員ならまだマシで、気の弱い先輩社員なら、
「なんでボクには誰も住所を訊いてこないんだろう。やっぱりボクはみんなに嫌われているのかな」
なんて落ち込んでしまうかも知れない。


もっと深刻なのは、セクハラ上司が女子社員に対して、
「キミに年賀状を出したいんだが、住所を教えてくれないかな。グフフフフフ」
なんていうケースだ。
上司には逆らえず、やむなく住所を教えてストーカー被害に及ぶことにもなりかねない。
そういうことを防ぐための個人情報漏洩防止の法律ではなかったか。
実際に、しつこい年賀状被害に遭った女性の話も聞いたことがある。


JPが年賀状のCMを流すのは、単純に利益を生み出すためだということに他ならない。
そんなJPの戦略に、我々消費者が乗る必要もない。
「メールでは思いは伝わらないが、文字で書く年賀状は心がこもっている」などと言うが、本当にそうだろうか。
心のこもったメールの方が、形式だけの年賀状よりも遥かに嬉しい。
要は、送り手側の気持ち次第なのだ。
おざなりで書かれた年賀状を受け取って、誰が嬉しいと感じるのだろうか。


僕は年賀状という風習を否定しない。
日本の誇るべき文化だと思っている。
親しい人から年賀状が届くと、やはり嬉しい。
JPの別のCMでもあるが、長年会っていない人でも、年賀状だけで繋がっている、という人間関係もたしかにある。


それでも、相手のことを慕っているかどうか関わらずに、形式だけで年賀状を出すという風習は、やはり好きにはなれない。